第22話 筋肉隆々! 熱血男「金剛誠」

 青年と二人取り残された契汰は、ふと視線を感じて周りを見回した。するといつの間にか寮のあらゆる扉から寮生が出てきて契汰と青年を眺めている。

 居心地の悪さを感じていると、青年が大きな声で話しかけてきた。


「君、高等部の新入生かい。名前は?」

「藤契汰です。新入生というか、転入生ですけど」

「そうかそうか。なに、小生も高等部一年生だッ!」


 胸をブンッと叩くと、青年は愛嬌たっぷりにウインクした。


「同級生だな! 小生は金剛誠こんごうせいだッ!」

「金剛くん?」


「そうだ! セイッと呼んでくれ!」

「ええと、セ……イくん?」


「もっと勢いよく! セイセイセーイッだ!」

「セイッ君?」


「君はいらない! セイッだけでいい!」

「は、はあ」


「じゃあ小生は、君をどう呼べばいい!」

「ああ、なんでもいいですよ」


「ではお揃いで! ケイタと呼ぶよ!」

「ははは、よろしくお願いします」


 契汰は丁寧に頭を下げた。すると誠はその筋肉質だが細い体躯をヒシッと契汰に絡みつけてハグをした。見た目に似合わない怪力で、メキメキと骨が折れるようだ。


「同輩に敬語などやめなさい! 今日から私達は友達だーッ!」

 

 金剛の暑苦しい熱気で、息をするのもやっとだった。しかし、悪い人では無さそうだ。


「よろしく、お世話になるよ」

「よし! では案内しよう、まずは一階からだな!」

 

 契汰がふと周りを見回すと、さっきまでいた寮生達は皆いなくなっていた。誠はそんなことは気にも留めていないのか、鼻歌交じりに寮を案内していく。


「一階は共用スペースだ、食堂では朝、昼、夜と食事が用意されるが、何せ食べ盛りが多くてな。早く行かねばなくなるぞ!」

「へえ」

 

 どこもかしこも清潔さが漂っていて、きちんと管理されているようだ。


「ここも人形が掃除をしているんですか?」

「契汰、小生は友達だぞ!」


「ああ、ごめん。ここにも人形がいるのか?」

「いやいない! 一階は掃除の淑女達がやってくださる、まさに極楽の天使だよ!」


「もしかして誠は熟女好きとか?」

「熟女か、確かにそうだ! 熟女はいいぞ契汰! 正に神が与えたもうた奇跡ダアッ!」

「ふ、ふうん」

 

 誠は暑苦しいだけではなく、相当個性的な一面を見せた。しかし契汰は嫌な気持ちにはならなかった。これ程自分の趣味を語ってくれる友達は、今までいなかったから。


「二階は各個人の部屋だ! この寮はそれぞれ個室が用意されているぞ! まさに極楽!」

「そうだね、俺の部屋は……どこだろ」

「たぶんあの端の部屋じゃないか! さっき荷物が届けられていたぞ!」

 

 契汰と誠が向うと、部屋には既に「藤契汰」と書かれたプレートがついていた。ドアを開けると、簡易的な白木のベッドに机、椅子が用意されている。広くは無いが、一人で住むには十分だ。部屋の真ん中には、前のアパートから持ってこられたであろう契汰の荷物の段ボールが積まれていた。


「ここは君の部屋だ、好きにしていいぞ! 契汰は幸運だな、残り一部屋だったんだぞ!」

「マジか」


「いやはや、ラッキーボーイだ!」

「はは」


「小生は嬉しいぞ! とにもかくにも、荷解きだな!」

「大変そうだな、これは」

 

 契汰は段ボールの山を見て、溜息が出た。部屋の大きさからして、これを片付けなければ、ゆっくりできそうにない。それほど所持品は無いが、疲れた身体でこれを片付けるのは骨が折れそうだ。


人形ひとがたは使えないのかッ?」

 

