無慈悲

 リオーネが観客席から立ち上がり、アリーナへと向かっていった。

 それを見送ると、周りの観客がざわざわと騒ぎ出した。


「おい、今“セルシュ”って言ってたよな? もしかしてあの姉ちゃんの事か?」

「セルシュ家の人間か……これは凄いものが見れるかもしれねえな」

「ああ、しかも結構可愛かったしな……」


 これを聞いたのか、ケビンが俺に尋ねてくる。


「ユーガ……まさかリオーネって……あの剣の名家“セルシュ家”の家系なのかい?」

「そのセルシュ家ってそんな有名なのか?」

「世界的に有名じゃないか! 魔法の名家“マジャクス家”と対をなす“セルシュ家!”! 双方ともこの王都の豪邸を構えているんだよ!? 名前を初めて聞いた時はただの同姓だと思ってたけど……まさか本当にそんな名家の人間だったなんて!」


 話を聞いていたペラルが頭を傾げる。


「初めて知ったわ。てっきりグリーデおじ様やリオーネはテナリオ出身だと思っていたけど」


 ザックスもこれに続く。


「俺もそう思ってた。でも、言われてみればグリーデのオッサン……ただ者じゃないオーラビンビン伝わってきてたな」


 ザックスがそう言うと、俺の左隣に座っていたギルガが目を覚まし、身を乗り出してくる。


「おい! それはマジか! お前らグリーデ・セルシュを知ってんのか!?」

「ああ、リオーネの親父さんで俺の師匠」

「ああ!? マジか!?」

 

 何気ない俺の答えにギルガは激しい動揺を隠せないでいる。

 そんなに有名人なのかあの人。俺は精々名のある剣豪としか聞かされていないのだが。


「セルシュ……」


 ギルガの膝の上に座っていたダクラがそう呟いたのが聞こえた。


「あっ、出てきたッスよ。リオーネさんッス!」


 カゲマルがアリーナを指差す。俺達もそれに釣られて会話を中断し、アリーナへと視線を向けた。

 カゲマルの言った通り、リオーネがアリーナへと姿を現していた。リオーネの反対側の入場口からは、リオーネの対戦相手であるトーマスなんとかが入場してきた。


「リオーネー! 頑張れー!」


 ペラルが身を乗り出してリオーネに声援を送った。それを聞いたリオーネは微笑んでこちらに手を振る。


「おいおい、セルシュだかなんだか知らねえけど試合前に随分と余裕だな」


 トーマスが笑いながらリオーネを挑発する。リオーネは頭を下げて言った。


「ごめんなさい。あなたの言う通りね。次からは気を付けるわ」

「ま、所詮女なんて俺の敵じゃねえよ。精々俺の引き立て役になってくれよ」


 あの野郎いっぺんぶん殴ってやろうか……じゃねえや。あの男。随分な自信を持っている。余程の実力があるのだろう。両者の間にいた審判の男が声を張り上げた。


「それでは、リオーネ・セルシュ対トーマス・ナッシェルの試合を行う。始め!」


――――――――――


 勝負は一瞬で決まった。


「あれ……?」


 つい数秒前まで確かにあったトーマスの剣の刀身が無くなっていた。

 先程までトーマスの剣の刀身だった欠片がトーマスから遠く離れた地面に音を立てて落下する。

 

「今……何が?」


 トーマスは分かっていないようだが、俺には見えた。リオーネが神速の如くトーマスの剣に斬りかかり、刀身をへし折ったのだ。

 リオーネは顔をあげてトーマスに笑みを見せた。


「悪いけど……私、引き立て役になんてなる気はないから。あまり女性を甘く見ない方がいいわよ」


 それを聞いたトーマスはその場に腰を抜かす。そして、両手を挙げて審判に告げた。


「こ、降参……」

「勝者、リオーネ・セルシュ!」


 リオーネは剣を鞘に戻す。


「「「おおおおおおおっ!」」」


 審判の判決と共に歓声が巻き起こる。

 こうして、この試験の第一試合はトーマスがリオーネの引き立て役となって幕を下ろした。


―――――――――


「お疲れ。とは言ってもそんなに疲れてなさそうだな」


 試合を終え、観客席に帰ってきたリオーネに労いの言葉をかける。


「ええ、でもこれからも油断は出来ないわ。気を引き絞めないと」

「凄かったッスリオーネさん! 今度あの斬撃を俺に食らわせて欲しいッス!」

「そんなに死にたいのなら俺が代わりに斬ってやろうか?」


 俺はドレイクの刀身を僅かに抜いてカゲマルに近付く。カゲマルは慌てて飛び退いた。


「野郎はノーセンキューッス!」

「おい、リオーネ。ちょっといいか?」


 ギルガが席を立ち上がり、リオーネに尋ねた。


「何かしら? ギルガ」

「お前の親父がグリーデ・セルシュってのは本当か?」

「ええ、そうだけど……それがどうかしたの?」


 リオーネのその答えを聞いて、ギルガは笑いながら言った。


「今度会った時に“あいつを殺してくれてありがとう”って伝えといてくれ。ソウルドからって言えば多分わかる」

「ちょっとギルガ! あんた何言ってるの!」


 セトラがギルガの頭を鷲掴み、後ろに押し退けた。


「ごめんねリオーネちゃん。この馬鹿の言うことなんて気にしなくていいから」

「いいのよ。事情は知らないけど、今度お父さんに会った時に伝えておくわ」

「……わりぃな」


 ギルガはそう言って自分の席へと戻っていった。気になったのでギルガに聞いてみる。


「師匠に殺しの依頼でもしたのか?」

「そういう訳じゃねえ……直接話したわけでもねえし。ただ昔世話になっただけだ」


 ギルガがそう言い終えると共に、放送が辺りに響き渡る。


「次の試合を始める! ザックス・コトーゼとケビン・クリートは控え室に来るように!」


 ケビンとザックスがお互いに顔を合わせ、二人とも笑みを作った。


「おうケビン。手加減しねえぜ」

「こちらこそ手加減はしないよ」


 二人はそう言って同時に立ち上がり、アリーナへと向かっていった。










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