覚悟

――リオーネ――


 今日も村の警備の仕事が終わり、辺りはもう暗くなってきていた。早く帰って夕食の準備をしないといけない。

 ……あの三人は今頃、旅の計画を立てているのかしら。羨ましいな。

 ザックスに誘われた時は急な話で驚いたけど、嬉しかった。是非、一緒に行きたいって心の底から思えた。

 お父さんに反対されても押し切るつもりだった。でも、駄目だった。表面上は荘厳なイメージを持っているお父さんに泣きながら必死に止められてしまったら、とても押し切れなかった。

 もし押し切って私が旅に出たら、お父さんは心の拠り所を失ってしまう。そんな人を置いてはいけない。

 自宅が見えてきた。お父さんもお腹を空かしていることだろう。急がなくちゃ。

 あら? 庭に誰かが、それも四人いる。何事かと思って走り出す。

 真っ先に目にしたのは、庭の中心で血にまみれたユーガとそのユーガを蹴り飛ばしているお父さんの姿だった。


「お父さん! 何してるの!?」


 私の声に反応し、ユーガとお父さんはこちらに目を向ける。しかし、二人ともすぐに視線を元に戻した。

 何があったかは理解が出来なかったけど、することは決まっている。止めなきゃ。


「待てリオーネ! 水差すんじゃねえ!」

「邪魔しないであげて!」

 

 近くにいたザックスとペラルが私の前に立ちはだかった。

 素直に止まるわけがないじゃない!

 二人を振り切り、友人を痛め付けている父親を止めるためにスピードを上げる。


「来るな!」


 声の主はユーガだった。思わず体が止まってしまった。


「やめとけリオーネ。ここでお前が助けたらこいつの何時間もの苦しみは無駄になっちまうぞ」


 お父さんはユーガを見下ろしながら淡々と言った。


「何時間って……いつからこんなことやっているの!?」

「昼間っからずっとだ」


 代わりにザックスが答える。ペラルもそれに続いた。


「ユーガ君はリオーネの希望を叶えるために戦っているの」


 私の? そんなの駄目。私なんかのためにユーガがあんな目に遭う事なんてない。


「ユーガ! 私の事は大丈夫! だからこれ以上はやめて!」


 とにかく、今のこの状況を止めたかった。

 しかし、ユーガは動かない。

 お父さんがユーガを蹴り飛ばした。

 これ以上やったら本当に死んでしまう!


「リオーネ!」


 ザックスに羽交い締めされる。しかし、これぐらいなら、私の力で振りほどける。


「頼むから見守ってやってくれ!」


 必死の表情で怒鳴られる。

 それを見て、不思議と力が抜ける。

 こんな顔しながら止められたらとても振りほどけないじゃない。


――グリーデ――


 何なんだこいつは。痛め付けても痛め付けても立ち上がって来やがる。

 これを日付が変わるまで続けようが俺の主張は決して変わらない。時間の無駄だ。


「一体……何なんだよお前は!」


 気がついたら叫んでしまっていた。


「いい加減にしろよ! てめえがこんなことをしようが俺の意見は変わらねえんだよ! リオーネは決してこの村から出さねえ! 俺が……俺が守らなきゃいけねえんだよ!」


 妻に先立たれてから心に決めた事だ。


「リオーネの自由を奪うことになっても、俺はリオーネを守り抜く!」

「……リオーネの意志を無視して決めるなよ」


 このガキ、抜かしやがる。


「親として、子供の意志を無視してんじゃねえよ!」

「好き好んで無視してんしゃねえんだよ!」


 再び、蹴り飛ばす。

 

「俺だってリオーネには自由に……」


 その瞬間、頭に声が響く。何だこれは?

 すぐに理解した。過去の記憶だ。




――俺にそっくりな元気なガキが産まれたな!

――あなた、そんなに持ち上げないで。泣いちゃってるじゃない。

――おいおい、そんな泣いてちゃ強い剣士になれねえぞぉ!

――ちょっと、勝手にこの子の将来を決めないでよ。

――おっとそうだな! 自由に生きろよぉリオーネ!

――この子には私達みたいに家柄なんかに捕らわれず、自由に、好き勝手に生きてほしいわね。



「自由に……」


 思い出した。俺達夫婦には色々な困難が立ちはだかった。周りに反対されまくった結婚。結局、駆け落ちしてまで娘を手にする。何者にも縛られずに自由に生きてほしい。そう願っていた。

 妻が……ミオーナが死んでから、そんなこと考えなくなってしまった。何があっても危険な所にはいかせない。命に代えても安全な場所で守ってみせると。

 果たしてそれはリオーネにとっては幸福だったのか?

 再び、目の前の餓鬼……ユーガが立ち上がる。こいつの覚悟は相当のものだ。目を見る限り、言っていることに嘘偽りはない。


 こいつなら……大丈夫なのか?


――ユーガ――


 ずっと堪えてきたが、次第に意識が遠退いていく。

 リオーネはザックスに羽交い締めされて動けない。いや、動かない。

 グリーデは俺に距離を詰め、言った。


「お前に娘を守る覚悟はあるのか?」


 すぐに答える。


「ある。約束する。例え命に代えてもリオーネは俺自身の力で守ってみせる。それが……俺がこの世界にやって来た理由だ!」


 グリーデは黙ったまま俺を見つめている。

 やがて、グリーデは首を横に振る。


「やっぱ駄目だ。今のお前なんかに娘は任せられない。そんな心構えだけで守れたら苦労しねえだろ」


 やはり、駄目だった。俺のこの何時間にも渡る苦しみは無駄に終わってしまうのか? 意識が薄れていく。


「半年だ」


 ? 半年?

 意識をしっかりさせて、顔を上げる。


「俺なら半年でお前をまともな戦士に鍛え上げることが出来る。出発なら半年後でも遅くはねえだろ」


 思わず目を見開いた。


「それじゃあ……」

「許可してやるよ。リオーネの旅立ちを」


 全身の力が一気に抜けた。情けない事だ。

 そのまま、気絶する。


「おっと、まだ寝るなよ。 返事を聞いてねえ」

「いって!」

 

 頭をしばかれ、意識が戻った。


「半年間、俺の弟子になって死んだ方がマシだと思えるほどの修行をするかって聞いてんだ」


 さぞかし厳しいんだろうな。でも、龍達だけに頼らずに仲間を守る力を手に入れられるなら断る理由はない。


「やってやります……守り抜くために!」

「……いい返事だ」


 グリーデは歯を見せ、笑った。



 

 


 


 


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