ザックスの家
この世界において一文無しと化していた俺は路頭に迷っていた。
リオーネから宿代を借りようにも、もう彼女の姿は見えない。宛もなく探し初めても日が暮れてしまうだろう。このまま野宿をするしかないのだろうか。
「ん? ユーガ、お前こんな所で何ぼさっと突っ立ってんだ?」
聞き覚えのある声が聞こえた。顔をあげると、先ほど村の入り口で出会った茶髪の男ザックスが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「実は、宿に泊まろうとしたんたけど、金を持ってないことを忘れてしまっていたんだ」
「そんなずさんな管理でよく生きてこれたな」
元の世界にいた頃はそこまで金に困っていたわけではなかったのだが。心の中で言い訳しても仕方がない。ザックスには悪いがお金を貸してもらおう。
そう思った矢先、ザックスが先に口を開いた。
「困ってんだったら、俺ん家来るか?」
「え、いいのか!?」
「いいのかって……友達が困ってんだから助けてやらないとな!」
出会ったのはつい先ほどなのに、もう友達と認定された。こんな奴が実在するとは思わなかったな。
「そうしてくれると助かる、本当にありがとう」
俺はお言葉に甘えてザックスの家に泊めてもらうこととなった。
「親父、今帰ったぜ」
ザックスの家には大きな看板が立て掛けられてあり、『武器屋コトーゼ』と書かれている。この世界の文字については転生の間において勉強しまくったため、簡単なものなら読めるようになっていた。
「帰ってきたか、ん? その人は客か?」
店のカウンターで肘をついていた濃い髭を生やした中年男性がザックスに声をかける。この人がザックスの親父さんだろう。
「ちげーよ、友達のユーガ、今日俺の部屋に泊めるからそこんとこよろしく」
「ユーガ・サクマです。今日はお世話になります」
家主に頭を下げ、挨拶をする。挨拶が終わるとほぼ同時に、店の奥からぽっちゃりとした体系の中年女性が現れる。
「そうかそうかいらっしゃい、今日の夕飯は多めに作らないとねえ」
「頼むぜお袋、ユーガ、俺の部屋に案内するぜ」
俺はザックスのお袋さんにも挨拶をし、ザックスの部屋があるという2階への階段を上がっていった。
ザックスの部屋は思ったより片付いていた。部屋の隅にはベッドに机、壁にはダンベルが立て掛けられてあった。床にはゴミらしいものは落ちていなかった。
「俺の家の部屋より綺麗じゃないか」
「おうよ、何たって床に余計な物を置いたらトレーニングの邪魔になるからな」
トレーニング? 筋トレでもするのだろうか。
「良かったら今からユーガも一緒にやるか? 晩飯までまだ時間はあるぜ」
部屋の壁に掛けられてある時計を見る。時刻は午後6時を示していた。
「いいぞ、何をするんだ?」
「この棒を使った手合わせだよ」
ザックスが部屋の隅にあった木製の棒を2本手に取り、そのうちの1本をこちらに放り投げる。
「ユーガの実力を見ておきてえからな、じゃあ早速行くぜ」
待ってくれ、手合わせっていったって、俺には精々、元の世界で剣道の授業を受けていたことぐらいしかないのだ。そんなことを言う暇もなくザックスは棒を振り上げてこちらを襲ってくる。
「わりぃ、大丈夫か?」
結局、俺は1時間ほど、狭い部屋で一方的に追い回され、殴られ続けていた。
「だって遠い所からここまで来たってリオーネから聞いてたからよ、どれほどの実力かなあと思ったんだけどよ……痛くねえか?」
「ははは、大丈夫だよ」
正直、頭にコブが結構できてしまっており、触ると痛い。つくづくこの世界で生きていくには戦闘力が足りなさすぎるな、もらった能力も使えないんじゃ話にならない。
「おっと、そろそろ飯の時間だ、行こうぜ」
俺とザックスは一階のリビングに降りる。テーブルの上には美味しそうな料理が4人分用意されていた。
「すげえな、美味しそうだ」
思わず涎を垂らしてしまう。先ほどまでずっと追いかけ回されていたお陰で腹は減りまくっていた。
「座って座って、食事しながらユーガくんの話でも聞かせておくれよ」
ザックスのお袋さんが席につくように促してくれた。俺はお言葉に甘えて席につく。
俺、ザックス、お袋さん、親父さんの4人で談笑しながら夕飯をいただく。とても美味しかった。
やがて、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、お袋さんは食器の片付けを始める。
「手伝います」
「ありがとう、でも大丈夫だよ。それよりお父さんと話でもしてあげておくれ」
そう言われ、俺は親父さんの方を向いた。
「どうだ、うちのバカ息子は。迷惑かけていないか?」
「大丈夫です。今日知り合ったんですけど、とてもいい奴ですよ」
当の本人は、机に突っ伏して眠っている。さっきまであれだけ笑っていた反動だろうか。
「これで店番をサボらずにほっつき歩いてなけりゃ自慢できるんだがなぁ」
……大変そうだな、このザックスという男、なかなかの親不孝者だ。
「あっそうだ、親父さん。お願いがあるんですけど」
「何だ? 言ってみろ」
俺は頭を下げ、懇願する。
「俺をここで働かせてください!」
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