第41話 学園の英雄、誕生
中にはカラフルなラッピングのお菓子の山が積み上がっている。
「これ、何ですか」
亡くなった生徒の話をしている途中だというのに、なぜ急に話題を変えるのかわからなかった。
「君へのプレゼントだ。ええ、クッキーに、ゴーフル、ゼリー……ああこれはカステラだな。ここのカステラは美味いぞ。ほほう、和菓子も充実だ。御前町には、いい和菓子屋の本店があってな。また行くといい」
契汰はどうでもいいことを並べる華岡に、ついカチンときた。
「亡くなった生徒の話を、俺はしてるんですけど」
「見ろ、これはただのチョコじゃないぞ。この世界の特別なチョコだ。ちょっと一つ失敬するぞ、包みについてる君宛てのメッセージカード、これは一年に先に渡しとくな」
華岡は勝手に包みを開けて、中のチョコを食べようとした。
「いい加減にしてください! ちゃんと覚えている間に、あの女の子の死んだ状況を伝えたいんです。そうじゃないと、また第二、第三の悲劇が起こりますよ!」
「そう怒るな、傷が開くぞ」
「チョコの話なんて俺はどうでもいい!」
「このチョコ、誰からの贈り物か知ってるか?」
「はあ?」
「メッセージカードを読んでみろ」
契汰は手渡された小鳥型のカードに目を凝らした。
「この度は……私の失敗で生徒会ならびに生徒会補佐委員にご迷惑をかけてしまいました。特に偉大な七辻生徒会長には多大なご恩をいただいていたにも……関わらず、このような失態でお顔に泥を塗ってしまったことをお、お許しくださるよう……これからも精一杯努めるつもりです……ありがとう。……なんだこれ?」
へんてこな文面だ。結局何が言いたいのかわからない。
「一年君に命を助けてもらった者からの、礼状だ」
「いや、どうみても俺への礼状とは思えないんですけど。生徒会長宛てじゃないんですか?」
「馬鹿な! あのボケ、聞いたところによると戦闘に出遅れたらしいじゃないか。あんなのに感謝する必要はない!」
「でも俺に感謝してるような文面じゃないですけど」
「差し出し人の名前を見てみろ」
「ええと、槇彩夏……って誰?」
「君が死んだと思ってる女だ」
「えええ! じゃああの会長に燃やされてた女の子!?」
「ハハハハハ、燃やされただって? その女何したんだ!」
「ああ……まあ、色々あるんですけど。俺と永祢を放置しようとしたりとか」
「ハッ。気位の高い尾羽どもがやりそうなことだ。あいつら、自分たちと生徒会以外は眼中にないアホばっかりだ」
「大切な腕章みたいなの燃やされて、泣いてたな」
「生徒会補佐委員の、烏を刺繍した腕章だろ?」
「はい、たぶん」
「ははあ……読めたぞ。七辻は尾羽からその女の除籍したんだ。しかしあの腰巾着が嘆願して、止めようとした」
「桐生補佐官のことですか?」
「ああ。あの腰巾着が尾羽どもの筆頭だからな。で、反省のための『指導』を課した……それが森行きだったんだ」
「見せしめ、ですか」
「ところが、行方不明者が出してしまった。ここで討伐隊の世話になってはカッコがつかない。女が死んじまったらなおさらだ。だから血相変えて討伐に同行した。ところが討伐隊どころか自分たちも壊滅、しまいには転入生の一年に助けられる始末!」
「ハハ」
契汰は苦笑いした。そういう事情ならば、討伐隊と補佐委員のいがみ合いも腑に落ちる。
「一年君。その手紙だが、気位の高い女がプライドと闘いながら書いた結果だ。アタシが察するに、君にメチャクチャ感謝してると思うぞ」
「どこが!」
「ほら、最後に。あ・り・が・と・うって、書いてある」
「えええええ!」
「その女なりの、必死の気持ちだろ。受け取ってやれ」
「は、はあ」
「女心は複雑なんだな」
「華岡さんも女性では?」
「アタシはそっちはさっぱりだ、男とつるんでる方がまだマシ」
「でも確かに、彼女の遺体が溶けるのを見たんですが」
「一ツ目の幻覚だろう。彼女は現場近くで、瀕死の状態で発見されたよ。人喰いは獲物が死んだら台無しだし、一年と融合してから喰おうとでも思ってたんだろ。だから全員、生きて生還した。これは奇跡だ」
契汰は胸を撫でおろした。自分の決断と行動は、結果的に正しかったのだ。
「一時はどうなることかと思いました。本当に良かった」
そんな彼を見て華岡は唐突に、契汰を力いっぱい抱きしめた。
「ちょっと、どうしたんですか!」
華岡の柔らかな小麦色の胸元が、契汰の顔に密着する。
「お前は学園の英雄なんだゾ、もっと誇れよ一年君!」
「そんな、誇るだなんて」
「お前の能力はスゴイ、そのうち学園全体に知れ渡ることになる。今のうちに自己紹介文くらいは考えておけよ!」
「今回のことは、俺の手柄じゃありません」
「なんだと?」
華岡は契汰から身を離した。彼女の予想に反して、契汰はそれほどこの状況に乗り気ではない。
