超えるべきライバル

 木剣を片手に俺とリオーネは宿の中庭へ赴いた。

 中庭には何人かの宿泊客の姿が見えた。一人一人にここで剣の模擬戦を行っていいかの許可をもらう。やがて、その場にいた全員から許可をもらい終わり、俺達は向かい合う。


「あ、そうだ。審判とかどうするよ?」

「そういえば考えていなかったわね」


 今まで、模擬戦をする時はザックスなりペラルなり師匠なりがいたおかげで滞りなく始めることが出来た。審判と言っても、やることは最初に「始め!」と切り出すことぐらいだが。

 別にいなくても問題ないと言えば問題ないのだが、いるに越したことはない。それくらい微妙な役割だ。


「審判だったら僕がやろうか?」


 中庭にいた宿泊客の一人が名乗りをあげた。緑色の髪をした男性だ。顔立ちは綺麗に整っており、文句なしのイケメンだった。


「本当ですか? ありがとうございます。俺、ユーガ・サクマです」

「私はリオーネ・セルシュです」

「ユーガにリオーネか……よし、じゃあ二人とも構えて」


 お礼を告げて、俺達は木刀を構え、改めて向かい合った。リオーネの目に集中力が宿る。


「始め!」


 緑髪のイケメンの声と同時に一気に距離を詰める。先手必勝だ。俺は木剣を右から左へなぎ払う。手応えはない。リオーネは後ろに退き、俺の初撃を難なくかわしていた。

 リオーネはすかさず、俺の顎に向けて木剣を振り上げる。上体を左に反らして避ける。

 一旦、距離を取る。あのまま無理矢理反撃したとしてもリオーネ相手には届くことは無かっただろう。

 剣を構え直し、互いに見つめ合う。リオーネの瞳孔が少し開いたかと思うと、一瞬で距離を詰められていた。相変わらず速い。

 リオーネはそのまま強烈な剣撃を俺に向けて叩き込んだ。咄嗟に木剣でそれを受け止めたが、俺の木剣はミシミシと音を立てる。

 折れるんじゃないかと心配してしまう。 

 相変わらずの馬鹿力だ。もろに食らっていたらひとたまりの無かっただろう。


「おらあっ!」


 らしくない声を張り上げてリオーネの木刀を払い除けるが、休む間もなく彼女の容赦ない攻撃は続く。 

 この時の目は師匠(ちちおや)によく似ていた。

 全神経を集中させてリオーネの剣撃を裁き続けるが、一撃一撃がとても重い。

 このまま受けていては埒が明かない。よく見ろ。彼女の動きを。次の攻撃が何処から来るのかを予測するんだ。


「ここか!」


 俺から見て右上からくる剣撃を予測し、受け止める事なく右側へ避ける。

 木剣を振り下ろし、ガラ空きになっているリオーネに向けて攻撃。これでどうだ!


 手応えはなかった。

 ただ避けられただけならばまだ良かった。リオーネの姿が見えない。そんな馬鹿な。虚を突いたつもりだったのだが。何処にいった?


