第17話 軍師「桐生玲花」、現る
「玲花ぁ。少し堅苦しくはないか? そこまで脅かす必要があるかね」
「人前でそう呼ばないでください。周りに示しがつきません」
「固いことを言うな。いっそ少年にも玲花と呼ばせればどうだ!」
生徒会長はボフンとソファーに倒れこみながら、甘えた声で桐生に言った。
「転入生が補佐官を呼び捨てにしたら、それこそ今日の夜には肉片にされています」
「おお怖い怖い。最近眉間の皺が増えたのではないか? せっかくの美貌が台無しだ」
女性は顔を赤らめた。
「本当にロクなことを言いませんね!」
「なあ少年。おっかないだろう」
呆然とする契汰を置いてきぼりにしたまま、会長は好きな女子をいじめる男の子のような表情で、どうでもいい話を繰り返している。桐生はその言葉を打ち切るように契汰に話しかけた。
「藤契汰くん。藤くんと呼べば良いかしら。転入おめでとう」
「え、ちょっと待ってください。転入って何のことですか?」
契汰は焦った。
「俺はちゃんとした高校に入学してます。勝手なこと言わないでください。家だって借りたばかりだし、バイトだって始めてたんだ。転入なんて出来ません」
「申し訳ないが、もう転校の手続きは済ませてある」
「はあ?」
「なあ玲花」
桐生は黒ぶちのスタイリッシュな眼鏡をくいと上げて、書類に目を落とした。
「既に君の所属高校には連絡済み。君の学籍はもう甲宮高校には無いわ」
「そんな、俺は承諾してない!」
「少年。この国ではどの学校も、この学園には逆らえない」
「この学園を拒否すれば、君は高校生でもなくなるわ。ただの少年ホームレスニートね」
「ホームレスニートって……アルバイト先は?」
「既に解雇済み」
「家は?」
「解約済み」
「敷金礼金だって分割払いにしてたのに」
「こちらで立替え済み」
「立替えってことは……」
「君の学費に上乗せ」
「そんな!」
「君の荷物はもうアパートから運び出されているはず」
「ええ!?」
契汰は慌ててポケットから携帯を取り出し、大家さんに連絡した。しかし、コール音を鳴らせども鳴らせども、電話に出てくれない。三回掛け直した時、やっと繋がった。
「はい、甲宮アパートです……」
いつもとは違う、弱弱しい声だ。契汰は早口で言い立てた。
「大家さん! 変な人が引っ越しに来ても、絶対部屋の鍵は渡さないでください!」
「ああ、藤くんかな」
「そうです、藤です! 俺引っ越しなんて絶対しませんから」
「もう君の部屋、空っぽだよ……」
「嘘でしょ!?」
「本当だよ。黒づくめの人たちが丸ごと持ってったよ……」
「何で止めないんですか!」
「口止め料まで渡されたらさ、私はどうしようもないよ……」
「お金貰ったんですか!」
「そんな大きな声出さないでよ、受け取れって言われたからさ……」
「俺は絶対出て行きません!」
「困るよ藤くん……」
「困ってるのは俺です!」
「秘密警察だって名乗られたよ。物騒な人たち呼ばれたらこっちが迷惑なんだよ……」
「秘密警察?」
「そうだよ。それはもう怖い人達でさ。君ヤバイことに首突っ込んだんじゃないか?」
「俺はそんなこと……」
「とにかくウチにはもう関わらないでくれ……」
契汰の反論も虚しく、一方的に電話を切られてしまった。
(怖い黒づくめの集団に、口止め料? まるで犯罪組織だ。それに秘密警察って、小説の世界の話じゃないのか。今の日本にそんなものが存在するのか)
訳のわからない問いが、頭をグルグル回る。
「貴方達は、秘密警察まで動かせるんですか?」
カマをかけるつもりで問いかけた。
「秘密警察とは便宜上名乗るもので、正式名称ではないわ。でも実態もほとんど同じね」
あまりにあっけらかんと認められてしまい、契汰は拍子抜けした。生徒会長はあくびをしながらソファでごろごろしている。
「玲花、コーヒーを淹れてくれないか。極上のやつをな」
「もう、それくらい自分で淹れてください」
「君のドリップでないと、今の私は受け付けないのだよ」
「またそんなこと言って」
「挽きたてが飲みたいな」
「コーヒー用の補佐官を増員してください、私は忙しいんですよ」
桐生はガミガミ言いながらも、小さな棚からコーヒーの豆を取り出した。高級な調度品が多いこの部屋でその棚だけ、いかにも若い女性が好みそうな可愛らしいものだった。
一緒に並んでいるコーヒーミルやドリッパーもポットも、丸みを帯びた可愛らしいデザインだ。桐生は慣れた手つきで豆を挽きながら、話を続けた。
「大した組織じゃないのよ。学園の秘密を漏らす者を、処分するだけ」
「処分って……」
「殺したりはしてないと思うわ、最近はね」
桐生はさも日常茶飯事について語るような態度だ。生徒会長は呑気にお湯とドリップポットを準備している。この人達は、絶対にヤバイ。
「帝陵学園は日本政府の最重要機関の一つなの。超法規的措置も可能よ」
「超法規的措置?」
「そう、君の意志は関係ないって言ったでしょ」
桐生は挽いた粉を、慎重にドリッパーに滑り込ませた。
「どうしてこの国は、そんなことを許すんですか」
「この学園が、最後の砦だからよ」
「最後の砦?」
桐生が垂らした湯がコーヒーを蒸らし、香ばしい薫りがもわっと広がった。桐生の眼鏡が曇る。曇りの彼方から、視線が契汰に再び注がれた。
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