「実際にすごいのは永祢です。俺は永祢の出した霊具と、彼女の呪に従って戦った。で、運が良かったから生き残れた。それだけです」
「謙遜もここまで行くと卑屈だな」
そう言うと、華岡は契汰のほっぺたを思いっきりつねった。
「イテテテテ!」
「よく聞け。あそこで一年が踏ん張らなかったら、大勢が死んでいただろう。そうなったらこの学園は存続の危機だ。な、わかるだろ? 討伐隊でも、生徒会補佐でも、生徒会長でもない。間違いなくお前がこの学園を救ったんだよ!」
「俺が?」
「そうだ。誰が何と言おうと、な」
「華岡さんがそう思ってるだけでしょう?」
「しつこいやつだな、ここにその証拠が山と積まれてるだろ!」
「証拠って?」
「見ろ」
華岡はてんこ盛りの贈り物の山を指差した。
「これが誰から贈られてきたか、考えてみろ」
今まで生きてきた中で、これほどお菓子を貰った記憶はない。
「これはな、お前に命を救われたやつらからのお礼の品だ。その手紙だけじゃない、このお菓子の包み全てに手紙がついている」
「全部に?」
「ああ、一年のファンたちからだ」
「俺のファンですか」
「もっとも、ほとんどが野郎で構成されたファンだがな」
契汰は涙が出そうになった。人から邪魔者扱いされることはあっても、こんなにたくさんの人から感謝されるなんてことは初めての経験だ。華岡に涙を気取られないように、袖でぐっと目を押さえた。
「身体が良くなったら、早速いただけ。いい品がたくさんあるからな。おっと、その前にこのチョコは一ついただくぞ」
華岡はそう言うと、槇彩夏から贈られたチョコを一粒口に含んだ。
ボフン!
大きな音と共に、華岡の口から煙が噴き出す。さながら、小爆弾が中で爆発したようだ。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「うん、ウマい! これはボムチョコだ、口の中で爆発する」
「刺激的すぎるでしょ」
「ハハハ!」
そんなことを言い合っていると、お盆を持った人形が部屋に入ってきた。胴には「御膳」と書かれている。華岡は人形たちに指図して、契汰のベッドに食事用の机を用意させた。
「さ、一年。何か腹に入れてやらないとな。点滴栄養では限界がある」
「御膳」は二つの椀を据えた。覗きこむと、白くトロッとしたものとほんのり味噌の香りがするスープが入っている。その匂いに、契汰のお腹がギュルギュルと鳴った。
「身体は順調のようだな、食欲はいいことだ」
「これは?」
「重湯と味噌汁だ。重湯はしっかり米粒はすり潰してあるから、消化に良い。味噌汁は具なし、味噌少なめ。胃に負担がかかるからな」
契汰は唾を飲み込んで、早速食べ始めた。重湯はさらさらとした食べ心地で、胃にすんなり入っていく。味付けがなくても米の甘みで美味しく感じた。
「一週間絶食だったんだ、急いで食べるなよ」
「はい」
そう言いつつ、契汰は味噌汁にも手を伸ばした。確かに味噌は少なめだが、しっかり出汁が効いている。香り豊かな鰹と昆布で、啜れば啜るするほど食欲を増した。
契汰はあっという間に全て平らげてしまった。
「第一段階クリアだな」
「美味しかったです、とても」
そう言うと、またも契汰のお腹がギュルギュルと鳴り響く。
「やはり男の子か! それだけでは足りないな」
華岡が「御膳」に指図した。
「今日調理した、エンドウ豆のスープがあるだろ。持ってきてやれ」
すると「御膳」は部屋をすっと抜け出す。それと入れ替わるように、例の「薬師」が部屋に大慌てで舞い込んできた。「御膳」たちとは対照的だ。
「こら、そんなに急ぐな。一年はちゃんと生きてるぞ」
華岡が諭すと、「薬師」」は安堵して契汰の側に寄る。
「さ、食事の後はお薬だゾ」
「薬師」は陶磁器の椀に盛られた蛍光色の液体を差し出す。スーッとするような独特の香りが部屋に充満した。
「あの、すごい色ですけど」
「典薬寮特製の薬湯だ、もうすっごく効くゾ」
「出来れば、錠剤とかがいいんですけど」
「贅沢言うな、一気に飲み干せ!」
「えええ」
「飲まないと追加の飯はなしだ!」
「わ、わかりましたよ」
契汰は一気に薬湯を飲みほした。ひどい味と共に、全身に静電気がビリビリと流れる。
「わっ、なんだこれ。痺れますけど!」
「霊力を溶かしこんであるからだ。これを吐きださないということは、もう退院も近いな」
「そ、そうなんですか……ペッペッ」
「こら、ちゃんと最後の一滴まで飲み干せよ。それが終わったら、庭にでも出てこい」
「庭、ですか?」
「今日は天気がいい。きっと気持ちがいいだろう」
「わかりました」
「運んでやれ」
華岡の指示に従って、人形たちが契汰を車イスに乗せて連れ出した。
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