第30話 ねこまる、現る

「えええ!」

「うるさいなあ、何を驚くことがあんねん」


「そ、その、も、モフモフ!」

「どうや、立派なシンボルやろ!」


「め、メスだったんじゃ……」

「タマ無かったら、そらオナゴにもなるで」


「そのたまぁああああ!?」  

「猫の秘宝・たまたまや!」


「完全にキンタ……」

「やめんかい!」


 ねこまるが、バシッと契汰にツッコミを入れた。


「痛ってえ! そ、それより、永祢は?」

「忙しいやっちゃな。大丈夫や言うとるやろ」


「でも血が」

「その嬢ちゃんの血とちゃう、あの猫又のや」


「なんでわかるんだよ」


 永祢にべっとりとついた血に鼻を近づけ、クンクンと匂いを確かめる。


「ワシは正真正銘の猫又やで。同族の血くらい匂いで解るわ」

「えええ、君も猫又!?」


「お前さんリアクション芸には事欠かんな。喋る普通の猫なんかおる訳ないやろ」

「だってそんなこと一言も」


「話ややこしなるからな、お前さんの人柄もわからんかったし。誤魔化させてもうた」

「信用ねえなぁ」


「そらそうや。異能の人間ときたら、妖も物の怪もごっちゃにする連中ばっかりやからな。危のうてかなん」

「そんなもんか」


「本来物の怪の定義っちゅうんは、人間にとっても妖にとっても危険なやつってことになっとるんやが……。ほんまにえらい時代になったもんやで」

 

 ねこまるはカリカリと尻を掻きながら、溜息をついた。しかし契汰はねこまるの心配どころではない。


「それより、永祢は大丈夫なのか?」

「外傷はほとんどない。苦し紛れに丸飲みしようとしよったんやろ、せやから牙が当たってなかった。霊障もほとんどないな、不思議なもんやで」


「霊障って?」

「霊障っちゅうんは、霊力の回路の傷のことや。自分とは異質の力を受けた時にできるんやが、ヤバいもんやと死んでしまう」


「そんな大変なやつなのか」

「せや、霊障舐めたらあかん。暴走した妖にあれだけ接触したら、普通は霊障がでるもんやけどな。丈夫な嬢ちゃんや」

「良かった……」

 

 安堵して力一杯永祢を抱きしめる。


「二人とも良くやってくれた、ワシの恩人や」

 

 ねこまるは毛づくろいを終えた身体を、ぐっと伸ばした。


「せや、忘れんうちに身体に墨ふりかけとかな!」


 そのままどっしりと岩にもたれて座り込むと、腹のてぷてぷとした肉に手を突っ込んだ。皮がお餅のようにてろんと伸びて、袋状になっている。


「どういう原理で手が入るんだよ!」

「ワシのポケットや、肉ポケット❤」

 

 そういうとねこまるは腹の肉から小さな墨壺を取り出して、思いっきり中身を頭からかぶった。ボフッという音と共に、大量の真っ黒な粉を全身に浴びる。


「わわっなんだそれ! ゲホッゲホッ」

「これをな、よーさん塗り込めるんや」

 

 ねこまるは丁寧に頭、脇、わき腹、腹、股へと粉をはたき込んでいく。


「すまんが、背中に伸ばしてくれ」

「いいけど、なんでこんなことすんだ?」


「そらお前さん、ミケのオス猫なんて危なっかしくて外を歩いてられへんで。せやから黒猫に変装するんや」

「三毛猫のオスか。珍しいって聞いたことあるな」


「珍しいどころの騒ぎちゃうで。一匹何百万、何千万としよる」

「俺も一瞬ネットに上げようかと」

「ほら見てみい! これは身を守るための技や」


 そうこうしている内に、永祢がゆっくりと目を開けた。


「永祢、起きたのか!」

「……猫又、どこ?」

「大丈夫だ、俺と猫でなんとかやった。もうアレは消えたよ、大丈夫だ」

 

 永祢は安堵したかのように、契汰の腕の中で力を抜く。


「ほんま御苦労さんや」

「貴方、誰?」

「ああ、君の依頼主のメス猫だ」

 

 契汰は改めてメス猫、もといねこまるを永祢に紹介した。


「メスは余計や! 初めまして、とは違うな。ワシはねこまる。正真正銘の猫又や。お嬢ちゃん、今回はえらい借りが出来たわ」

「私は、総極院永祢」


「お嬢ちゃんの名前やろ、よろしくな。ほんでお前さんは藤契汰、でええか」

「契汰でいい」


「ほならそれで」

「貴方の声、聞いたことある」


「初めて俺を勧請した時のこと、覚えてるか?」

「少し」

「あの時変なやつがいたろ? この猫だったみたいだぞ」

 

 またも強烈な肉球のツッコミが、ねこまるから放たれた。


「痛ってえ!」

「変なとはなんや。ワシが助太刀せんな、お前さんら死んどったで!」


「助太刀って、俺たちを運んだのはキミか?」

「ワシしかおらんやろうが!」

「その身体で、どうやって?」

 

