第38話 君を守りたいと、言ってもいいだろうか
「にゃああああああああああああん!」
空中で猫のけたたましい鳴き声が響く。契汰は呪の衝撃に耐えながら、なんとか刀を抜いた。
「静かにしてくれねこまる。集中出来ない」
「そんなこと言うたかて、こんなごっついジェーがかかるとは聞いとらん!」
「Gだよ! なんだよジェーって」
「それより契汰、後ろからなんやらモジャモジャと来よったでぇえええ!」
「早いな、読み通りだ」
異能たちの血をべっとりとつけたおぞましい触手が凄まじい速さで迫ってきた。とここで、ねこまるが不思議そうな声で尋ねる。
「……おい契汰。なんで鏡の光は追って来よれへんのや」
「ごめん、嘘ついた」
「なんやてぇえええ!」
「あの鏡は……俺たちを守ってくれる。でもそれは、永祢の身が危険に晒された時だけだった。だから物理的距離が離れてしまった今、俺の方には来ないはずだ」
「なんで、なんで嘘ついたんや! 嬢ちゃんはお前を信じて送り出したんやで!」
「あの鏡さえ永祢の側にいれば、あいつは守られる」
「お前さん、まさか」
契汰は力無く微笑んだ。
「俺が一人飛び出せば、必ず一ツ目は全力で追ってくる。そこまでは嘘じゃない。そうなった場合、他の異能たちは高確率で解放される。傷を負ってるとしても、俺より玄人揃いだろ? なら、永祢は必ず学園に帰れる」
「だから嬢ちゃんに、呪を使わせたんか」
契汰は肩をすくめた。
「カッコ悪いよな。ずっと一緒だって言って励ましたのに、結局出来るのはこんな作戦しかないんだから」
「カッコ悪いことない、立派やないか」
「ごめんな、ねこまるまで騙すことになって。キミもヤバくなったら……」
「もうしつこいやっちゃ。猫に二言はないって何回言えばわかるんや!」
「はは……ありがと」
「よっしゃ、ワシとお前さんの大舞台やでぇ! でっかい花咲かせたろやないか!」
貪欲な触手どもが高速で追いあげる。しかし永祢の呪のスピードも凄まじいらしく、ギリギリのラインで攻防が繰り広げられた。契汰は触手に身体を掴まれないように、体幹で絶妙にバランスを取った。
「ようこんだけの呪を乗りこなせるな、運動神経は遺伝か?」
「かもな」
「で、作戦はあるんか?」
「とにかく重力に任せて叩き切る」
「ええな、なんのひねりもない行き当たりばったり感。ワシは好きやでぇ!」
「行くぞ!」
契汰は宙で、屈めていた四肢を伸ばした。鬱蒼とした森が真下に抜けていき、真っ暗な星空が彼を包む。すると身体の上昇が止まった。永祢の呪が切れたようだ。重力に逆らう力を失くした身体は、そのまま容赦なく地表へ引きずり戻される。
触手は落ちてくる契汰を待ちかまえるように一本の巨大な手に融合した。その巨大な掌にはあんぐりとした禍々しい口が真っ赤に笑っている。
しかし契汰は冷静に、刀を握りしめた。ここで負ける訳にいかない。走る嫌悪巻と恐怖を振り払うように、刀を大きく振り上げる。
「ウォォォォオオオオラアアアアアアアアアアアアア!」
刀が、そして一ツ目が、衝撃波を伴って激突した。
ぐがががごごごごごごごごごおおおおおおお!
一ツ目の濁った瘴気が口から吐き出され、契汰を包み掻きむしった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
契汰は全身が焼けぶくれるような痛みと痒みに、襲われた。
「くっ」
契汰は叫びを噛み殺し、刀に全身全霊を注いだ。じりじりと刀が「一ツ目」に食い込む。次第に、ピキ、ピキ……と一ツ目の掌に亀裂が入り始めた。
契汰は更に力を手に込める、しかし……。
どこからともなく、腹の底に湧き上がる様な不気味な声が頭の中に差し込んできた。
『無駄なことはやめろ』
「……誰だ?」
契汰は、声の主に尋ねた。
『汝の、目の前』
「まさか、一ツ目?」
『ああ。もう無益なことはよせ、霊具を下げるのだ』
「へぇ、物の怪も命乞いするのか」
『我と、手を組まぬか。我と汝の力を持ってすれば、世を果てまで制することができよう』
「生憎そんな予定は無い!」
一層契汰は力を込める。一ツ目の亀裂はどんどん大きくなった。
『お前は世を統べる才を持つというのに、憐れなものだ』
「今……何て?」
『我と融合せよ。そうすればお前の全てを教えよう』
(「世を統べる才」だって? 俺にそんな才能が……?)
契汰は思わず、一ツ目の話の続きが気になってしまった。そしてその内に契汰は、一ツ目との会話に、段々夢中になっていった。
「契汰、惑わされるな!」
様子がおかしい契汰に、ねこまるが怒鳴る。
「気づいてないんか。コイツはお前と交信することで、力を削ごうとしてるんや!」
契汰がふと我に返って刀を見ると、一ツ目に触れている部分が真っ赤に腐食し始めていた。
「何だよ、コレ……」
「コイツと話すな! 精神の交流は霊力と瘴気の境目を曖昧にする。コイツはそこから侵食して、お前を汚染する気や!」
『お前の秘密を、教えよう』
一ツ目はねこまるに構わず、契汰になお語りかける。
「……俺の秘密?」
『ああ。お前の、両親のことも』
「知ってるのか! 俺の親のこと」
契汰は誰からも、両親のことを詳しく聞いたことはなかった。だから両親の話は、孤独だった契汰が心の奥底から、欲しているものだった。
「俺の、秘密……俺の、両親……」
想いにとらわれた契汰の目は次第に濁り、意思が消えていった。一ツ目はニンマリと笑う。粘液を垂れ流しながら、巨大な触手に開いた大きな口の中に契汰を呑みこまんと覆いかぶさった。
「契汰、契汰!」
ねこまるの必死の呼びかけにも、契汰は応じない。
「このままじゃ、お前自身が物の怪になってまう、行くな!」
契汰は何かに魅せられるかのように、ぼーっと一ツ目の口の中に埋もれていった。一ツ目は契汰を半分以上呑みこむと、そのまま地表の本体に引きずり込もうと後退した。
ねこまると一ツ目、そして契汰はじりじりと高度を下げる。焦るねこまるの視界に、白銀の陣の中の永祢が映った。
「嬢ちゃん、嬢ちゃぁあああん! 契汰を連れ戻してくれ!」
必死の思いで、ねこまるは叫ぶ。永祢の目に映ったのは、まさに物の怪と同化しようとしている契汰の姿だった。
「ダメ、契汰!」
「呼びかけ程度ではあかん! 完全に洗脳されとるんや!」
「私が、絶対に連れ戻す」
永祢は意を決して、自分の指を小さく噛み切った。そして流れる真紅の血を目尻に刺す。
「嬢ちゃん、何する気や!」
永祢は呪を唱えながら舞い始めた。足を引きずりながら行う、独特の舞踏だ。
「付くも
陣の中から銀光の緒が、契汰目がけて飛び出した。
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