ペラル登場


 俺の申し出をザックスの親父さんは快諾してくれた。息子が連れてくる奴に悪い奴はいない、みたいなことも言ってくれた。さらには住み込みで働かせてもくれるみたいで、今は使っていない空き部屋までもらうことが出来た。こうして、俺はこの世界での衣食住の問題はほとんど解決したといっていい。

 本当にこの一家には頭が上がらない。恩人なんて一言では表せない。


「さて、早速だがユーガはザックスと共に店番をやってもらう。わしらは明日の分の商品の仕入れに行ってくる。なーに、分からないことがあったらこのバカに聞いてくれりゃいい」


 ザックスの両親はそういい残して店を後にしていった。


「いちいち馬鹿って言うなよなー、あの親父ホントに口わりぃんだから」

「聞いたぞザックス、お前、昔から店番サボりまくってたみたいじゃないか。そりゃ馬鹿の一つや二つ言いたくもなるだろ」

「おいおいユーガまでひでえぜ、仕方ないだろ、暇な時間の方が多いんだから、今度ユーガも一緒にサボろうぜ」

「冗談じゃない。居候がそんなことしてみろ、親父さんに合わせる顔がないだろ」


 そんな取り留めのない会話をしているうちに、開店時間がやってきた。開店前から店の前で客達が間髪入れずに品物の注文を入れてくる。俺はザックスの指示通りに動き、どうにか客をさばいていく。元の世界にいたころにスーパーでレジ打ちのアルバイトをしていたことを思い出す。あの頃は初日でものすごく緊張してしょうもないミスを連発してたっけ。駄目だ駄目だ、集中して仕事しないと親父さん達に顔向けが出来ない。



 開店から、およそ1時間が経過する。客足の勢いは少しずつ収まっていき、時々空いた時間にザックスと雑談出来るだけの余裕が出来る。


「よし、そろそろサボっても大丈夫だな!」


 いきなり何を言い出すんだこの馬鹿息子は。


「待てこの親不孝者が、まだ1時間しか経ってないだろ」

「いやーそろそろユーガに一人でやらせて成長させてあげようかと思ってな? 粋な計らいだろ?」

「それもそうだな……とでも言うと思ったかこの馬鹿息子!」

「あーっ!! ユーガも馬鹿っつった! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」


 しまった。客が今いないとはいえ余所見をしてしまった。慌てて視線を正面に戻す。後ろから喚き声が聞こえてくるが、無視しておこう。

ん……? 人が歩いてくる。背は低めで頭にリボンを巻いた金髪の女性が歩いてくる。


「あらあら、相変わらず品が無いわねえ」


 いきなり品がないなんて言われてしまった。何だこの客は? 後ろで喚いてたザックスがカウンターから顔を出し叫ぶ。


「あ、出やがったなペラル! またこの店に難癖付けに来やがったのか!」

「私は一度だってこんなに手入れの届いてる店に難癖なんか付けたことないわよ! 仕事中に不真面目にギャーギャー喚いてるあんたに言ったのよ!」


 ザックスと女性客が口喧嘩を始め出した。おいおい何をしてるんだ。それにしてもキツい性格した女の子だなぁ……。


「ところでその人は誰? 新しく雇ったの?」


 こちらに気付いた女性が尋ねてくる。自己紹介せねば。


「はい、お客様。今日からこちらで働かさせてもらっているユーガ・サクマです。未熟者ですが、よろしくお願いします」


 店員として失礼の無いよう御辞儀をしながら自己紹介をした。


「どうも、私はペラル・ネルモンドと申します。こちらこそよろしくお願いしますわ」


 ペラルと名乗った女性もしっかりと頭を下げてくれた。なんだ、俺に対しては全然キツくないじゃないか。


「やめとけやめとけユーガ、年は俺らと同じなんだしこんな奴にそんな言葉遣いしなくていいんだよ」


 ザックスが鼻の穴をほじりながら言ってくる。お前はお前で限度があるだろ。人前でほじるな。


「あらー! あんた客に対してそんな言い方無いんじゃないの?あたしはこの店の商品を買いに来たちゃんとした客なのよ?」


 ザックスは鼻の穴から指を抜き、鼻糞を親指で弾き飛ばす。あぶねっ! もう少しで当たるところだったぞ!


