第28話 古社での闘い1~窮鼠猫を噛む~

 契汰と永祢は並んで目的の神社へと歩いていた。

 足許が暗くておぼつかないので、思ったより時間がかかっている。


「しかし、なんで猫が俺の霊具に」


 契汰は溜息をつく。


「こちらが聞きたいですよ」

 

 猫はプリプリと怒った声を出している。身体は依然、アイスピックのままだ。


「なあこんなことって、よくあるのか?」

「縁が、あれば」


「ざっくりしてんなぁ」

「でも、これしかない」


「そうだよなぁ。しかしこんな弱そうな霊具で大丈夫なのかなぁ」

「私を弱そうとは失礼な!」

「ああ、ごめん」

 

 契汰はカリカリと頭を掻いた。現状契汰には、この霊具で戦うしか道は無かった。


「ところで猫さん、相手の正体は見当がついてるのか」

「ほとんどわかりません。気配からして、神社の丘全体を縄張りにしているようです」


「鳥居の先ってことか」

「ええ。そこをくぐれば、何かヒントがあるかも」

「本当の行き当たりばったりだな」

 

 二人は鳥居の手前で足を止めた。やはり手が恐怖から震えている。


「怖い?」

 

 永祢が無表情のまま尋ねる。


「当たり前だろ。永祢は?」

「陰陽師、だから」


「はは、なんだよそれ。答えになってないよ」

「お二人とも、お願いします。私には、頼れる方は貴方たちしか」


「わかってる。約束は守る」

「……中に、入る」

「いいか、永祢。ヤバいと思ったら逃げるぞ。前みたいに無茶するな」

 

 永祢は黙ったまま、一足先に鳥居に踏み込んだ。契汰も遅れを取らないように進む。


 チュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュ! 

 

 その瞬間、けたたましい泣き声と共に夥しい数の鼠が足許から湧きでてきた。

凄まじい獣臭さが鼻をつく。


「なんだよこれええええええ!」

「……鼠」

「わかってるよ!」

 

 鼠が契汰の服を齧り始めた。次は肌、そして肉まで喰われることは目に見えている。


「何とかしないとやばい!」

 

 とうとう鼠が服の下まで潜りこんできた。


「永祢、大丈夫か!」

 

 永祢を見ると、無表情の彼女にも鼠が群がっていた。装束は喰い破られて無残な姿になっている。すぐにあの白い肌まであざだらけになってしまうだろうと思うと、契汰は気が狂いそうになった。


「猫! 策は無いのか!」

「そんなこと言っても、この量じゃ追い散らすことも出来ません!」

「痛たたたた!」

 

 とうとう鼠の牙が契汰に喰いこんできた。もう打つ手がないのか、と契汰は目の前が暗くなる。その瞬間、あたりに銀の波が溢れだした。


「なんだっ?」


 銀波のもとを辿ると、永祢の胸から激しい光線が飛びだしている。四方八方に光は放射され、それに驚いた鼠どもは散り散りになった。あっという間に、身体にまとわりついていた鼠たちは居なくなる。


 逃げた鼠どもは、かなり遠くの光が届かない物陰の奥から恨めしそうにこちらを伺っている。銀の光の中には、ヤツら入れないようだ。


「みんな大丈夫か!? 何の光だったんだ?」

「これ」


 永祢の胸の前で、彼女の古鏡が浮かんでいた。永祢が愛おしそうに手に取ると、攻撃的な光は薄くなり、穏やかな様子になっていく。


「君の鏡の光だったのか。すごいな」

「もしかしたら、永祢さんの守護をしているつもりなのかも」

「頼もしいな。君の家の物?」

 

 永祢はそれ以上答えなかった。しかし、大事そうに鏡を抱えている。


「鼠がたまたまを持ってたのか?」

「いいえ、そんな気配はありませんでした」


「なら先を急ごう」

「丘の上までいってみましょう。社(やしろ)があるはずです」


 二人と一匹(猫は剣の形をしたままだが)は、参道の階段を登る。ざわざわと木々が鳴るのは、鼠たちも移動しているからだろうか。不自然で生温かい風に獣臭さが乗って、鼻をつく。


「すごい臭いだな。永祢は辛くないか?」

「別に」


「そうか。そういえばさ、猫さんはあの鼠食えないのか?」

「あれだけいると、食欲も失せますわ」


「しかしなんであんなに鼠が? 棲みついてんのかな」

「この町に長く住んでいますが、こんなスポットは聞いたことがありません」


「へえ。そしたら……異常発生?」

「ばか」


「え、え? なんで馬鹿!?」

「うふふ。ピュアですわね、さすが素人」


「ピュアってなんだよ」

「妖力のせい」


「その通りです。どう考えても、たまたまの影響ですわ」

「じゃあなんだ、たまたま……の食べたい物を、視せてるってことか」

「たまたまというよりむしろ、たまたまを盗んだモノの願望を反映している」

 

