守り返す
「おいおいおい! どういう事だ? 火が全部消えて魔物も全部倒れているじゃねえか!」
ザックスが消火のために集めたであろう村人達と共にやって来た。その中にはリオーネの姿もあった。
「ユーガ、まさかこれもあなたがやったの?」
「ああ、そうだ」
俺は頷く。グリーデは自分の娘を見て、言った。
「リオーネ、後にしろ。今からこいつの最期の言い分を聞いてやるところだ」
最後ではなく、最期。勝手に決めつけてくれる。
「お父さん、いい加減にしてよ!」
リオーネがグリーデに詰め寄ろうとするが、俺は左手をリオーネに突き出し、制止する。
「リオーネ、今は見守っていてくれ」
「でも……」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
俺の言葉を聞き、リオーネは口を閉じた。分かってくれたようだ。俺は再びグリーデに向き直る。そして、話し出した。
「俺は故郷に家族や友人達がいました」
故郷。即ち、元の世界の日本。
「その家族や友人達と毎日毎日、何気なく生活していました。それが当たり前になってきて、退屈だと感じるようになってしまった。だけど、ある事故で家族と友人達を一気に失った。その事故が原因で故郷からも離れざるを得なくなった」
日本にいた頃の生活を思い出す。何気なく大学に向かい、だらだらと講義を受け、くだらないことで家族や友人と笑いあったあの日々を。
「家族や友人とは二度と会えないと理解した時、とても悲しかった。どれくらい泣いたかなんてもう覚えていない」
目から涙が溢れる。すぐに拭い、話を続ける。
「その後、色々あって魔王討伐の使命を受け、この龍化能力を授かったんです」
「……そんな使命、よく引き受ける気になれたな」
グリーデが口を挟む。
「最初は当然迷いました。その使命を蹴って天国……いや、魔王の影響が及ばない安全な所までいくという選択肢もあったんです。
でも、俺はもう一度やり直したかった。この力で人々を守り、この世界で再び退屈な日々を過ごしてみたくなったんだ」
今思うと、あの日々こそ、かけがいのない宝物だった。
「でも、この村に来てから俺は守るどころか守られてばかりだった。リオーネ、ザックス、ペラル、ザックスのご両親に……それだけじゃない。俺の中にいる龍達にもだ」
俺は胸に手を当てる。
「デーモングリズリーの件や今回のフレイムウルフの件だってそうだ。龍達が俺を信用して力を貸してくれただけに過ぎない。俺自身は何もしていないんだ」
所詮、人からもらった力であり、俺自体の力では決してない。
「だからこそ、俺は決めた。誰かに守られたら俺も守り返す。そのためにこの能力を使い続けてやるってな」
俺はグリーデを強く見つめ、力強く言い切った。
「俺は10年前のレンのような過ちは絶対に繰り返さない。俺の中の龍達に誓って」
話は終わりだ。言うだけ言った。悔いはない。グリーデは厳めしい顔で俺を見つめ続ける。何も喋らない。
「……」
グリーデは何も語らずに背中の両手剣を抜き出した。ああ、駄目だったか。俺なんかの決意を話したところで説得なんて出来ないのか。
「やめだ」
その時、思いもよらぬ事が起きた。グリーデが俺の足元に放り投げたのだ。そして、そのまま地面に胡座をかいて座り込み、重い口を開いた。
「斬れ」
「え?」
「言ったろ、もし俺がお前を認めたら殴るなり殺すなり好きにしろってな。そんな真っ直ぐな目をした奴斬れるわけねえだろ」
俺は気が抜けて、その場に座り込んだ。ようやく、助かったようだ。
「おい、あのグリーデがあいつを認めただと……?」
「そんなの初めて見たかもしれねぇ……」
後ろで見守っていた村人達がどよめく。
「うおおおぉぉ! ユーガ! よかったぜええぇぇ!」
黙って見守っていたザックスが泣きながら走ってくる。デジャヴを感じる。続いて、リオーネとペラルも走り寄る。
「やったわねユーガ君! すごい無茶したわね、このおじ様を認めさせるなんてなかなか出来ることじゃないわよ!」
「本当に心配したのよ! もし、お父さんがあなたを斬ったらと思うと……助かって本当によかった……」
リオーネは怒りながらも笑った。
「大丈夫だって、それよりもみんな、俺が話している最中、ずっと見守ってくれてありがとな」
それだけ言って、俺はグリーデに向き直った。グリーデは黙って座り込み、俺に殺されるのを待っている。いくらひどい目に合わされたといえ、さすがにこの人を殺す気になんてなれなかった。
「どうした、さっさと殺れ、せめて殴れ。俺のけじめだ」
「やっちゃいなさいユーガ。この人のためでもあるのよ」
リオーネの言う通り、ここで何もしなかったら、この人のプライドに傷をつけることになってしまうだろう。俺は右手をグーにして力を込める。そしてそのままグリーデの左頬に一撃を食らわした。
ガスッ!
村人達がどよめきだす。「やりやがった!」とか「いいぞー!」といった言葉が飛んでくる。あとでどうなっても責任はとれないぞ。
「……そんなもんか」
力を込めて殴った筈なのに、ケロッとしている。さすが、大剣豪といったところか。
「まだまだ足りねえだろ。もっと来いよ」
グリーデが促してくるが、正直、もう俺の鬱憤は今の一撃で十分に晴れた。遠慮させてもらおう。
「いや、俺はもう大丈夫です」
「それじゃ、代わりに私がやるわ」
なんと、リオーネが実の父親の前に立つ。その途端、さっきまで真剣だったグリーデの表情が崩れた。
「待てリオーネ。俺はユーガにもっと来いと言ったんだ。お前じゃな――」
スパアアァァァァン!
強烈な平手打ちの音が周囲に響き渡る。グリーデの右頬に紅葉模様が付き、グリーデの首は俺からみて右側に捻られていた。俺のグーパンなんかよりも相当効いてるぞ。
「……さすが俺の娘だ。とんでもない馬鹿力だぜ……」
「それじゃ次あたしね!」
「何!?」
スパアアァァァァン!
リオーネに続き、ペラルが先ほど俺が殴った左頬にビンタを決める。さすがにリオーネ程の力は無いようだが、音は結構響いた。
「ユーガ君の苦しみはこんなもんじゃなかったのよ! はースッキリした! 昔から横暴だったおじ様にこうしてみたかったのよね!」
「よーし! 次は俺の番だぜ!」
ザックスが肩を回し、目を輝かせて気合いを入れ、拳をグリーデの顔面に叩き込んだ。
バキィィッ!
……おい、鼻血出してるぞ。音もヤバそうなんだが。
「フッフー! 気持ちいいぜ! 昔からきっつい筋トレに付き合わせやがって! あと、店番サボってた事親父にチクりやがって! ざまあ見やがれ!」
お前に至っては百パーセント私怨じゃねえか。
「ザックス……てめえは今ここで殺してやる」
さすがにグリーデが切れ、鼻血を垂らしながら立ち上がる。
「げげっ! やり過ぎた! 殺される!」
「逃がすかこの糞餓鬼があぁぁっ!」
全速力で逃げていくザックスをグリーデはそれ以上の速さで追いかけていった。あれでは捕まるのも時間の問題だな。
こうして、俺は死と隣り合わせの生活から解放され、一人の犠牲も出ずに、元の生活が出来るようになったのであった。
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