10年前の龍人

「おいユーガ。大丈夫か?」

「全然。俺死ぬかもしれない」

「全く、お父さんったらこんなに無理させて……」

「しんどそうね、回復魔法かけてあげるわ」

「ああ……サンキュー」


 俺達はセルシュ家の玄関前で話をしていた。あれから、鍛練と称した筋トレは昼まで続き、全身の筋肉が悲鳴をあげる羽目になった。昼食を済ませた頃にザックス達が様子を見にやって来た。この家を出る許可をもらえず、グリーデに怯えながら過ごすのは心身共に負担がかかる。そんな最中、まともな話し相手であるザックス達が来てくれたのは非常に助かった。


「リオーネ、あの人普段からあんな筋トレ続けてるのか?」

「ええ、毎日欠かさず続けているわ。一日でも休んだ所なんて見たことないもの」


 なるほど、通りであんな迫力のある体をしているわけだ。


「俺も何回か付き合わされたことがあったな。筋トレは家で毎日やってるんだけどよ、あのオッサンの量は別格だぜ。サボって何回か殺されかけた事があったな」

「よく生きてたな。ん?  そういやお前、店番どうした?」

「何言ってんだユーガ。友達がこんな辛い目にあってるのに仕事なんかしてられるか。バッチリサボって来たぜ!」


 ザックスが歯を見せながら親指を立ててくる。


「馬鹿野郎!  さっさと戻った方がいいだろ!  俺の心配はしなくてもいいって!」

「うっ……分かったよ……」


 ザックスは寂しそうな背中を見せて帰っていった。俺の事を心配してくれるのは有り難いが、仕事をサボる理由にしては駄目だろう。


「全く、あの馬鹿息子を持ったベックスおじ様も大変ね。どう? 少しはマシになったかしら?」


 ペラルの回復魔法での治癒が終わったようだ。うん、大分マシになった。


「ありがとなペラル」

「お構い無く。それよりも、グリーデおじ様に認められてここから解放される具体的な条件って伝えられた?」


 即ち、俺があの人に殺されず、自由の身になれる条件。


「いや、全く……普通に過ごせとしか言われてない」

「はあ……。どうもあの人は昔から何を考えているか分からない事がよくあるわね」


 ペラルが頭を抱える。リオーネが真剣な表情で口を開いた。


「ユーガ、もし期限の前日まで解放されなかったら、私達があなたを全力でこの村から逃がすわ。あんな人に殺させてなるものですか」


 俺はなんて情けないのだろう。この世界に来てからリオーネに助けられてばかりだ。無論、リオーネだけではない。ザックスやペラル、ベックスさんにも助けられてばかり。これ以上、リオーネを心配させる訳には行かないな。


「大丈夫だ、俺を信じろ。絶対に生きて帰ってくるさ」

「おい糞餓鬼!  休憩は終わりだ!  続きやるぞ!」

 

 家の中から鬼の怒鳴り声が聞こえてくる。そもそも、昼からも続きをさせられるなんて聞いてない。



 結局、昼間もずっと、やれ背筋だの、スクワットだの、何千回もやらされた。鍛練が終わる頃、ペラルがもう一度来て、回復魔法をかけてくれたのは助かった。これが無かったら今頃死んでるんじゃないのか?


「今日はこの辺で勘弁しといてやる。飯食って寝ろ」


 指示に従おうとしたが、ふと思い出した事があり、足を止めた。


「質問いいですか?」

「……何だ?  聞いてやる」


 てっきり、黙れぶった斬るみたいなこと言われるかと思ったが、珍しい事もあるものだ。


「あなたが言っていた俺とは別にいたっていう龍人についての話です。昨日、俺と契約している龍達とそれについて話をしました。と言っても、その龍人が10年前に何かをしたって話しか聞けませんでしたが」


 龍達にとってこの話は禁句みたいだが、俺には知る義務がある。後で謝っておくか。

 そういえば、イアードとクアウォルトの喧嘩は収まったのだろうか。そっちもそっちで心配だ。


「いいだろう話してやる。俺が龍人を殺すべき対象だと決めた理由をな」

 

