第12話 炎の女帝、七辻生徒会長

「おい起きろ」


 契汰は荒々しく揺り起こされた。

 仰向けで倒れていた契汰は、ゆっくり目を開ける。


(ここ、どこだ?)


 目を開いた契汰の前にあったのは、見たこともない様式の、立派で大きな門だった。歴史を感じさせる重厚なレンガ造りの門は黄金の装飾を施されて堂々とした出で立ちで、門の脇から、背が高い鉄のアンティークな柵がどこまでも伸びている。


 先も見えないほど遥か彼方まで走っている柵を見るに、相当大きい施設か何かの前に居るらしい。明かりがぼうっとそこかしこに燈っていて、どうやら無人では無さそうだ。


 今いる状況を把握しようと、契汰は上体を起こした。

 しかしその瞬間、何者かが契汰を思いっきり蹴る。


「ゴフッ!」


 顎に革靴がヒットし、契汰はまた地面に仰向けに倒れる。


「何、すんだ」

 

 痛みに耐えながらまた目を開く。

 すると女と男二人が、偉そうに契汰を見下ろしていた。


 三人とも若いが、見るからにエリートといった風貌だ。どこかで見たことがある金の紋章が縫いとられた黒い制服に、烏の文様が記された腕章をつけている。契汰が目を覚ましたというのに、エリートたちは彼に話かけようともしない。


 契汰を無視して、お互いにぺちゃくちゃと喋っている。


「なんだこいつ。見たこともない制服だな」

「異能があるようにも感じないわ。霊力はそこそこあるみたいだけど」

「余所者がなんで学園の前に?」

 

 泥まみれの契汰を心配する者など一人もいない。しかし契汰には怒る気力も無かった。


「おい、あれうちの生徒じゃないか!」


 エリートの男が何かを指差した。エリートたちがその方角へ慌ててかけよる。

 その隙に契汰はやっと身体を起こした。


「間違い無い。うちの生徒だ! うわぁ相当な傷だな、こりゃ死んでるぜ」

「見たところ物の怪にやられたのね。一人で狩りにいったのかしら、でもどうやって?」

「おい……こいつ……」


 エリートたちが少女の銀髪を見て顔をしかめた。契汰もその豊かな髪を見とめる。だが、身体が動かない。エリートの男が嘲るような口調で少女を罵りながら、乱暴にその髪を掴み上げた。


「やめろ、その子に触るな!」


 契汰はエリートたちの振舞いが許せなかった。髪を掴みあげるなんて、少なくとも女の子にしていい行いではない。

 契汰は重い身体をなんとか引きずり、少女の側に駆け寄る。少女の身体はばっくりと、裂傷を負っていた。


「何、あんた知り合い?」


 エリートの女が不機嫌そうな声を出したが、契汰は彼らを無視して少女の呼気を確かめた。虫の息だが、かすかな呼吸がある。


「良かった。まだ生きてる」

「生きてるって、この傷で?」

 

 エリートの男が驚いた声を出した。


「ああ、間違いない。この辺に病院はないのか、早く運ばないと!」

「ダメよ」


 エリートの女が恐ろしく冷たい声で言った。


「コイツはね、総極院永祢。生きててもしょうがない異能なの。ろくに霊力もないくせに、いつまでも学園に通ってる問題児」

 

 契汰は耳を疑った。


「は? そんなの怪我人を放置する理由にはならないだろ」

 

 女が憎々しげな顔をした。


「あの方に迷惑をかける存在は排除する。こんなヤツは死んだ方が学園のため」

 

 契汰は忘れていた怒りを思い出した。狂った連中としか思えない。

 しかしここで契汰が引き下がれば、少女は死んでしまうだろう。

 契汰は殴ってでも病院の場所を聞き出そうと拳を握った。


「諸君。生徒会は、死んだ方がいい生徒など定義した覚えはないぞ」

 

 深い女性の声が響いた。

 契汰は出そうとした拳を咄嗟に引っ込める。


「な、七辻生徒会長!」

 

 エリート達は飛び上がらんばかりに驚いて、背を気持ち悪いほどにまっすぐに伸ばして直立した。


 契汰と少女の前に、長身で赤髪の女性が立ちはだかる。


 よく顔が見えないが、ぱっと人目をひくような色気がある女性だ。上品なショートボブに整えられた燃えるような赤い髪に、ベルベットのカチューシャが映えている。エリートたちと同じ制服を着ているところを見ると、この学園の生徒なのだろう。しかし、エリートたちの服には入っていない、煌めく赤糸の厳めしい複雑な刺繍が縫いこまれていた。


 かなりのミニスカートで、そこから足がすらりと伸びる。契汰の位置からだと、危うく中の白い天使さまが見えそうで契汰はドギマギした。


「どんな人物であろうと、学園に在籍する限り一人一人が大切な生徒だ」

「勿論であります、我々は早急に彼らを救援する心づもりをしておりました!」

 

 エリートの男が大声で、まるで軍隊の上官と話すように報告する。


「嘘つけ! さっき死んだ方がいいって言ってたろ!」

 

 契汰はあまりの言われように、大声で怒鳴り返した。

 エリートの女が契汰の声をかき消すように言い被せる。


「まったくのデタラメです会長! 私どもはすぐに典薬寮てんやくりょうに搬送しようとしておりました! 生徒会長のご命令に背くなど、誰がいたしましょうか!」

「言い訳無用!」


 生徒会長は一喝して黙らせた。


「お前たちに学園の警護など任せておけぬ」


 生徒会長は、静かに右手を上げた。

 すると、腕につけていた金色の輪のようなものが発光した。


 腕輪の表面に刻印された、複雑な絵とも字とも判別がつかない模様が、次々と浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。


「全員、生徒会補佐委員会から除籍する」

「か、会長……お許しを……お許しを……」

「今回だけ、今回だけ……お願いいたします」


 すると生徒会長は聖母のような微笑みを再び浮かべた。


「私に焼かれること、天に感謝するがよい」

 

 次の瞬間。

 生徒会長の手のひらから真っ赤な炎が噴き出し、エリート達に飛びかかった。


「ああああああああああああ!」


 螺旋を描いてエリートを包囲し、あっという間に三人は炎に包まれる。


「火! 火が!」

 

 契汰はあまりのことに驚いて呼吸が出来なかった。


(なんで人の手のひらから、急に火が飛び出すんだ!?)

 

 心の中で状況を整理しようと考えるが、理解できる事象ではないことはあきらかだった。炎は瞬く間にあたりの酸素を呑みこんで、空気すら上手く吸えない。


 暫く炎が燃え盛ったのを確認すると、生徒会長は右手を勢いよく払った。すると火は一瞬にして消え失せる。不思議なことに、中から現れたエリート火傷している様子は無く、服すら焦げていなかった。


「あああああ!」

 

 しかし、無傷なはずのエリートはなぜか悲痛な声を上げた。

 不審に思った契汰がよくを見ると、制服の腕章が綺麗に焼け落ちている。


「早く学園に帰れ。さもなくば次は骨まで焼いてやる」


 赤髪の美女は、毅然とした態度でそう吐き捨てた。

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