第二章 後編
第30話 挿話~好き嫌いは良くない~
小学五年生の時だった。親から携帯電話なる物を初めて買い与えられ、すぐにその魅力の虜になる。テレビが見れたり、ゲームが出来たり、誰かと連絡が取れる。これは夢のデバイスだ、と。その多機能さに感嘆した。
そしてそれらと同時に、十八禁サイトを回遊するようになる。
どこからかは分からないが、一度だけ有害サイトのフィルタリング機能を掻い潜った事も背中を押し、エロスの探求心に火がついたのだ。
劣情をエンジンに、スロットルは全開だった。
あの桃源郷へ……。俺はまた行くのだ、と。三国志の桃園の誓いよろしく、関羽もドン引きのバイタリティで閲覧制限フィルターの解除に成功する。
――衝撃だった。初めてアダルトビデオを見たとき、シグレは心をブチ抜かれた。
小さいとは言え画面の中でエロ動画が見れる。それは当時小学生だったシグレにとって、宇宙開闢の歴史に等しいものであり、白ブリーフがテントを張るのに充分なインパクトを与えたのだった。
「なんだか分かんねぇけど、すっげぇ気持ちいい」とはシグレの言だ。仮面ライダーのフィギュアで遊ぶことしか能の無かった小僧は、それ以来エロスの道をひた走るレンジャーとなった。
正確に言うと小学四年生の時、全裸になって廊下で淫語を叫ぶ遊びが流行ったのだが、その主犯はシグレで……、この話は長くなりそうなので、以下略。
ちなみに言うと、小学二年生の時に白ブリーフにソフビ人形を入れるとなんだかスッゲェ興奮する事に気付いてしまったのだが――以下略。
そんなわけで三面六臂の大活躍を見せたケータイだったが、問題が起きた。
ワンクリック詐欺に引っ掛かったのだ。同年代の子らより利発なシグレだったが、純粋で、そして若かった。
振り込み方が分からず母親に相談した所、問い質された後、ブチのめされた。
◆
その日は泣きながら愚息を慰めたよ。
“シコリ泣き”という上級テクニックだ。このスキルのお陰で、シコりながら感情を分離する能力を身につけた。今ではお笑い番組を見て笑いながらシコる事が出来る。
ともあれ、他にも問題はあった。
未成年の子供はアダルトビデオを借りる事も出来なければ、エロ本を買う事も出来ない。ネタなんて物は、そうそう得る事が出来ない。
即ち、ケータイという限られた道具からでしか、エロスを追い求める事が出来ない。そうすると、もっと深くへ。知らない場所へ。まだ見ぬ光へ……
エロサイトの深層へと入り込む事になってしまった。不可逆の奈落だとも知らずに。
そこで俺を待っていたのは、コアなジャンルだった。
蝶の仮面をしたババァに嬉々として踏まれているオッサンの動画の方がまだマシと思えるような。
触手、異種姦、排泄系の動画……。一般人が嫌悪感を抱くような、多くのレンジャーが挫折するような。
……だが俺は打破した。そして思う。――好き嫌いは良くない、と。
子供が野菜を嫌がるから食べさせなかったとする。栄養面、躾、コミュニケーション、幼少期に『何かを超克する』という経験の簡単な実例である事なども鑑みて、必要が無いと言うのならば、食べさせなければいい。
だが、大半の御家庭はそうしない筈だ。ハンバーグも良いが、ピーマンも大事。苦味だけではなく、形に見えない大切な物を沢山含んでいる。
ロリも良いが、熟女も悪くない。であるならば、触手や小水だって行ける筈なのだ。個人によっては気付けていないだけで、ソコには良さがある。俺にとって、今では良き隣人……趣向の一部だ。
そう、好き嫌いは良くない。良くないのだ。何故俺がこんな事を言っているのかと言うと……
「ルーシア、ブロッコリーが残ってるぞ?」
俺はルーシアの皿を見ながらそう言った。そこには、皿の端っこに除けられたブロッコリーがあった。
時刻は夜。俺とルーシアは夕飯を食べていた。
「昔、食べようとしたら芋虫がついてた事があったのよ。それ以来ブロッコリーは駄目なのよね」
俺の指摘に、ルーシアは表情を曇らせた。嫌な記憶を思い出させてしまっただろうか。
「虫か。虫も悪くないな」
「何の話?」
余談だがブロッコリーにはビタミンCやビタミンE、それからビタミンKの他にも葉酸や鉄分などが多く含まれていて栄養価が高い。
この世界に来て栄養価など気にした事も無かった。キャラクターの性能がそのまま肉体に反映されているので、身体能力は無駄に高い。元引き篭もりの俺でも前宙、バック宙などアクロバットが出来るし、たぶん建物の二、三階から落ちても死なないだろう。
その点、便通はイマイチ……のような気がする。身体能力が底上げされているのだから消化機能や内臓の機能も良くなっているものだと思うのだが。
これって、変なモンばかり食べているせいなのだろうか。ファンタジーの世界に飛んでおいて、栄養素を気にするとは思わなかったな。
「食べればいいんでしょ? 食べるわよ」
半ば自棄になりながら、ルーシアはブロッコリーを咀嚼していた。
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