村長の屋敷へ

 村長の屋敷の扉をノックしてからしばらく待つと、扉が開いた。

扉の内側から使用人らしき女性が出てくる。


「これはリオーネ様、何か御用でしょうか?」


 どうやらリオーネの知り合いらしい。


「彼に住民登録をさせてあげてくれないかしら」

「ユーガ・サクマです。よろしくお願いします」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

「私はここで待っているわ、終わったら声かけて」


 使用人の女性に案内され、俺は屋敷の奥へと進む。如何にも金持ちの住居って感じだ。隅々まで掃除が行き届いていて、埃一つ見当たらない。屋敷の廊下を歩いている途中にて、他の使用人ともすれ違い。その度に頭を下げられる。こんなシチュエーションなど滅多に味わえないだろう。やがて奥の方にある部屋の前へ辿り着いた。


「こちらの部屋に旦那様がおられます、お待ちくださいませ」


 そう言うと、使用人の女性は扉をノックする。


「旦那様、住民登録をご希望のお客様です」

「うむ、入れてよろしい」

「失礼します」


 使用人が扉を開けた。


「どうぞお入りください」

「ありがとうございます」


 お礼を言い、俺は部屋の中に足を踏み入れる。中には二人の人物がいた。村長らしき中年男性に、小柄な女性が一人……ん? この女性には見覚えがある。


「あら、あなたは確かユーガ君で合ってたかしら?」


 午前中に店に来た女性だ。確かペラル・ネルモンドといったか。


「何で君がこんな所にいるんだ?」

「何故ってここは私の家だからよ」


 なんだそうだったのか、そういえばこの屋敷の表札にはネルモンドど書かれてあったな。


「住民登録でここに来たのね、じゃあ、私は失礼するわ」


 そう言って、ペラルは部屋を出ていった。


「娘と知り合いだったのかね、是非とも仲良くしてやってくれ」


 部屋にいた中年男性が声をかけてくる。恐らくこの人が村長だろう。


「はい、知り合ったのは今日が始めてですけど」

「立っているのもなんだ、座りなさい」


 俺はお言葉に甘えてソファに座らせてもらった。

それから、俺は住民登録の手続きを始めた。名前や住所、この村にやって来た理由についてなどの書類を書かされた。読み書きは転生の間でレクシアに教わったおかげで問題なく手続きは進んでいった。


「ほほお、君はコトーゼさんの所の店に住み込みで働いていると」

「はい、とても優しい方々で頭が上がりません」

「……ザックス君はペラルの事をどう思っているだろうか?」


……急に話の方向性が変わった。とりあえず答える、


「正直、彼女の気持ちには全く気付いてないですね。知り合ってまだ全然経ってないですがかなりの鈍感なのは分かります」


 ペラルの気持ちは薄々察している。初対面の俺からしても気持ちを隠して無理して暴言を吐いているのがバレバレだ。


「あの子ももう少し素直になれないものか……」


 村長は頭を抱える。親という立場も大変だなあ。


「余計な話をして長引かせてしまってすまない。もう帰ってよろしい」


 俺は失礼します、と言い部屋を出る。あとは屋敷の前で待たせているリオーネと合流しなければならない。

……しまった、玄関はどの方向だっただろうか?


「あら、ユーガ君住民登録終わったの?」


 廊下にはペラルがいた。助かった。玄関まで送ってもらおう。


「悪いけど、玄関まで送ってもらえないか?」

「あら、いいわよ。この屋敷広いから分かりづらいわよね」


 ペラルは快く引き受けてくれた。ザックスの前じゃなければ普通に優しい女の子だ。


「それにしてもザックスの所で住み込みで働いていくなんて、大変じゃない? あいつデリカシーがないでしょ?」

「確かに、でもいい奴だよ」

「そうかしら、私がもし住み込む立場だったら、ストレスが溜まって仕方がないと思うわ」

「……もうちょっと素直になればいいのに」

「な……!?」


 ペラルは頬を赤らめ、否定し始めた。


「素直って何のことよ!? 私は別にあいつのことなんて何とも思ってないわよ!」

「親父さんも気付いてるみたいだけど」

「……ほっといてよ」


 ペラルは顔を床に向け、呟く。お、玄関が見えてきた。

 玄関を開けて外に出る。もう日が沈みかけていた。


「こんな時間に失礼して迷惑じゃなかったか?」

「大丈夫よ、気にしないで」

「ユーガ、終わったの?」


 屋敷の前で待っていたリオーネが歩み寄ってくる。


「待ってもらって悪いな、無事に手続きは終わったよ」

「そう、良かったわ」

「あら、リオーネじゃない。一緒にうちで夕飯でも食べない?」


 ペラルはリオーネに駆け寄る。この二人も知り合いだったようだ。


「いいわね、迷惑じゃなかったら頂くわ」

「ユーガ君もどうかしら?」


 食事に誘われるのは嬉しいが、俺には帰るべき所がある。今頃、ザックス達が夕飯を用意して待ってくれているかもしれないのだ。


「ありがとう、でも今日はザックスの家に帰るとこにするわ」

「それは残念ね、それじゃまたの機会に」


 俺は屋敷を後にして、ザックスの家の方向へ向かう。

 家に帰れば、美味しい夕飯が待っている。何よりもあの一家をこれ以上待たせるわけにはいかない。

 やがて、コトーゼ武器屋が見えてきた。ようやく帰ってこれたと思ったその時だった。


「大変だ! デーモングリズリーの群れがこっちに来るぞ!」


 町の入り口の方向から兵士らしき人物が大声を出し、走ってくる。


「何だって!?  魔物が人間の領域にわざわざ踏み込みに来るなんて滅多にないぞ!」


 外を歩いていた村人が驚きの声をあげる。


「緊急事態だ!  村の守りを固めろ!  非戦闘員は地下のシェルターへ避難させろ!  戦う意志のある者は武器をとれ!」


 住民達はそれぞれ行動を開始する。あの熊……いや、デーモングリズリーがこの村に……しかも大群で?


「どうやら。非常事態のようだな」


 武器屋の中からザックスの親父さんが大きな斧を手に持って出てくる。後ろにはお袋さんがいた。


「あんた、くれぐれも怪我なんてするんじゃないよ」

「わかってる。お前は地下シェルターに先に逃げておけ。行くぞザックス!  武器を持て!」


 親父さんは店の奥にいたザックスに声をかける。


「任せとけ親父! あんな熊達さっさと片付けてやるぜ!」


 ザックスも斧を持ち、店を出てくる。


「ユーガ、お前も地下シェルターに向かってろ。あそこなら大丈夫だ」

「待ってくれ、ザックス! 俺も戦う!」


 村の危機が迫っているのに自分は逃げるなんて事はしたくなかった。


「いいから、正直な話、お前には荷が重すぎる」

「決して足手まといにはならない! 頼む!」

「・・・分かったよ、ほらよ、受けとれ」


 ザックスは剣を渡してきた。


「その剣なら軽くて扱いやすい。素人にはそれが一番だ」

「ザックス……!」

「行くぞ、決して死んだりなんかするんじゃねえぞ若造共!」


 親父さんの号令に従い、俺たちは村の入り口へ向かっていった。

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