 丘を登りきると、古びた社が佇んでいた。大きな提灯が二つ、火が入った状態でかけられて、紫色の帳が巡らされていた。その前に、ぽっかりと広場がある。

勿論、誰もいない。


「普通の、神社だよ、な」

 

 くしゃぐしゃくしゃぐぐぐぐぐしゃくくもしゃしゃもしゃ


 猫に確認しようとした途端、不気味な、何か検討がつかない擬音が、何もいないはずの広場に木霊した。契汰は音がする方向に目を凝らした。しかし、何も見えない。


「おかしい。何かいるはずだけど視えない」

「たまたまの影響が強すぎて、磁場が狂っています」


「こちらに、寄せる」

「寄せるって、どうやって?」

 

 永祢はさっと屈み、小石を手にとって唇に当てた。


「トホカミエミタメ、不浄のモノ、姿を見せよ」

 

 そう唱えると、広場に向って投げつけた。


 にゃあああああああああおおおおおおおお!

 

 獅子のような咆哮と共に、巨大な獣が姿を現した。獣の周りには、無残に食べ残された鼠の死体が山のように積もっている。血の匂いと、鼠が死ぬ前に垂らしたであろう糞尿の匂いが臭気となって、黒々と大気に沈澱しているようだ。憐れにも無数の鼠が獣の爪と牙の間で、生きようともがいていた。


 恐ろしさと哀しさが契汰の胸に迫って、足が震えた。一ツ目とは違った、恐怖だ。


「物の怪!?」

「……猫又」


「ねこまた? 俺には何の獣か解らないんだが」

「尻尾」

「やはりそうでしたか。視てください、二股の尾です」

 

 猫が言う通り、獣の長々とした尾は二股にぱっくりと割れていた。しかし割れ目には血が滲み、肉がはみ出している。


「あの尻尾おかしいぞ、怪我してるのか?」

「いいえ、あれは……」


「急激な変化、肉体の拒絶」

「へ、へんげ?」


「なるほど、合点がいきました」

「なんだよ、二人して勝手に納得するなよ!」


「つまりですね、あれは私のたまたまにより変化したあやかしなのです」

「へ、物の怪じゃないの?」  


「妖です。物の怪と一緒にしないでください」

「ち、違うのか」


「物の怪は悪しき魂の総称です。妖は古来よりいる、特別な力を持ったモノ達。質が違います」

「は、はぁ」


「二股の尻尾、そして大量の鼠。どう考えても、あれは猫又です、しかし」

「猫又、じゃない」


「なんだよ、なぞなぞか!?」

「あれは、本来の猫又ではありません。おそらく、あれがたまたまを盗んだ犯人でしょう」


「ってことは、あれはその、タマの妖力のせいなんだな?」

「ええ。恐らく元は普通の猫だったと思います。しかしたまたまによって猫又化した。しかし器に見合わない力のせいで身体が追いついていません。暴走しています」


「かなり、危険」

「ってことはあれか、ほっといたら死んじゃうってことか!?」


「それだけじゃないです。肉体の崩壊は、たまたまの離散を引き起こしかねない。そうなったら、ああなる第二、第三の猫又もどきが生まれます」

「人も、例外じゃない」


「なんだって!?」

「ええ。たまたまは猫の妖力を込めたもの。人との拒絶反応は、見るに堪えないはずです」


「じゃあすぐアイツとタマを引き離さないと!」

「ええ、このままだと手遅れになります」


「永祢、策は無いのか?」

「封じる、しかない」


「封じる? どうやって?」

「陣の、中へ」


「アレを陣の中に、引き込めってことか?」

「私が、封じる」


「アレは引き込むだけじゃだめですよ。力を削がないと!」

「削ぐったってどうやってだよ!」


「そのための、霊具」

「このアイスピックで戦うのか!?」

「そのための、式神」

 

 永祢は契汰を見た。


「わかったよ、やるよ!」

 

 契汰は無我夢中で剣を構えた。手と足の震えが止まらない。

 

 ウゴオオオオオオオニャアアアアアアアアアア……

 

 猫又は鼠を喰い散らかしながら苦しげに唸り、暴れている。


「で、どうすればいいんだ。なんかないのか、必殺技とかさ!」

「間合いを詰めて、たまたまをどこに取り込んだのか掴んでください!」


「たまたまを?」

「それが急所です。攻撃すれば怯むはず」

「攻撃して弱らせてから、永祢のところまで持っていけばいいんだな!」

 

 永祢は身を屈め、手でなにやら印を組み瞑想し始めた。印を中心として強い光が現れる。


「永祢は何してんだ?」

「呪のための力を準備しているのでしょう。でも、呪を発動した途端に勘付かれます」


「まずいな、永祢に攻撃されたら元も子もない。こっちに気を引くか」

「でも、彼女の守りから出ると鼠が来ますよ」


「あとどれくらいで、呪を使える?」

「……十五分」


「短縮、短縮して!」

「無理」


「ったく、鼠とか言ってる場合じゃねえな。なんとかするしかねぇ!」

「……来る」

 

 前触れもなく、猫又が暴れまわりながら契汰に突っ込んできた。


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