「へいへい、ごゆっくりどうぞお客様、全く、俺が店番やってる時に限って来やがって」

「そ、そんなのただの偶然よ! 決してあんたのいる時間を見計らって来てるわけじゃないわよ!」


 ペラルはそう言いつつ、魔法の杖の売り場へ歩いていった。この店は剣や槍だけではなく、あらゆる種類の武器を扱っており、客層はとても広いのだ。


「ペラルの奴は昔っから俺のことを嫌っているらしくてな、他の奴には普通に接するんだけど何故か俺だけにはひでえ事言ってくるんだぜ? 大変だぜまったく」

「……色々大変なんだな」


俺は察し、それだけ言っておいた。



「決まったわ、これを買うわ」

「……お前、30分もここにいて杖一本しか買わないってなんなの? しかもこの杖前に来たときも30分もかかって買ってたじゃねえか」

「う、うるさいわね! ちょうど予備が欲しかったところなのよ!」

「へいへい、6000ゴルになりまーす」


 ゴルとはこの世界における通貨の単位だ。1ゴル辺り1円という計算でいいらしい。ペラルは6000ゴル分の現金をカウンターに置いた。


「今日はサボらずに頑張りなさいよ馬鹿ザックス! じゃあね!」

「へいへい、えらそーに」


ペラルは大事そうに購入した杖を持って帰っていく。


「全く、あいつの相手は疲れるぜ」

「俺はペラルの方が大変そうに見えるけどな、隠すのに必死で」

「ん? 何が?」

「何でもない」


 客が来たので業務に戻る。

 ん? 見覚えある姿が歩いてくる。


「あら、ユーガじゃない。あなたここで働くことになったの?」


 誰かと思えばリオーネだった。


「ああ、今日からここで住み込みで働かせてもらっているんだ。宿代すら持ってなかったからな」

「それは大変だったわね、ということはしばらくこの村に住むことにするの?」


 俺は頷く。しかし、この村にいつまで世話になるかというのは正直ノープランだ。まだ何も考えていない。


「この村に住むのなら村長の所に行って住民登録をしておいた方がいいわ。ザックス、閉店時間は午後6時で合ってたわね」

「ああ、そうだけど?」


 ザックスが頷く。


「じゃあ、仕事が終わったらユーガを村長の家に案内するわ、大丈夫かしら?」

「おう、分かった」


 リオーネは店を後にして、何処かへとむかっていった。

 それから昼間も休みなく働き、閉店時間が過ぎた頃にリオーネは再び店へとやって来た。


「終わった? 行きましょう」

「悪いな、何から何まで世話になって」


 この世界に来てからリオーネといいザックスといい誰かの世話になりっぱなしだ。


「困っている人がいたら助けるのは当然でしょう? 気にしないの」


 リオーネは笑ってそう言ってくれた。


「そういえばリオーネは普段は何をしているんだ? 昨日は森にいたみたいだけど」

「村の近隣の見回りよ、魔王の影響で世界中の魔物達が凶暴化していたりして、大変なのよ」


魔王、こいつについてもレクシアに教えられたな。強大な悪魔の王で、人間を力でねじ伏せ支配しようと企んでいるらしい。

 実の所、レクシアが俺に能力を与え、この世界に転生させた理由はただ一つ。少しずつ支配を広げている魔王を討伐させるということだと教えられた。俺はそれを了承し、転生したが能力を使えない今は何もしようがない。後で発動出来るように練習でもしておこう。


「昨日、あなたを襲っていたデーモングリズリーも恐らく魔王によって凶暴化した魔物ね、今日も数匹遭遇したわ」


 あの熊か、俺も迂闊に村の外に出ないようにしなければならないな。リオーネとの会話をしているうちに、大きな屋敷が見えてくる。あそこが村長の家だろう。俺とリオーネは屋敷の入り口の扉をノックし、反応を待つのだった。



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