 契汰はいぶかしげな目で、ねこまるの丸々とした身体を見た。


「あれ、さっきより太った?」

「これが本来の姿や。たまたま盗られてからは、妖力の消耗が激しくてな。身体も細なるんや。すらりとしたええ猫やったやろ」


「メスの時とキャラが違いすぎてついていけねえ」

「タマがないと調子でぇへんからな」


「そのてぷてぷの身体じゃ、人間二人を運ぶなんて無理だろ」

「天下の猫又やでぇ、本気出したらこんなもんとちゃうねん」


「へぇ」

「信じてへんな? まぁ見ててみい、そのうちギャフンと言わしたるわ」

「あの猫又は、どこ?」

 

 戦闘から解放された高揚感からゴチャゴチャと話していた契汰とねこまるは、妖のことをすっかり忘れていた。


「せやせや。あの盗人猫、手当したらんとマズいわ」

「手当って。キミの宝を盗んだ奴だぞ?」

「そらせやけど、同じ猫同士放っとかれへん」

 

 三人は『猫又だった猫』を探し始めた。そして草むらの中に、尾から血を流した猫が横たわっているのを発見した。


「おったおった。可哀想に、傷だらけやな。でもちゃんと生きとる」

「動物病院に運ぶか」


「はよ消毒だけでもせなマズい。薬でも有ればええんやが、手持ちがないわ」

「薬……か」

 

 契汰は何気なくポケットに手を入れた。すると、小さな硬いものがコツンと当たる。取り出して見ると、閉じられた小さな二枚貝の貝殻だ。


「なんだ、これ。貝殻?」

「ん、貝殻やて? ちょっと見してみい」 

 

 猫は契汰が持っている貝殻の匂いを、クンクンと嗅いだ。


「これは……こんなもんどこでもうたんや!」

「へ? ええと、どこだったか」


「ワシにくれ!」

「いいけど」

 

 ねこまるは慌てて契汰の手から貝殻をひったくると、パカッと二つに開いた。中には紫色のペーストがめいっぱい入っている。まんまるな手で器用にペーストをすくい取り、素早く傷ついた猫の傷口に押し当てた。


「そんなもの塗っていいのか!?」

「これは紫雲膏しうんこうや」


「しうんこう? 何それ」

「傷から火傷、汗疹にまで効く薬や。見てみぃ、もう血まで止まってきたで!」


「しかし人間用だろ、猫に使って大丈夫なのか?」

「治ってるんやから、オールオッケーやろ」


「雑だな」

「これは明らかに人間の異能が作ったもんや、普通とは違う。凄まじい効き目や!」


「人間の異能って……あああああ!」

「なんや、思い出したんか」


「学園の人形に貰ったんだ、典薬寮の人形に!」

「典薬か。そら効能が強くて当然やな」

 

 人形がくれた薬は本当に良い薬だった。猫の傷が目に見えて癒えていく。


「アイツ、俺がまた怪我すると思ったのかな」

 

 いじらしい人形の心遣いに、契汰は急に学園が懐かしくなった。そして置いて来た誠のことも、たまらなく心配になった。


「話の骨を折って悪いんだが、早く学園に帰りたいんだ」

「せやったな! お嬢ちゃん、まだ霊力は残ってるか」


「たぶん」

「ほなら行こか!」


「行くって、君も?」

「当たり前やろが。今現在、ワシ以外の霊具があるんか?」


「ええと、無いな」

「ほならワシがいるやろ。嬢ちゃん、陣を張ってくれ!」


「ちょっと待て、この猫はどうするんだよ」

「安心せぇ」

 

 ねこまるは口笛をピューッと鳴らした。すると、どこからともなく野良猫たちが何匹か現れ出てくる。奇妙なことに野良猫たちは二本足で立ち、木とツタで作られた荷車を引いていた。猫の団体はさっさと傷ついた猫を荷車に乗せてユラユラと連れて行ってしまった。


「スゴイ、猫が荷車引いてる」

「猫の互助組合や」


「猫って組合活動するのか」

「ワシら野良は大変やからな。助け合いの共同生活や」


「なるほど」

「ほなら嬢ちゃん、あっちに行く前に、ワシを霊具にしてくれんか」

 

 永祢が不思議そうな顔をした。


「もう?」

「ワシは妖やねんで。あの学園ときたら、物の怪でも妖でもお構いなしでぶん殴る連中やからの。ワシが君らの協力者ってことをアッピールせんと」

 

 永祢は再び陣を敷き、みるみる内にねこまるはまたアイスピック状の霊具になった。


「たまたまが戻ったのに、またアイスピックかよ?」

「コンパクト・イズ・ベストや! ワシが本気出したらお前さんには抱えきれんくらい、ビッグやからな!」


「へえ」

「信じてへんやろ!」


「陣の、中へ」

「ほな行くで、善は急げや!」


 ねこまるを握った契汰と永祢の三人で陣の中に入ると、あっという間に銀光に包みこまれた。足が地面から離れ、重力のない空間に引き込まれていく。銀光は今までになく力強くて、契汰の焦りをほんの少しだけ和らげてくれた。

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