女性の神官

 ギルガ達とも別れ、ザックスの待つ武器屋へと赴いた。ザックスは既にいくつかの武器を購入しており、満足そうな顔でこちらに駆けつけてきた。


「遅かったじゃねえかユーガ。何やってたんだ?」

「悪い。色々と立て込んでてな……それにしてもお前、結構な量買ったなあ……」


 ザックスは買ったばかりの武器の入った袋を大量に腕にぶら下げている。


「欲しいと思った奴全部買っちまった! おかげですっからかんだ! 今度金貸してくれ!」

「金貸すのはいいけど……それ、持ったままじゃ邪魔になるだろ。ちゃんと|仕舞っとけよ」

「……そうだな。ちゃんと|仕舞っとくわ」


――――――――――


 購入した武器を全て仕舞い終えたザックスは、身軽になった腕を回しながら聞いてくる。


「よし! 次は何処行く?」

「とりあえずその辺ブラブラして気になった店入るか」


 そう言って二人で歩き出したした瞬間、右方向からやかましい声が聞こえてくる。


「そこのお姉ちゃん。俺達と一緒に色んな店見て回らねえか?」


 声のした方向に目を向けると、二人のチャラそうな雰囲気をした男が女性に声をかけていた。

 女性は自分に声をかけてきた男達を一瞥すると、急いでこの場を離れようとしたのか、足早に歩き出す。

 男達は構わずに女性の肩を掴んで動きを止める。


「まあ待てよ。姉ちゃんの格好……もしかして神官さん?」


 女性の身なりは白いローブを身に纏い、杖を所持している。テナリオ村にも似たような格好をした神官が何人かいたので、この女性が神官なのは間違いないのだろう。それに加え、かなりの美人だ。すれ違ったら思わず振り返ってしまいそうな顔立ちだ。女性は男達に視線を向け、答える。

 

「……確かに私は神官ですが、何かご用でしょうか?」

「ひでーな聞いてなかったのか。さっき言ったじゃねえか。俺達と店を見て回らねえかって」

「お断り致しますわ」

「そんなこと言わずに俺達を導いてくれよ。極楽によお」


 男達は笑いながらしつこく女性に付きまとい続ける。

 ザックスはそれを見てじっとしていられなかったのか男達に向かって歩き出した。俺は急いでザックスを呼び止める。


「待てよザックス」

「止めんなよユーガ。あの娘(こ)嫌がってんじゃねえか」

「別に助けるなって言っているんじゃない。一人で突っ走るなって言ってるんだ。俺も一緒に行く」

「なんだよ。お前も助けてえんじゃねえか」

「まあな」


 さて。俺達は二人でナンパ男達を止めようと歩き出した。


「なあ頼むよ姉ちゃんー」

「俺達と一緒にいい事しようぜー?」

 

 ナンパ男達のしつこさに嫌気が差したのか、女性神官はため息をついて男達に向き直って口を開いた。


「わかりました。その代わり一つ条件があります」

「おう? 言ってみなよ」


 女性神官は懐をまさぐり、何かを取り出して男達に差し出した。


 ジャラジャラ……


 女性神官の取り出したそれは鎖のついた首輪だった。鎖の反対側にはしっかりと持ち手が付いている。


「お二人共。これを身につけてくださいませんか?」

「……はあ?」


 ナンパ男二人は固まる。俺とザックスも同じように固まった。


「姉ちゃん……これは何の冗談だ? 俺達に犬になれってのかよ?」

「はい♪ 私のペットになってください♪」


 女性神官は笑顔を男達に向けてそう答える。


「ふざけんな! 何でこんなものつけて街中を歩かなきゃいけねえんだ!」


 ナンパ男のうちの一人が女性神官の胸ぐらを掴む。女性神官はそんな状況にも関わらず笑顔で呟いた。


「……それでは、私のペットになる気はないと?」

「当たり前だろこのクソ女!」

「そうですか、残念です」


 一呼吸置いて、彼女は呟く。


「離しなさい下賎な豚が」


 ボキッ


「いってえええ!」


 女性神官は自分の胸ぐらを掴んでいたナンパ男の腕を右腕で握ったかと思うと思わず耳を塞ぎたくなるような音が辺りに響く。


「こ、この女……何しやがる!」


 もう一人のナンパ男が女性神官に怒鳴ったが、女性神官はそれに構わずに口を開いた。


「何でこの首輪をつけなきゃいけないかですって? そんなこと決まっていますわ。こうすることで男性を自分の支配下に置けると思うと心の底から快感で満たされるからですわ」


 女性神官は笑顔で男達にそう告げる。よく見ると、口元からは涎が垂れていた。この娘(こ)………本気(マジ)だ。


「お、おい。行こうぜ……」

「あ、ああ……この女マジでやべえよ……」


 ナンパ男達は青ざめた顔でその場から逃げ出した。女性神官は首輪を懐に仕舞い、助けに入ろうとした俺達を見て一礼する。

 そのまま黙って俺達の間を通っていく。通って行く際に悲しそうな顔をした女性神官の呟きが聞こえてきた。


「……そこそこいい悲鳴だったのに勿体無いことをしてしまいましたわ。次からは気を付けないと……」


 他人事にも関わらず、全身に鳥肌が走った。それはザックスも同じようで青ざめた顔でこちらを見てくる。

 まさか同じ日にマゾヒストとサディストと出会うとは思っていなかった。世界は狭いなあ。そんなことを思っていると、ザックスが重い口をようやく開いた。


「何なんだよ今のは……」

「そんなもん俺が聞きたいわ」


――――――――――


 それから、様々な店を回り、暗くなってきたので宿に帰ってくる。宿から出された夕食を食べ終え、部屋に帰ってくる。俺達がとった部屋は二部屋。一部屋は俺とザックスの二人部屋。もう一部屋はリオーネとペラルの二人部屋だ。一つの馬車で寝泊まりしていた時とは違い、別々の部屋で寝ることになるので俺とペラルは今夜はぐっすり眠れそうだ。最も、俺に夢を見ている暇はない。昨日はサボったが、龍空間で修行をしなければいけない。

 

 コンコン


 部屋の入り口の扉がノックされた。ザックスは武器の手入れに夢中で気づいていない。

 俺はベッドから立ち上がり、扉を開ける。

 扉を開けた先にはリオーネがいた。


「ユーガ。腹ごなしに剣術の鍛練でもしない?」


 リオーネは鍛練用の木剣を手に二本持っていた。リオーネとの剣の鍛練はこの半年間で幾度となくやり続けていた。しかし、情けないことにリオーネには勝てたことがなかった。彼女は一切手を抜かずに畳み掛けてくるのだ。それでも俺は諦めずに挑戦を続けていたが、まだまだ届けずにいる。

 

「わかった。今日は負けないからな」

「いいえ、今日も私が勝つわ」


 俺はリオーネから木剣を受け取って、外に赴く。

 

 

 









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る