鬼の目にも涙

 ザックスの突発的な提案から一日が経過した。今日は店の定休日であり、久しぶりに体を休めることが出来る。

 俺はザックスの部屋て過ごしていた。旅立ちに向けての計画を練っていたのた。まだ、リオーネとペラルが一緒に来るかはまだ決まってはいない。

 最悪、二人からの了承が得られず、ザックスとの二人旅になる可能性も十分に考えられるのだ。しっかりと話し合わなければならない。

 

「あまり重い荷物は持っていかない方がいいと思う」

「あー……仕方ねえかな。俺の武器コレクションを全部持っていきたいと思ってたんだけどよ」


 その武器コレクションは一度、見せてもらったことがある。昔から手入れを欠かさずに大事にしている様子だった。ザックスの武器好きはかなりの物で、今覚えているだけでも剣、槍、斧、ハンマー、弓矢……駄目だ。種類が多すぎて思い出せない。


「残念だが、あの量は無理だ。いくらお前でも持ち運び出来ないだろ」

「うーん……でもなあ」


 ザックスが頭を抱える。すると、部屋の扉がノックされる音が聞こえる。

 ノックの後、お袋さんの元気な声が聞こえてきた。


「二人が来たよ! 返事を聞いておやり!」


――――――――――


「悪いな二人とも、昨日は途中で話切っちまって」


 リオーネとペラルを部屋にあげ、座らせる。

 ペラルは昨日と変わらず、顔を赤くして緊張しているようだった。頑張って慣れろ。


「で? どうなんだ? 一緒に来てくれるか?」


 ザックスの問いに対して、まず、ペラルが答える。


「……両親からの許可はあっさり降りたわ。ということであたしも行く!」


 これは意外だった。いいとこのお嬢様なのに、危険な旅に両親が許可を出すなんて驚きだ。

 俺はペラルに聞いてみた。

 

「危険な旅なのによく許してくれたな」

「え……あ……それは……」


 ペラルは目をそらしながら俺の耳元に口を近づけ、囁いた。


「……ザックスと一緒ならなんの心配もないって言われたわ」


 ……余程ネルモンド家から信頼されているんだなぁこの武器マニア。もちろん、今の話はザックスに聞こえておらず、こちらを見て首を傾げている。


「来てくれるんなら良かったぜ! リオーネはどうだ?」

「……」


 リオーネは顔を下に向け、悲しそうな顔をして黙っている。

 しばらくの静寂の後、答える。


「ごめん、私は行けそうにないわ」


 ザックスがやっぱりかと言いたげな表情で肩を落とす。

 ペラルも同じような反応だった。


「……そうか。悪いなリオーネ。無茶なこと提案して」


 ザックスが申し訳なさそうに頭を下げた。

 俺はリオーネに疑問を投げかける。


「この村を離れたくないのか?」


 リオーネは首を横に降る。


「もちろん、皆と一緒に旅を出来たらきっと楽しいわ。この村もそのうち魔物の襲撃も激しくなるだろうし、魔王を倒した方がいいのは分かる。でも……」


 リオーネの目から涙が出てくる。


「……お父さんに泣きながら反対された。お前に何かあったら俺の心はもう耐えられそうにないって言われたの」


 あの鬼のような男が泣いた? いや、無理もないかもしれない。むしろ、ザックスやペラルの両親が特例なだけであって、普通の親なら必死に反対しても無理はない。

 

―――――――――


 リオーネはそれから、程なくして帰っていった。ペラルはこれからの話し合いのため、部屋に残った。

 親に泣きながら反対されたのならば、これ以上無理に誘うことなんて出来ない。魔王討伐の旅は俺、ザックス、ペラルの三人で行くことになるだろう。本当は四人で行きたかったが、仕方がない。仕方がない事なのは分かっている。

 しかし、俺は諦められないでいた。誰一人欠けてはいけない。この四人で旅をしたいと心からそう思えたからだ。

 俺はその場から立ち上がり、言った。


「俺があの人を説得してくる」

「ユーガ、やめろ」


 ザックスが俺を睨み付ける。怒っているとも悲しんでいるともとれる表情をしている。


「無理よユーガ君。これは私達が口を挟む問題じゃないわ」


 ペラルも俺を止めてくる。しかし、俺は諦めたくなかった。


「……俺は四人で行きたいんだ。それは皆も同じだろ」

「当たり前だろうがそんなこと! でもな、グリーデのオッサンの気持ちだって分かる! これは危険な旅なんだよ!」


 ザックスは怒鳴った。ペラルは何も言わず、見ていた。


「俺は諦めたくない。行くだけ行ってくる」

「……止めても無駄みてえだな。行ってこいよ。オッサンに殺されても知らねえからな」


――――――――


 俺は店を出て、セルシュ家へ向かった。ノックをしようと玄関の扉に近づくが、やめた。グリーデは家の庭であの両手剣を使った素振りをしているのが見えた。振る時、音が大きいのですぐ分かる。

 俺はすみません、と一声かけ、近づく。

 グリーデはこちらに気付いて素振りを中断した。


「何のようだ糞餓鬼。娘なら警備の仕事に行ってていねえぞ」

「あなたに用があるんです」


 グリーデの目を力強く見つめる。相変わらず威圧感が凄い。

 しかし、怯む訳にはいかなかった。


「リオーネの旅立ちを許可していただけませんか?」

「失せろ」


 失せろ、と来たか。俺が説得に行ったところでそう簡単には解決しないことは分かっていた。


「魔王を倒すための旅だぁ? 許すわけねえだろ。俺はベックスやノーブルみてえに子供の無茶をヘラヘラ笑いながら許すような能天気な頭はしてねんだよ。分かったらとっとと帰れ」


 ノーブル……確か村長及びペラルの親父さんの名前だったな。


「でも、俺は四人で旅をしたいんです。娘さんが心配なのは分かります。俺も家族を失っているから……」

「帰れっつってんだろ、ぶった斬るぞ」


 聞く耳を持たない。諦めてたまるか。


「でも――」


 俺の体が宙に浮いた。グリーデが俺の胸ぐらを掴んで持ち上げたのだ。


「いい加減にしろよ糞餓鬼。これ以上俺の機嫌を悪くすんな」


 苦しい。しかし、こんなことで諦めてたまるか。


「ふん、いいだろう。教えてやる」


 グリーデは手を離した。俺の身体は地面に叩きつけられる。


「よく聞け、リオーネの母親は……俺の妻は魔王の手先に殺されてんだよ!」


 反論の言葉が出てこなかった。


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