 グリーデは話し始める。10年前に何が起こったかを。


「当時、魔王の手先を名乗る魔物が主し始めたのとほぼ同時期に、世界の至るところで遥か昔に絶滅したと言われているドラゴンが出没したんだ。しかも、何種類もの数が確認された。そいつらは人間の縄張りに入り込んで人々の命を奪っていったんだ」


 ドラゴンが出没?  レクシアから聞いた話では、この世界には、何百年も前から生きているドラゴンは既におらず、魂だけの存在になってしまったイアード達しかいないはずだ。


「もちろん、各国の軍も黙ってた訳じゃなかった。軍隊を派遣したが、ドラゴンの馬鹿みたいに強い力の前には無力だった。そこでこの俺が雇われたんだ」


 グリーデは傭兵稼業を営んでいたのか、初めて知った。


「そのドラゴンの行方を追い続けていたある日、メジュレアという王国が襲撃されているという情報を受け、急いで駆けつけた。でもな、間に合わなかった。既に焼き払われていたんだ」


 グリーデは強く拳を握る。


「しかし、そこには赤い龍がまだ居座っていやがったんだ。俺はそいつを殺すために戦いを挑んだ」


 赤い龍?  まさか……イアードか?


「戦いの最中、なんとそいつはあらゆる姿を変えながら暴れ回った。時には雷を辺りに降らせたり、嵐を巻き起こしたり、吹雪を巻き起こしたりな。まさか確認されていたドラゴンが全て一匹の個体だったとは思ってなかったんだ」


間違いない、そいつは龍人だ。それも複数の龍と契約した特別製だ。


「長い戦いの末、大量の犠牲者が出たが、俺はそいつの首をぶった斬ることに成功した。けどな、そいつの死体が急に黒いオーラに包まれたと思ったら、一人の人間に姿を変えやがったんだ」


 まさか、そいつが俺の前任者か?


「俺は衰弱していたそいつを生け捕りにし、俺の指示のもと、拷問することになった。そして二つの情報を吐かせる事に成功した。そいつの名はレン・ヒュウガ。出身はニホンと呼ばれる国らしい」


 レン・ヒュウガ………日向蓮! 間違いない! 日本人だ!

 まさか俺の前任者も日本人だったとは!


「それ以上の情報は得られなかったんですか!?」

「話はまだ終わっていない」


 俺は落ち着いて話の続きに耳を向ける。


「他にも情報を吐かせようとしたが、突然そいつは叫び出したんだ。今から龍化してお前らをぶっ殺してやるってな。でも、そいつはドラゴンの姿にはならなかった。いや、恐らくなれなかったんだろう。ずっと何かの名前を何個も叫びながら力を貸せと怒鳴り続けていた」


 何かの名前……龍達の名前か?  この世界に来たばかりの俺の時みたいに、龍達が力を貸すのを拒否したのか?


「結局、龍化に怯えた拷問官が俺の指示を無視してその龍人の息の根を止めた。これで話は終わりだ。結局、そいつは魔王と関係性があったのかは分からないままだ」


 俺を見るグリーデの目に殺気らしきものが宿り始める。


「この村で人間がドラコンに姿を変えたって報告を聞いた時は血の気が引いた。また、レン・ヒュウガと同じ類の化け物が出てきやかったのかって思ったさ」

「……俺は違う。この力を決して人を殺すのに使ったりはしない!」

「そんな事誰にも分からねえだろうが。今はそう決めていたとしても、その力に溺れて考えが変わる可能性だってある。その力を持っている事が罪なんだ」


 可能性だって?  そんな曖昧な言葉で俺を殺そうってのかこの人は。


「期限が来るまでに、俺にお前はレン・ヒュウガとは違うって認めさせたら生き延びさせてやる。そん時は俺のことを殴るなりなんなりしろよ。なんなら殺せばいい」


 グリーデは鼻で笑いながら夕飯の支度を始める。尚更、認めさせてやる。俺は日向蓮とは違うってことを。










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