旅立ちの誘い
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
商品を買い終わり、店を去っていく客に挨拶。正直、単調な仕事になってきてはいるが、慣れた。
「全く、あのバカ息子はどこほっつき歩いてんだか」
店の奥では、親父さんが忙しそうに作業を行いながらぼやいていた。
ザックスは朝食を食べた後、ちょっと目を離した隙に店の外へと飛び出し、走り去っていった。昨日、グリーデに半殺しにされたのにも関わらず、元気な事だ。本当に困った奴だ。
「昼食休憩の時に探しに行ってきます」
「いやいい。今日のあいつの晩飯抜くから」
おお、厳しい。自業自得でしかないが。
それにしても、俺はここでのんびり働いていていいのだろうか。俺は一応、魔王を討伐するという使命を女神レクシアから受けてこの世界にやって来た。この村についてから、トラブルが立て続けに発生し、危うく忘れかけるところだったが、実際のところ、魔王の影響でこの辺りに本来生息していない魔物達が出没している。このままではこの村も危ないのだ。
ふと、店の外に視線を戻す。人の気配がしたからだ。しかし、客ではない。どこかでほっつき歩いていたであろうザックスが帰ってきたのだ。
「わりいユーガ、親父。ちょっと先に用事を済ましておきたかったんだ」
「このバカ息子! 何処行ってやがった!」
「……ちょっとな」
ザックスはすぐに支度を整え、俺の元に来て囁いた。
「話がある。昼飯休憩の時、俺の部屋に来てくれ」
そのまま、自分の持ち場へと向かっていった。偉く真剣な様子だったが、どうしたのだろう。
―――――――
やがて、午前中の仕事が終わり、昼食休憩に入った。昼食を素早く済ませ、ザックスと共に階段を上がり、ザックスの部屋へと赴いた。部屋に入るなり、早速問いただしてみる。
「何だよ話って」
しかし、ザックスは首を横に降る。
「まだだ。あいつらが来ていない」
あいつら? 一体誰の事だ? すると突然、部屋の扉がノックされた。そしてすぐ、お袋さんの声が聞こえる。
「ザックス! リオーネちゃんとペラルちゃんが来たわよ! あんたが朝っぱらにこの時間に来るように指定したらしいじゃないか」
なるほど、午前中にどこ行っていたのだろうと思っていたが、二人の家へと行っていたのか。
ザックスは扉を開ける。
「お邪魔するわ」
「お、お邪魔、するわよ……!」
リオーネはなに食わぬ顔で入室したが、ペラルはどうも落ち着きがない。ザックスの部屋に招かれて緊張しているのだろうか。
「何顔赤くなってんだペラル。風邪でも引いたのか?」
「ななな何でもないわよ! それより何よ! こんな所に皆集めて!」
「まあ座れ」
女性二人はしっかりとした姿勢で床に座る。そして、ザックスは話し始めた。
「俺ら四人で魔王倒しにいくぞ」
場が凍る。ザックスが何を言ったのか、頭が理解するのにやたら時間がかかった。
それはリオーネとペラルも同じだったようで、リオーネは目を丸くし、ペラルに至っては口をあんぐりと開けている。
とりあえず、この場の雰囲気を変えたかったため、声をあげる。
「おいザックス! いきなり何だよ!」
ザックスは俺の問いに対し、真剣な表情のまま答える。
「俺は本気だぜ? ここ最近、魔物の襲撃が増えてきているんだ。この村だけじゃない。世界中の至るところでも同じような状況になっているんだ」
やはり、このままではこの世界は危ないようだ。
「このまま、誰かが魔王を倒してくれる保証なんてないだろ?俺達も世界のために動かなきゃなんねえって思ってな」
「随分急な話ね……」
ペラルが呆れた顔で言った。
「で? どうするの? まさか、ここから何処にいるかもわからない魔王の所へ行って戦いを挑むって言うんじゃないでしょうね」
「そんな無茶なことする訳ねえだろ。ちゃんと考えてある」
ザックスはポケットから紙を取り出し、床に広げた。どうやらこの国の地図のようだ。
「まず、この村から東にある王都グレインまで行く。そこで、王国直属の騎士団の試験を受け、入団する。グレインの騎士団ならあらゆる情報が集まってくるだろうし、いずれ来る魔王との戦いも視野に入れているだろう。この王都に滞在しながらやがて来る魔王との戦いに備え、力をつける。どうだ?」
結構考えてあるんだな。素直に関心する。丁度、俺も魔王との戦いに向けて動き出さなければいけないと思っていたところだ。
何より、俺はこの四人で旅をしてみたいという気持ちがある。
きっと楽しいことだろう。
「俺は行く。この龍化の力はそもそも魔王を倒すために与えられたんだ」
「お前なら来てくれると思ったぜ! お前らはどうだ?」
問題は女性二人だ。魔王を倒す事を目的とした旅なんて急に振られてもイエスなんて出てこないだろう。
「……考えさせてもらえないかしら? 何しろ急なことだから……」
「……私も」
仕方のないことだ。俺はともかく、他の皆には家族がいる。
「分かってる。なにもすぐ出発するわけじゃない。出発時期は後でじっくり考えて決めるつもりだからな」
俺は何気なく時計に目をやった。
「あ、ザックス! そろそろ休憩時間が終わるぞ!」
「やっべ! リオーネ、ペラル! 悪いけどまた今度改めて話をしようぜ! またな!」
俺達は女性二人を店の外まで見送る。
二人の背中を見ながらザックスに聞いてみる
「……一緒に来てくれると思うか?」
「わからねえ。でも俺はあいつらと一緒に行きてえ。それに、あいつらもこの村を守りたい気持ちは同じはずだ」
二人の姿が見えなくなり、俺達は店の中に戻る。店の中にいた親父さんとお袋さんは俺達を見るなり声をかけてきた。
「おうお前ら、悪いが話は聞かせてもらったぜ。この村を出て王都グレインに行くんだってな」
「げっ! 聞いてたのかよ! きたねえぞ!」
「……危険な旅になるぞ。分かってんだろうな」
親父さんはザックスを睨み付ける。
「反対したって無駄だぜ。この村を守るためだ」
ザックスの言葉を聞いて、親父さんは笑い出した。
「がっはっは! 別に止めやしねえよ! 息子の自立を止める親なんていてたまるか!」
「親父……」
お袋さんはザックスと俺の顔を見つめ、言った。
「いいかい? 絶対に生きて帰って来るんだよ! 死んだら承知しないからね!」
「わ、分かってるよ!」
「はい、絶対に無事に帰ってきてみせます!」
絶対に死なせるわけにはいかない。俺はこの力で相手が魔王だろうが何だろうが絶対に守ってみせる。
あとはあの二人が了承するかどうかだ。
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