 契汰はせっかく出来た友達に、自分の異能のことを話すべきか迷った。

しかし……。まだ他校生だった時もエリートに散々馬鹿にされたのに、学園に転入してきて「異能0」なんてことがバレたら何と思われるだろうか。

 契汰は黙っていることに、決めた。


「うん、ありがと。自分でなんとかするよ」

「しかしこの段ボールを片付けねば……」

「大丈夫だから、後でな」


 心配そうな誠を締めだすように扉を閉めた。嘘をつく自分に嫌気がさした。

でも嘘をついてでも、友達を失いたくなかった。


「何やってんだろ、俺」


 そう呟いて座り込んだ契汰は、疲労のためかいつの間にかそのまま眠ってしまった。目が覚めたのは、もう日も落ちた夜のことだった。

 

 バタバタバタ……

 

 沢山の走る足音が部屋の外から聞こえてきた契汰は、気になって外に出た。すると、食事のいい匂いが廊下中に満ちている。どうやら、夕食の時間らしい。


「早く行かねばなくなるぞ!」という誠の言葉を思い出し、契汰はそのまま一階の食堂に降りて行った。

 食堂には私服姿の寮生がわいわいと騒ぎながら集まっていた。誠の姿は見えない。ビュッフェスタイルの食事が並び、ほとんどの寮生が所狭しと料理の列に並んでいる。契汰も周りに倣って列についた。


 契汰に気付いた寮生は、水を打ったようにその場が静まり返った。周りから新参者に対する痛い視線が注がれる。余所者を快く思わないのだろうか、冷やかな態度の彼らは誰も声を掛けてこない。ヒソヒソ声で、契汰を品定めしている。


「なんだアイツ、今まで見たことないぞ」

「今朝寮で見た、転入生って聞いたぜ」


「転入だ? 高等部からなんて、あり得ないだろ」

「異能の家系じゃないんじゃないか?」

「なんでそんな奴が帝陵に?」

 

 とても嫌な雰囲気だ。契汰はうんざりした。すると寮生の一人が、いきなり契汰に絡んできた。とげとげ頭の、気が強そうな男だ。


「おい、お前。異能はなんだ」

「え」

「異能を見せろって言ってんだよ」

 

 戸惑う契汰を囲んで、寮生たちは止めずに見ている。


「ここで、ですか?」

「当たり前だろ。高等部からの編入なら、さぞすごい能力なんだろ?」


 とげとげ頭はさらに契汰につっかかった。契汰が身構えたその時だ。


「やめろ。新入生に何をしているのだ!」

 

 地鳴りのような声が響いた。誠の声だ。


「邪魔するんじゃねえ金剛」

 

 とげとげ頭が苦々しげに言い返す。


「戸塚、新人相手にもめ事を起こすな」

「能力を試してやろうと思ってな」


「こんなところで試すなど愚かだ。普通に聞けばよいではないか」

「じゃあ教えてくれよ、新入生」

 

 戸塚と呼ばれた男は契汰を睨んだ。


「お前の異能は何だ?」

 

 契汰に食堂中の視線が注がれた。ここまで来てしまってはもう隠しおおせることは出来ないと、契汰は諦めた。


「式神です」

「式神?」


 嘲る様な口調で、戸塚が繰り返した。


「なら自慢の式神を出してみろ、興味がある」

「俺です」

 

 契汰以外の全員が呆気にとられた。数人の寮生など口が開きっぱなしになっている。


「俺が式神です」

「誰の!?」

 

 寮生の一人が大声で怒鳴った。


「総極院永祢さんの」

 

 契汰が言い終わるや否や、食堂中が大笑いした。戸塚など腹を抱えて笑っている。唯一誠だけが険しい顔で、契汰に尋ねた。


「異能は、ないのか?」

「よくわからないけど、会長に曰くゼロらしいですが」

 

 誠は契汰の肩を両手で掴んだ。


「何故言わなかった!」

「嫌われるかと」

「俺を信用していないんだな」

 

 誠は傷ついたような顔をした。契汰は嘘をついたことを後悔したが、もう遅い。


「こ、これは、傑作だ!」

 

