アヌス・オブ・アヌビス

さっさん

プロローグ

第1話 プロローグ①~プロローグ~

 俗世が色めき立つ十二月の二十五日。部屋の窓からは体を寄せ合うカップルの姿や、サンタクロースの格好をして客の呼び込みに勤しむ洋菓子店の女性店員、それから帰宅途中と思しき会社員が傘を差しながら早足で歩く姿が窺えた。

 外気は凍てつくように寒く、雪が降っている。時刻は夜の九時頃、パソコンのモニターの電源だけが付いた薄暗い部屋の中で、男はVRゲームを楽しんでいた。

 エアコンとパソコンの稼動音、衣擦きぬずれ音だけが中空に響いては消える……そんな毎日の繰り返しを、男は辟易とする事無く毎日続けている。


 男はボサボサの頭で、目の下にはクマ、不健康そうな顔に微笑を浮かべており、着古してよれよれのパジャマを着用。本来であれば大学に通っているか、働き始めていてもおかしくない年齢だが、当時通っていた中学校を退学、以降は実家に棲み付いて引き篭もりとなった。

 父と母と三人暮らしの下、平凡ではあったが特に不自由する事無く幼少期を過ごしていた彼だったが、とある事件を起こす。


 ……性欲が強かったのだ。性の目覚めが早かった彼は、小学校時代から時折問題を起こしていた。進学校に通うだけはあり、頭はそこそこキレた。ただ、その頭を使う方向を間違えたと言えよう。

 “スカートめくりは昭和の遺物”と豪語する彼は、直接的な女体への接触――即ち、性犯罪紛いの事は一切しなかった。しかし年端の行かない、まだ無防備な女子達のパンツを狙って「どこに行くとパンチラに遭遇しやすいか」という、パンチラノートなる産物を編み出し、ポイントごとに足繁く通い、校舎や施設など、ロケーションごとにキャンパスノート一冊分を見事作り上げた。これが小学校高学年の時だった。

 地元でも有名な進学校に入学した彼は、数ヶ月の間はマジメに勉学に取り組んでいたが、すぐにそのリビドーを抑え切れなくなる。パンチラノートがVol.3を超えた辺りの話である。

 聡明だった(と言って良いのか分からないが)彼は、休日の学校に忍び込むことを決意した。平日では他生徒や教師の目があり、行動しづらいと考えたのだ。

 休日になると、学校の運動場や体育館ではクラブ活動が行われていたり、他校とのスポーツ試合が開催されていたりした。そんな折、忘れ物を取りに来た体を装って飄々ひょうひょうと校舎を訪れた彼は、試合中で無人となった女子更衣室に忍び込み、制服や下着を漁ったのだった。


 二回目の侵攻の時だった。そろそろズラをかるか、と何食わぬ顔で女子更衣室を出ようと後ろを振り返った時、体育教師に見つかった。


 ◆


 あれは慢心だった。二回目って事もあって油断していた。

 いつもより多く、時間を費やしてしまったのも敗因だろう。そう俺は分析している。

 今だったらもっと上手くやる自信があるけど、毎日家に居ると不思議な事に性欲が湧かないからなぁ。やる気は毛頭無い。でも、あの時が初めてだよ、挫折と狼狽を同時に味わったのは。

 俺? 俺の名前はシグレ。引き篭もった現在、親からは将来を心配されている。

 当時、いつから見ていたのかは不明だったが体育教師にその場で捕縛され、校長にもすぐ話がイった。学校から呼び出しを喰らった母はブッ壊れて音飛びCDみたいにテンパって親父に連絡すると、会社に向かってまず車を走らせた。

 それで、どう上司に説明したかは知らないけど会社を途中で早退した親父は母親と合流し、デロリアン号、もとい、このまま時空を超越するんじゃないかってくらいのスピードを出した白のワゴン車でドライヴをキメて、事もあろうか校舎に突っ込んで壁の一部を粉砕した。ダイナミックな駐車だった。いや、当時中学生の俺にでも分かった。あれは交通事故。

 一家で犯罪を重ねた瞬間だった。


 幸い、軽傷で済んだ両親は即座に立ち上がり、校長室へと向かったと言う。何度も頭を下げる両親を見て、俺は悪い事をしたなと思ったし、「やっちまった」と思った。

 茫然としていたから記憶が不鮮明だけど、結局“自主退学”という形になった事、帰宅してから親父に胸ぐらを捕まれてぶっ飛ばされた事、あと運転していた母親も親父に事故を言及され、三つ巴の戦いが勃発した事は覚えている。以降、家族間は未だにギスギスしている。


 そのあと、転校先を探したり、家庭教師をつけてもらったりしたが、上手くは運ばなかった。

 十六歳になってからはアルバイトを始めようと努力もした。しかし、当時を知る人間や同級生から白い目で見られる事もあり、自宅が学校の近所だった事もあって、外を歩く事ですら、段々しんどくなってしまった。

 結局高校も決まらず、毎日ネットサーフィンの繰り返し。やる事も無く、気力も起きず……そんな時、家に婆ちゃんが遊びに来た。俺の誕生日だった。「元気を出しなさい」と、プレゼントで婆ちゃんから最新のゲーム機器を貰った。そう、VRだ。ちょっと感動したのを覚えている。


 ……それで、元気が出た俺はVRをたくさんやる事にした。えっ、学校? 就職? いやぁ~、そこまで元気じゃあないな。

 まぁそんな訳で、毎日VRに励むのが今の俺のライフスタイルというワケだ。

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