「ユーガ。こっちよ」


 背後から声が聞こえる。今の一瞬で後ろに回り込んだって言うのか!? 振り返り、攻撃しようとする。

 が、時すでに遅し。俺の木剣はリオーネの剣撃によって瞬時に弾き飛ばされる

 弾き飛ばされた木剣を掴もうと木剣に向けて手を伸ばしたが、届かない。

 木剣を取り戻そうと、無理矢理体勢を崩したのがダメだった。足払いを食らって、地面に尻餅を突く。

 尻餅を突いた俺にリオーネは木刀の先端を俺の眼前に向ける。

 そして、さっきまでの師匠と同じだった目は鳴りを潜め、笑みを見せながらこう言った。


「私の勝ちね」


 リオーネの台詞と同時に俺の木剣は音を立てて地面に落下する。俺の敗けだ。


「勝者、リオーネ!」


 審判をしてくれていた緑髪のイケメンが声を張り上げた。

 「おおーっ!」と周囲から歓声が上がる。いつの間にか、宿の中からギャラリーが集まって来ていたようだ。大勢の人々がリオーネの勝利及び俺の敗北を目にしていた事になる。


「かっこよかったぞー姉ちゃん!」

「ヒューヒュー!」

「兄ちゃんの方も惜しかったぞ! 次は頑張れ!」


 リオーネはギャラリーの歓声に手を振って答える。俺も励ましの声が聞こえた方向へ手を振っておく。

 尻餅を突いている俺にリオーネは手を差し伸べた。俺は遠慮なくリオーネの手を握り、立ち上がる。


「また負けたな。次は絶対勝つ」

「それ言うの何回目? もちろん受けて立つけど」

「……何回目だっけか。忘れたわ。とにかく次こそは絶対に勝つ!」


 目の前にいる超えるべきライバルかつ護るべき対象と共に俺達はたくさんの人に見送られながら宿へ戻った。

 

――――――――――


「おーい君達! いい試合だったじゃないか!」


 部屋に戻ろうとする俺達は後ろから呼び止められて、振り返る。

 声の主は先ほどの試合で審判をしてくれた緑髪のイケメンだった。


「どうも、先ほどはありがとうございました」

「いいんだよそんなに畏まらなくても。年のあんまり変わらなさそうだし。僕は“ケビン・クリート”。よろしく頼むよ」


 俺とリオーネはケビンと握手する。


「それにしても、さっきの試合は本当に良かった。リオーネも凄かったけれど、ユーガもいい線いってたし」

「私なんてまだまだよ。ユーガが本気を出したら私負けちゃうかもしれないもの」

「ん? ユーガは何かハンデでもつけていたのかい?」

「いや、そういうわけでは無いんだけどな……」


 一対一の真剣勝負で龍達の力を借りるのは反則だろう。もちろん、会ったばかりケビンには龍化のことについては話すつもりはない。10年前に悲劇を生んだ龍達の力についてなんて、気軽に話していい内容ではないからだ。


「まあいいや。とにかく僕も負けていられないな。このままじゃ、明後日の騎士団の入団試験に受からないかもしれないし」

「騎士団の入団試験? それ、俺達も受けるぞ」


 ケビンは目を丸くした。


「本当かい? 二人とも?」

「ええ、私達の他にも二人いるわ。四人で一緒にテナリオ村から来たの」

「テナリオ……確かこの国の西にある村か。随分遠くから来たんだな……」


 ケビンはふと、腕時計に目を落とす。


「おっと、もうこんな時間か。じゃあね。明後日の入団試験頑張ろう。他のお仲間さん達にもよろしく言っといて」


 そう言い残してケビンはこちらに手を振って去っていく。


「確かに夜ももう遅いわね。私も先に帰るわね」

「ああ、また明日な」


 それから風呂も済ませ、部屋に帰ってくる。ザックスは武器の手入れでクタクタになっているようで既に大きないびきをかいて眠っていた。

 俺も布団に潜り、目を閉じる。


――――――――――


 龍空間に入るなり、その場にいた龍達が一斉にこちらを見てきた。見てくるだけで何も喋らない。


「……何だよ」


 そう尋ねると、龍達は一斉に吹き出し、俺を指差しながら笑い始めた。


「あはははは! やっぱりダメ! 笑っちゃう!」


 とサイラジェスパが言った。


「ギャハハハ! 昨日の夜、リオーネの寝顔で寝れなかったのアホみてえだったわ!」


 とサンデリオンも笑い泣きする。


「昨日のあれほんま傑作やったでお前!」


 レガスロクも続く。

 やっぱり昨日の夜の出来事を覚えていやがったか。一日経ったら忘れてくれると期待していた俺が馬鹿だった。


「ユーガ……ペラルに対するあの対応はどうかと思います」


 氷龍アイゼラスが笑いをこらえながらそう言ってくる。

 

「うるさい! いいから修行始めるぞ!」


 先ほどのリオーネとの試合で俺はまだまだ力不足だということを改めて感じ取った。

 休んでなんていられない。入団試験まで出来る限りの事は尽くすつもりだ。待ってろリオーネ。次こそ勝つ。







 


 

 


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