 戸塚は笑い涙を拭きながら嘲る。


「そ、総極院永祢の、式神だって? ポンコツ×ポンコツじゃねえか」

「そこまで彼女のことを悪く言うことはないだろ?」

「いいか、教えといてやるよ。総極院ってのはな、超名門だ。でもアイツは異能どころか霊力すら凡人並みなクズ。クズの式神で残念だったな」

 

 契汰はもう言い返せなかった。少女の名誉を傷つけられていることに腹が立ったが、自分が何を言っても、説得力が無いことは十分解っていたからだ。


「だが人間の式神なんて聞いたことがない。ちょっとツラ貸せ、どんなもんか試したい」

 

 戸塚は指先から火花をチラつかせ始めた。寮生は興味深々で見ている。

 誠が大声で怒鳴った。


「式神といえど異能が無いなら尚更、手を出してはダメだ!」

「なんだよ金剛。お前は興味無いのか、人間の式神だぞ?」

「いい加減にしろッ!」

 

 誠は呪を唱えながらピチッと着込んだトレーニングスーツに幾つも取り付けられた、金属片の一つに触れた。すると、スーツ中の金属片がグルルッと抜け落ちた。床に落ちたボルト状の金属は凄まじい質量だったらしく、床にめり込んでいる。


「何だよ、これ」

 

 契汰はその重量に目を丸くした。寮生たちも、顔を引きつらせて避難する。

どうやら彼を怒らせてしまうと、ヤバいらしい。戸塚も顔を引きつらせた。


「おい金剛。マジでやる気かよ」

「当たり前だ、君が小生を怒らせた」 


 ボルトが抜け落ちたトレーニングスーツの下から、鍛え上げられた筋肉が盛り上がってくる。今までの引き締まった筋肉ではない。それぞれが意思を持っていそうな、生命力を感じさせる筋繊維が躍り出ているといった感じだ。今までの細い身体が嘘のように、筋骨隆々の肉体に変貌していく。


龍骨解象血りゅうこつげしょうけつ・第壱!」

 

 湯気のような熱気が上がり、誠は咆哮した。


「これ以上彼を愚弄することは許さぁぁぁんッ!」

 

 唸り声を上げながら誠はマッチョポーズで踊る。ほとんどの寮生たちは逃げるように後ずさりしていった。戸塚も彼らに続いて後退する。


「お前のせいで夕食がぱあだ。式神、また今度可愛がってやる」

 

 戸塚は捨て台詞を吐き、取り巻きを数人従えて食堂を出て行っていってしまった。


「ふぅ。ここまでせんと止まらんのか、全く」


 誠は戸塚が去ったのを見届けると、床にめり込んだボルトを摘まみあげて身体に刺した。すると肉体は少しずつ小さくなり、誠は元の身体のサイズに戻っていた。


「ありがとう、誠。助かったよ」

「気にすることは無い、友達だろう。もう二度と隠しごとはせんでくれよ、小生で力になれることがあるかもしれん」

 

 自分の嘘を知っても、誠が「友達だ」と言ってくれたことが契汰はとても嬉しかった。


「悪かったよ、ごめん」

「わかってくれれば良いのだ」


「それにしても、すごい異能だな」

「我が金剛流の技だ、肉体の極限を引き出す秘儀。美しいだろう!」


「うん、感動した。物凄く鍛えてる」

「金剛流は武道の家だからな! 契汰もどうだ、新しい己と出会えるぞ!」

 

 あの超重量のボルトをひょいと持ち上げるのだから、誠のトレーニングは常軌を逸するものだということはすぐに解った。


「細マッチョなのに、どうやって普段は筋肉を格納してるんだ?」

「この金剛杭だよ」

 

