龍空間にて

 四人揃って龍空間に入ってすぐ、巨大な岩が目の前まで飛んできた。


「危ない!」


 俺は慌ててドレイクを抜いて大岩を一刀両断する。二等分された大岩は大きな音をたてて崩れ落ちた。一連の流れを見たペラルが腰を抜かし座り込んだ。


「な、何が起こっているのよ……!」

「こいつら……!」


 目の前で空色の鱗を持ち、前足部分が翼になっている龍と、岩山のような肌をした大柄の龍が取っ組み合いの喧嘩をしていた。こいつらの名前はよく知っている。空色の方は風龍ウィンディゴ。岩の方は岩龍レガスロクだ。さっきの大岩はレガスロクの攻撃だろう。

 レガスロクが怒りながらウィンディゴに怒鳴り出す。


「お前ええ加減にせえや! そっちから喧嘩吹っ掛けて来たんやろうが!」

「てめえがうるせえからだろうが! 人が気持ちよく寝てんのにギャーギャー騒ぎやがってこのデカブツが!」


 ウィンディゴも負けずに怒鳴り返し、口から竜巻のブレスを吐き出した。レガスロクはそれを避ける。


「おいお前ら静かにしてくれ。リオーネ達が来たから」


 二匹に静かにするように要求したが、まるで聞いていない。この二匹をこのままにしておくにはいかないだろう。

 そうこうしているうちに二匹ともブレスを吐き出そうと口を開ける。すぐさま二匹の間に入り、二匹の顔の高さまで跳躍する。


「お前らいい加減静かにしろ!」


 二匹はようやく俺のことを認識したようだ。すぐに冷静になって口を閉じた。


「なんやユーガ。来てたんなら言えや」

「ずっと言ってただろ。ほら、リオーネ達が来たぞ」


 レガスロクとウィンディゴはリオーネ達に視線を向ける。


「ほんまや。危なかったな。すまんすまん、こいつが急に暴れだしおってな」


 レガスロクは頭を下げて詫びる。ウィンディゴは不機嫌そうに呟いた?


「あー……来たの?」


 俺が間に入って落ち着いたのか、さっきまでの怒気は収まっており、眠そうに欠伸をする。


「んじゃ、俺寝るわ」

「おい、ウィンディゴ!」


 俺の呼び掛けを無視し、ウィンディゴは個室へ戻っていった。

 それに構わず、レガスロクが興味深そうに聞いてくる。


「今日はぞろぞろと何の用や?」

「龍空間に皆を連れてくる方法がわかったんだ。いい機会だから皆にお前ら龍達を紹介しようと思ってな」


 俺はリオーネ達がいる後ろを振り返った。あれ? ザックスの姿が見当たらない。何処にいった?


「すっげえ! やっぱドラゴンってかっけえなあ!」


 少し目を離した隙にザックスが他の龍の鱗をベタベタと触っている。初対面の、それも龍相手にも遠慮がないのは相変わらずと言ったところか。

 ザックスに体を触られている桃色の龍がこちらを見てくる。


「ねえユーガ。この鬱陶しい人間どうすればいーい?」


 この龍の名は念龍サイラジェスパ。先ほどリオーネ達を龍空間に送る方法を教えてくれた声の主だ。


「本人に悪気はないんだ。許してやってくれ」

「そんなこと言われてもなー……ベタベタ触るな!」


 サイラジェスパは俺の言葉を無視してザックスを睨み付ける。すると、ザックスの体が独りでに浮かび上がった。

 これがサイラジェスパの能力“テレキネシス”。あらゆる生物や物体を自由自在に移動させることが出来る能力だ。

 テレキネシスによりザックスは明後日の方向へと投げ飛ばされた。しかしザックスは何事もなかったようにすぐさまそばにいた龍の体を触りだす。


「おーいペラル! この龍すっげえぞ! 何か赤い液体とか内蔵みたいなのが垂れ出てるぜ!」

「みたいじゃなくて血と内蔵そのものじゃない! 一体ここで何があったっていうのよ!」


 ……恐らくそれは血祭りに上げられたゼプランテの死体だろう。まあほっとけばそのうち復活するだろう。

 このようなカオスな状況をずっと黙って見ていたリオーネが微笑みながら口を開いた。

 

