忍者との出会い

 男を馬車へ運び、寝かせる。重病人だった場合、しっかりとした医療機関が必要となる可能性もあったため、馬車は再び王都に向けて走り出した。ザックスが腕を組んでその場にいた俺達に聞いた。


「さて、馬車へ運んだはいいがどうするよ」

「うーん………怪我しているわけじゃなさそうだけど……」


 男はぐったりとしたまま動かない。やはり何かの病気なのだろうか?


「とにかくこのまま様子を見ましょう。目を覚まさないようなら王都の病院へ……きゃっ!?」


 リオーネの顔が突然赤くなる。何が起きたか理解するために目を凝らしてみる。なんと、倒れていた男の手がリオーネの尻を触っていたのだ。


「こいつ……!」


 テナリオ村から出る時に師匠から聞いた言葉を思い出す。


“リオーネを都会の猿共に指一本触れさせんじゃねえぞ。もしもそんな輩がいやがったらぶった斬れ。俺が許可する”


 師匠。その時が来ました。遠慮なくぶった斬らせていただきます。しかし男は未だに眠っている。まさか眠りながらリオーネの尻を触ったというのか? だったら寝ぼけているだけかもしれない。許してあげよう。

 なんて言うと思ったか! 寝ぼけてようがリオーネの尻を触った罪は消えてねえんだよ!


「覚悟しろこの野郎――」


 ドゴオオォォォン!


 俺が剣を抜くよりも早く、リオーネの鉄拳が眠っていた男の顔面に激しい轟音を立ててめり込んだ。

 リオーネは男の顔からめり込んでいた拳を引き抜き、今まさに我に返ったと言わんばかりの表情で呟いた。


「しまった……!」

「いやしまったじゃねえだろおおぉぉっ!」


 ザックスが慌てて眠っていた男の元へ駆け寄った。


「何やってんだリオーネ! 今ので完全にとどめ指しちゃったんじゃねえのか!?」


 モロに顔面にぶちこまれていたからなぁ。師匠。どうやら俺がぶった斬るまでも無さそうです。


「おいしっかりするんだ! 病院まであと少しだぞ!」


 ザックスの呼び掛けが功を成したのか、男の口からか細い声が漏れでた。


「め……飯……腹減った……」


――――――――――


「いやー! 本当に申し訳ないッス! あんたらは命の恩人ッス

よ!」


 俺達に分け与えられた食料を食べ終わり、腹を膨らませた男は満足そうに笑った。


「申し遅れたッス! 俺の名前は“カゲマル・フーマ”! 忍者やってるッス! 以後お見知りおきを!」


 忍者? この世界にもそんなものがあるのか。


「おう! よろしく頼むぜカゲマル! それにしても重病人じゃなくてよかったぜ!」

「まさか王都を目の前にして空腹で倒れるなんてね……」


 ペラルが肩を竦める。

 続いて、リオーネが申し訳なさそうにカゲマルに声をかけた。


「あの……さっきはごめんなさい……大丈夫かしら?」

「なーに! 俺も悪かったッス! ねぼけていたとはいえ尻に触っていただなんて……とても後悔してるッス……」


 カゲマルはリオーネの尻を触った拳を握りしめた。なんだ。そんなに悪い奴じゃないな。俺もさっきは我を失って斬りかかろうとしたが、間に合わなくてよかった。

 

「それよりもリオーネさん! あなたに重大なお話があるッス! 聞いてほしいッス!」

「ええ。何かしら?」


 一呼吸置いて、カゲマルはとんでもないことを言い出した。


「俺と結婚してその馬鹿力で俺を一生いたぶってなおかつ虐げてほしいッス!」


 ドカッ


 気がつくとその台詞を聞いた俺はカゲマルを馬車から蹴り出していた。こいつ、とんでもないマゾヒストだ。


「あーーーれーーーーっ!!」


 カゲマルは悲鳴をあげながら地面を転がっていく。それを見届けた後で今まさに我に返ったと言わんばかりの表情で呟いた。


「しまった……!」

「いやしまったじゃねえだろおおぉぉっ!」


 ザックスが俺を思いっきりしばく。


「お前ら二人揃ってさっきから何やってんだ! 今のは確実に死んだだろ! どうすんだおい!」

「そんなこと言われても……なあ?」


 リオーネの方を見てそう言ったが、リオーネは口を手で覆ってしゃがみこんでいた。


「ちょっとリオーネ!? 大丈夫!?」

「は……初めて告白されちゃった……! ねえペラル。私どうすればいいの!?」

「何照れてんの!? 私から言えるのは絶対にOKなんかしちゃダメってことぐらいよ!」

「ペラルの言う通りだ! もしOKなんてしちゃったら……その……あれだ! 俺が師匠にぶっ殺されるんだ! 早まらないでくれよ!」

「お前らそんなこと言ってる場合か! 早くあいつ回収しないといけねえだろうが!」


 ザックスはそう言うが、カゲマルはもう始末した。名残惜しいが別れは突然やって来るものだ。振り返ってはいられない。

 そんなことを思っていたら馬車の外から声が聞こえる


「この野郎よくもやってくれたッスね!」


 外からカゲマルが馬車に飛び乗って来た。まさか外から走って追い付いたっていうのか!?


「ぎゃあぁぁ! 何で生きてんだ!」

「俺を舐めないで欲しいッス! それよりもリオーネさん! 返事をまだ聞いていないッス!」


 カゲマルが俺を押し退けてリオーネに詰め寄った。すっかり落ち着きを取り戻したリオーネは答える。


「気持ちは嬉しいんだけど……ごめんなさい。今はそういう人を作る気はなくて……」

「ガッガーン! ショック! しかし落ち込んでいる場合じゃないッスね! 俺はまた新しい恋を見つけるッス!」


 まったく……一時はどうなることかと思ったがこれで安心だ。ペラルがまたもこちらを見て『よかったわね』と言いたげな表情をするが、無視する。

 何はともあれ王都までもう少しだ。俺達を乗せた馬車は止まらずに王都へと走り続ける。

 





 






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