 誠は身体に埋め込まれたボルトを指差した。


「これには呪が掛けられているのだ。コイツがまあ、肉体のストッパーになっているのだな。本来の肉体の姿を鎮静し、この身体に落ち着かせる。あの身体は嵩張るからなあ!」

「確かに、大きいもんな。しかし重たく無いのか?」


「ははは、それは重いぞ! 何せ霊力を鍛錬すればするほど、質量は上がるのだ!」

「えええええ、そりゃきついだろ」


「何を言う。重き杭になればなるほど、鍛錬のしがいがあるというものよ!」

「そ、そんなもんか」

「そんなものよ!」

 

 戸塚と契汰のやり取りを面白がっていた寮生たちのほとんどが、ぶつぶつと文句を言いながら部屋へと帰って行った。最初から興味を持っていなかった寮生たちが数人残り、料理を自分の皿に取り分けている。


「さ、契汰。我々も食事をいただこう! 残すのは食堂の名誉を汚すことになるからな!」

「え、これ全部、食べるの!?」


「勿論だ! あの連中はもう食べまい、命は大切にせねばな!」

「お、おう……」

 

 そこから契汰は大量の食べ物を片付けるのに、四苦八苦した。とはいえ、しっかりとした食事を食べるのは久しぶりだったし、何より誠という友達と一緒に食べることはとても楽しかった。


 契汰は勧請された夜から今までのいきさつをあらかた誠に話した。勿論総極院永祢や謎の声のこと等、言えないこともあったが。

 

 誠は細かいことを問いただしたりせず、おおらかに聞き役に回ってくれた。その間にも誠は細い身体に似合わず、凄まじい量を流れるようにたいらげた。


「うむ。この肉じゃが、今日も食堂の淑女達の技が光るな! それにこの味噌汁、今日は玉ねぎと油揚げか! なんと黄金の組み合わせか!」

「どこに入ってんだよ、その量」


「生き物の命をいただいているのだ! 残さず食べる!」

「まああの身体を維持するには必要不可欠だな」

「美味、美味~!」

 

 いちいちリアクションを取る誠と一緒に、一生懸命食事に取り組んだ。

腹ぺこの契汰はかなりの食べ物を胃に入れることが出来た。


「契汰もよく食べるな」

「俺、家でお腹いっぱい食べさせてもらえることってなかったからさ」


「そんな親御がいるのか」

「親は死んだんだ。親戚の家で育てられたんだ」

「そうか……」

 

 金剛はショックを受けたような顔をした。


「暗い気持ちにさせちゃったらごめん」

「何を言う。辛いことを話してくれたというのに」


「そういえば、さっき絡んできた人ってどういう人?」

「ああ戸塚か。アイツはいつでもあんな感じだ。優の成績だしな、威張れるのだ」


「成績がいいと偉そうに出来るのか」

「帝陵では成績が物を言うのだ」


「成績下位者には?」

「残念ながら肩身が狭い世界だろう。それもどうかとは思うが」


「誠の成績は?」

「中等部卒業時点では優だよ」

 

 戸塚が誠に手出し出来なかった理由が、契汰には解った。


「あくまで中等部の時点でだ。高等部には猛者が沢山、鍛錬を怠れば退学になりかねん」

「退学とかあるのか!」


「勿論だッ! 成績不良者は、問答無用で退学なのだ」

「それって……奨学生は免除、とかあるんだよな」

「まさか! 帝陵鉄の掟の一つだ。学びの実成らざる者は去れ、だよ」


 (そんなの聞いてない!)と契汰は生徒会長を恨んだ。

 もし退学になってしまったら、今度こそどこに行けばいいのか。


「退学にならないためには、どうすればいいんだ?」

「簡単だ、強くなればよい!」

 

 がっはは! と誠は笑ったが、契汰は全く笑えなかった。


「自分でなんとかするしかないか」

 

 とにもかくにも、総極院永祢と会って今後のことを話し合わなくてはならないと、契汰は考えていた。しかし彼女の言動を思い出す限りでは、まともな会話が出来るビジョンは全く浮かばない。


「はあ……」

「溜息は幸せが逃げるってな! さあ頑張るぞ!」


 とにかく明るい誠と笑いあっていると、けたたましいサイレンの音が寮中に響き渡った。 

 

 

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