「いい場所じゃない。賑やかで楽しそう」

「悪いとこしか見られてない気がすんだけど」

「そう? 私こういう雰囲気好きよ?」


 リオーネは惨殺死体(ゼプランテ)から目をそらしながらそう言った。

 レガスロクが改めてリオーネを見下ろしながら聞いてくる。


「ほんで? 姉ちゃんらこれから王都着くまでどないするんや?」

「そうね……私もここで修行しておこうかしら。馬車の中じゃ出来ることなんて限られておるし」

「……それは俺ら相手と手合わせするゆうことか?」

「ええ。頼めるかしら」


 待て待て。俺は慌ててリオーネを制止する。


「やめとけリオーネ。危ないだろ」


 この龍空間で万が一死に至ったとしても死ぬことはなく、時間が経てば体が再生し、復活は出来る。しかし俺が死ぬならともかく、リオーネが死ぬところなんてとても見たくない。リオーネの強さはよくわかっているつもりだが万が一の事もあるだろう。


「心配しないで。大丈夫よ」

「それなら拙者が相手をしよう」


 突然目の前に新たな龍が姿を現した。全身の至る所から剣のような突起物を生やしている。


「ユーガから聞いているわ。剣龍ソードリオスね?」

「如何にも。そなたとは一度剣を交えてみたかったのだ」


 ソードリオスは先端に刃が付いている尻尾を振る。

 それに合わせてリオーネも剣を抜いた。


「お手柔らかに頼むわね」

「手は抜かんぞ。リオーネ・セルシュ!」

「いや待てって!」


 俺の制止も意味をなさず、リオーネはソードリオスに向かって走り出した。

 ザックスの方向へと視線を向ける。あいつはペラルと共に龍達と楽しそうに談笑していた。打ち解けんの早すぎだろ。俺でも結構時間が掛かったのに。ちょっとショック。

 レガスロクはそんな俺を見て腹を抱えて笑っている。この野郎あとで覚えとけよ。

 ……つくづく俺って龍達に完全に舐められているなあ。そんなことを思いながらリオーネとソードリオスの手合わせを見守ることにした。 


――――――――――


 リオーネとソードリオスの手合わせは長時間続いた。お互いに譲り合うことなく、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。つくづくリオーネの強さには恐れ入る。あのソードリオスが体の各部位から繰り出す斬撃を全て受け流している。体格差など全く感じさせない接戦だ。

 やがて勝負がついた。ソードリオスの右腕、左腕、尻尾、頭部それぞれについた剣状の刃が全てリオーネによってへし折られたのだ。


「……見事」


 ソードリオスが両手をあげて降参の意思を見せる。


「ありがとう。あなたとても強いのね。いい経験になったわ」


 あのソードリオスに勝った? しかも初見で?


「ギャハハハハ! 散々殺されまくってたお前の立場ねえじゃねえか!」


 いつの間にかそばにいたサンデリオンが俺を見て笑い出し、そのまま続けて聞いてくる。


「ユーガ。お前ソードリオス相手に初めて勝ったの何戦目だよ!」

「……102戦目」

「ギャハハハハ! なっさけねえ! 女の子に負けてやんの!」

「うるせええ! 勝負だサンデリオン! 覚悟しろや!」


 そう叫びながらサンデリオンに飛びかかる。

 そうだ。半年経っても俺の実力はリオーネには遠く及ばなかった。こんなことでは彼女を守ることなんて出来やしない。もっと力を付けねばならない。

 そんな俺を見てサンデリオンが全身に電撃を纏わせ、身構えた。


「そうだその意気だ! 半年修行したくらいで強くなった気でいんしゃねえぞこの野郎!」

 

 

 



 








 



 

 

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