第4話 可愛い女子高生はお好き?

 新しい自転車を引き出して、思いっきりこぐ。

 春のそよ風が、柔らかく頬をつたう。


「ぽっよーぽーぽー、ぽよぽよーぽっぽー」

 

 前方からなんとも珍妙な声がしてきた。

 目線を上げると、電線に鳩や雀がとまっている。

 

 しかしその中に明らかに変な鳥が混ざっていた。チアリーダーの黄色いポンポンみたいな、ぴちぴちに膨らんだ胴体を持つ鳥だ。

 鳥は怒っているかのように、身体をぷりぷりと揺すぶっている。

 その姿はなんとも珍妙で、契汰は思わず吹きだした。


「ぽんぽん鳥か。珍しいな」


 契汰は小さく呟いた。ぽんぽん鳥とは、契汰が勝手につけた名前だ。


「あれは妖怪に入るのか?」


 自転車を止め、電線のぽんぽん鳥を見上げる。

 特にこちらが見つけても悪さをするような存在ではない、おとなしいヤツだ。

 契汰はそんな彼らのことを勝手に観察するのが好きだった。ぽんぽん鳥は隣の鳩にちょっかいを出されている。人間と違い、動物はその存在を感じることが出来るらしい。


(人間よりよっぽど賢いな)


 契汰はふとそんなことを考えた。


「ふっじくーん、おっはよー! 」

 

 いきなり背中を触られ、契汰はびっくりして振り向いた。


「もう、なんでそんなにびっくりすんのよ」


 頬を膨らました女の子が、ジットリとした目でこちらを睨んでいる。

 栗色のパーマボブがふんわり揺れ、甘い香りがふりまかれる。

 色白でふっくらした頬の、素朴だがとびきり可愛い女の子だ。


「ごめん間部さん。ぼーっとしてて」

「ほんとに? せっかく友達になったのに、もう藤くんに忘れられたのかと思ったよ」

「そんなわけないじゃん。間部さんみたいな可愛い子、忘れるわけないって」

 

 女の子の膨らんだ頬がみるみる間に真っ赤になった。


「もうそんなこと言って! 本気にしちゃうんだから」

 

 どうやら機嫌が直ったようだ。


「そ・れ・か・ら! 間部さんじゃなくて、ひなって呼んでよ。」

「そんな……出来ないって。まだ俺はクラス中の男を敵に回したくない」

 

 ひなは唇を尖らせる。


「私が許可したのは藤くんだけなのに、なんで他の子が怒るの? 藤くんが呼びたくないだけじゃん」


(さすがに出会って一週間の女の子を、呼び捨てにすることなんて出来ないだろ)

 契汰は嘆く。はたから見れば、彼らは出来たてホヤホヤのカップルのようにも見えるだろう。だが事実として、二人は先日の入学式で初めて出会った、ただの友達だ。


 ひなの不機嫌な要求に、契汰は折れた。


「解ったよ。じゃあ、ひなちゃん」

「ひなちゃん? うーん」

 

 ひなは恨めしそうな顔で契汰に向ける。


「ほんとは、ちゃん、はいらないんだけどな。」

「ごめん」

「ま、それでもいいか」


 ひながくるりと契汰の前に回り込んだ。


「早く学校いこっ。遅れちゃうよ!」


 ひなはにこにこと笑顔で歩き出す。

 契汰もひなに続いて桜が咲く坂をゆるゆると下った。


 一見不釣り合いな、青春の一ページを凝縮したようなこの組み合わせは、昨日の入学式がきっかけで出来上がった。



――入学式が終わって、教室で待機させられていた時のことだ。

 疲れ切って机で突っ伏していた契汰に、突然その幸運は降り注いだ。


「どしたの、体調悪い?」

 

 突然女の子が契汰に問いかけてきた。

 だが、契汰はぴくりとも動かなかった。いや、動けなかった。


(ふぇっ?)

 

 声にならない叫びが、契汰の脳内で増殖する。

 何しろ、女子と会話などしたことが無い契汰である。

 それどころか人間と話す機会さえ少なかった。

 しかしなんという神の気まぐれだろう。

 高校で新生活をスタートした瞬間、契汰に話しかけている女子が現れた。通常の健全な男子諸君であれば、これを「神の恵み」として飛びついているだろう。

 しかし契汰はこれを華麗にスルーした。


 

哀しいことに契汰は、異常なほど「自信」というものが無い。


(もしかして俺に話しかけてる? いや、まさかな)

 

 そんなことを考えながら、契汰は彼女を無視して突っ伏し続けた。


「ねえ、ちょっと。ほんと大丈夫? 先生呼んだ方がいい?」

 

 再び「幸運」が降り注ぐ。

 焦りが少し入った、さっきと同じ女の子の声だ。明らかに、肉声である。 


(ちょっっとタンマァァァァァ!)


 契汰は机と睨みあいながら大いに葛藤した。


(まじか、ガチのやつなのか)


 机の木目を何度も目でなぞりつつ、自問を繰り返す。


(どうしよう、どうしよう……無視するか?)


 机を見つめ過ぎて、天盤の木の曲線がミミズのようにうねりだす。


(しかし無視はさすがに失礼だろう)


 ミミズが蛇に変わる。瞬きを忘れた目の表面は乾いていく。


(女の子が話しかけてくれているんだ、それもこんな俺を心配してるんだぞ)


  契汰は自分で自分を鼓舞した。蛇が大蛇になる前に、決着をつけないと気がおかしくなりそうだった。


 どれくらいの時がたっただろう。

 契汰はようやく曲線の蛇から解放され、汗に滲んだ顔を上げた。


「良かった、生きてたぁ。わ、すごい汗だよ! 保健室行かなきゃだめじゃない?」


 契汰は顔を覗きこんでいた女の子を見る。

 誰がどう見ても可愛い、ほんとに可愛い女子高生だった。


(神様。俺にはまだ、こんなに可愛い女の子は早すぎます……)


 契汰は、気を失って倒れた。

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