第8話 謎の少女と物の怪
「誰だ?」
少女は黙ったままだ。彼女の服は、日本の古代装束「狩衣」に似ている。契汰も歴史の教科書で、幾度か目にしたことがあった。
しかし少女のそれは、教科書に載っているものよりも更に精巧な造りだ。
一番上に着てい衣は精巧で真っ白な氷襲ねで、夜闇の中でも眩しい。その下には、白から青色へと、徐々に濃くなる衣を薄様(うすよう)に重ねていた。
広い袖口には、縹色の緒が通っている。帯はこれもまた見たことが無いような帯で、様々な飾り紐や宝珠の装飾がある。その下から覗く袴の紅は、雪に椿が一輪落ちたような生彩を放っていた。
美しい装束の上には、長く麗しい銀髪が二つ、結い垂らされている。少女の大きな瞳は光を受けて輝き、見た人を吸いこむようだ。
(き、綺麗だな……)
契汰は痛みも忘れ、思わず少女の宝石のような瞳に魅入ってしまう。少女は気分を害したのか、黙って契汰の耳から手を離した。
ゴテッ。
またも契汰は顔面を強打した。しかし、落下音がしただけで顔は全く痛くない。ゆっくりと身体を起こしてみた。地面すれすれで浮かんでいる契汰を、白銀の光輪が囲んでいる。その不思議な光景に、契汰は息を呑む。
こんな技を使えるなんて、タダ者ではない。
契汰はもう一度、少女に話しかける。
「君は、誰だ?」
だが相変わらず少女は、一言も口を聞かないままだ。契汰のことなど眼中にないのか、今度はブツブツと独り言を言いながら、持っている古めかしい分厚い本と契汰を見比べていた。
「シキガミ……カンジョウ……」
なんとか聞きとれた言葉は、意味不明なものばかりだ。
「ええと、シキガミって言った?」
しかし、やはりこの少女は、契汰の質問に答える気はないらしい。
今度はぼんやりと立ちつくしながら契汰をただ眺めている。
理解しづらい状況に、契汰の中で不安が膨らんでくる。
この少女が何を考えているのか、まるでわからない。
(夢なら覚めてくれ)
心の中でそう叫びながら立ち上がった。すると、光の輪がすうと消えていく。途端にあたりは暗くなり、闇が二人を包んだ。
一気に心細さが募り、残してきた家のこと、そして自分を待っているであろうひなの事を思い出した。契汰はとにかく、家に帰りたかった。
しかし、契汰一人ではそれは難しそうである。ここが何処か解らないが、帰るためにはこの少女の協力が必要なのは、間違いない。
契汰はありったけの大きな声を出した。
「帰らないといけない」
「え?」
少女がぴくりと動き、初めて返答した。
(やっと、会話が出来そうだ)
契汰は安堵して少女に近づいた。
「今日は用が詰まってるんだ、家に帰してくれないか」
「……無理」
「なんでだよ」
「忙しい」
少女はボソッとそう言って、また少女は本にのめり込む。
契汰とのやり取りが面倒なのか、とても他人とのコミュニケーションと言える代物ではない。投げやりに思えるその態度に、契汰は段々腹が立ってきた。
「俺だって忙しいんだよ!」
背を向ける少女の肩をガッと掴む。苛立っていた契汰は、ついつい力を入れすぎてしまった。男の圧倒的な力に、小鳥の羽根のような少女の身体はあえなく体勢を崩す。
「ちょ、ちょ、ちょ!」
少女を支えようとして、とっさに契汰は彼女の背に手をまわした。足場の悪い森の中でのこと、足を樹の根に取られ、契汰もバランスを失った。
「あっ」
小さな悲鳴と共に、草間で二人は折り重なるように倒れ込んだ。
結果的に契汰が彼女を押し倒す形になってしまった。
「わわわ!」
純情な契汰は顔を真っ赤にして起き上がろうとする。だが、障害物が多くてなかなかうまくいかない。かなり際どい状況というのに、少女は黙ったまま身じろぎもしない。契汰はやっと腕を立てて、上半身を持ち上げた。
「ごめん、こんなつもりじゃ」
「……大丈夫」
少女は黙って身体を離した。感情が全く読めない。
怒っているとも、何とも思っていないとも取れる、表情だ。
「怪我してないか?」
その問いかけに、少女は少し困惑したように見えた。
「うん」
「良かった、怪我がないな……」
と言いかけた時、少女の肩越しにあらぬモノを見てしまった。
目が一つ、宙に浮かんでいる。
契汰はその目に潜む狂気をすぐさま悟った。
(この世の……モノじゃない……!?)
寒気が背中に走る。
「なんだよ、あれ」
背後を一瞥した少女は答えた。
「モノノケ」
「モノノケ?」
契汰は茫然となった。
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