第13話 運命が変わる瞬間

 その威厳に押されて、わんわんとエリートの女が泣きじゃくる。エリートの男二人はその女をなんとか抱えて、足早に門の中に去っていった。


 ひどい女ではあったが、契汰には少し可哀想な気もした。生徒会長はというと、涼しげな顔で携帯を取り出し誰かと会話を始めている。


「玲花? 三人ほど烏の尾羽から除籍したぞ。ああ、理由は後で話す。あとな、典薬に一人搬送していく。いつもの総極院の娘だ」

 

 会長はハキハキとしゃべりながら、永祢の首筋や手首の脈を取ったり、手をかざしたりする。その手は発光していて、光を浴びた傷は少しばかり出血が止まったように見えた。

 

 携帯の向う側から、ガミガミと怒る声が漏れ聞こえてきた。


「そんなに怒らないであげてくれ給え。大丈夫、念のためだよ。応急処置は今してるし命に別条はない……不思議なくらいにな」

 

 すると、生徒会長と契汰の目が合った。

 全てを見透かすかのような真っ直ぐな目だ。


「それともう一人、こちらは生徒会室に連れていく。大切なゲストだぞ、久しぶりのな! 君は掃除でもしておいてくれ給え」


 生徒会長はにやにやしながら電話を切ると、つかつかと契汰に近づいた。

そしてたわわな胸いっぱいに契汰を抱きしめた。


「!」

 

 生徒生徒会長の果実に揉まれ、色々な意味で天に昇りそうになった。


「ちょっまっ!」

 

 あまりに豊かな実りゆえ、谷間に溺れそうになる。


「ところで、君は何者だ?」

 

 耳たぶを噛むような仕草で、囁いた。契汰は混乱しつつも答えた。


「ええと、藤契汰です。甲宮高校の一年生」

「ほう、他校生だな。では少年、どうやってここに入った」


「あの、今日は家にいたんですが……気がついたら暗い森の中にいて。化け物に襲われたんです」

「君は視えるのか!」


「ああ、はい」

「異能は?」


「へ?」

「君の異能だよ」


「異能って、何ですか?」

「異能を知らないのか。そうさな、言うなれば超常の力だ。私の炎を見ただろう」


「あんなの、俺出来ません。視えるだけです。後は会話が出来るくらいで」

「連中と会話するだって? 君は面白いな」

「はあ」

 

 生徒会長は探るように契汰の匂いを嗅ぐ。


「ではこの学園のことすら知らんのか? 君の両親は何も言っていないのか」

「両親は俺が物心つく前に亡くなりました」


「そうか。本当に何も知らんのだな?」

「はい」

 

 生徒会長は慰めるように契汰の頭を撫でた。


「どうやって森からここに辿り着いた?」

「わかりません、気がついたらここにいて。それとあの女の子が、俺のことを『シキガミだ』と言っていました」


「総極院が、君のことを式神と言ったのか?」

「はい」

 

 生徒会長は胸から契汰を離して、鼻と鼻がくっつくほど顔を近づけた。


「君が、か」


 何かを確かめるように契汰の胸に手を当てる。

 契汰は温かいような、痛いような、不思議な感覚を味わった。


「君は何者だ?」

 

 生徒会長は目をさらに大きく見開いて、もう一度聞いてきた。

 しかし、もう答えようがない。


「だから、藤契汰です」

 

 なぜ同じことを聞くのかわからなかった。


「……わかった」

 

 生徒会長は腕まくりをすると、目を閉じ、両手を胸の前に合わせた。


「では少年。君が連れてきた女の子をこれから運ぶぞ、しっかり抱きかかえるように」

「どこにですか」


「学園の医療施設だ。救急だしな、急ぐぞ」

「徒歩で?」


「馬鹿を言わないでくれ給え。この学園は広いぞ」

「じゃあどうやって?」


「私に考えがある。準備をするからな、少し離れてくれ」

「わかりました」


「君に聞きたいことは山とあるんだ、逃げるなよ。少年」

「あの、俺からもいいですか? 貴方こそ、何者なんですか。手から火を出すなんて」

「少年、君の質問は後で受け付けよう」

 

 生徒会長は微笑みを浮かべて、ゆっくり呼吸しながら両腕を広げる。

 そして契汰に、静かに語りかけた。


「少年。人生が変わる瞬間はどんな時か知っているか」

「は?」

「変わりたいと考えたことはないのか?」

 

 生徒会長の金の腕輪が高速で回転し、焼かれた鉄のように真っ赤に光り始めた。先ほどの絵とも、字とも判別がつかない文様のようなものが流れ出し、地面に輪を描くように螺旋状に溶けていく。その姿は、まるで西洋の羅針盤だ。

 

「あります、何度も」

「ではどうすべきかわかるか?」

「努力を諦めない、とかですか」

 

 少々投げやりに、現れてきたサークル状の光輪に目を落としながら言った。


「努力だと? そんなものはおとぎ話にすぎん。日本人はどうして、努力をすればどうにかなると思うのか」

「え……でも努力しなくちゃ、状況は良くならないでしょ?」


「違うぞ少年。何もしなくて良いのだ」

「へ?」

「努力など、簡単に人を裏切るものだ。それにな、人が言う努力というのは往々にして、無駄なものが多い。本当に人生が変わる時というのは」

 

 目をカッと見開いて、会長は呪文を唱えた。


「我と契約せし超常の住人よ、その姿を我の前に示せ!」

 

 光り輝く羅針盤から炎が螺旋を描いて噴き出した。それもただの炎ではない。鮮烈な緋色に縁どられた漆黒の、禍々しいとさえ形容されそうな粘度をもった炎だ。燃え盛り、這いまわり、契汰と少女を呑みこまんとするほど大きくうねる。あまりの熱風に周りの植物は、瞬く間にその水分を失い、生彩を欠いていった。


「召喚、緋眼黒焔龍ひがんこくえんりゅう!」


 雷に似た爆音が響きわたり、漆黒の炎を破って巨大な龍が姿を現した。

 真っ黒な岩肌のような皮膚に、銀糸を結い合わせたような独特なたてがみ、煌めく白金の飛翼を誇らしげに広げている。地を掴む鱗が折り重なったような爪が、真っ赤な鉄のように発熱し、みるみるうちに接触している土を溶かし始めた。


「あっぶなっ!」

 

 爪の威力は凄まじく、危うく契汰もマグマ状に溶かされるところだった。

 少女を抱えて慌てて非難する。


「少年!」

 

 生徒会長が快活に口を開けて笑った。


「本当に人生が変わる時というのはな、運命が向うからやってくるのだよ。それに抗うことなかれだ。さあ、君の人生はここから変わる。受け止めるがよい!」

 

 龍が黒い焔を吐く。

 その姿を背にした生徒会長は、まさに「運命」そのものに思えた。


「ようこそ、帝陵学園へ。歓迎するよ、少年!」

 

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。

 呆然とする契汰を突きさすように、朝日が山際から顔を出した。

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