第20話 人間の式神!?

 契汰は思わず咳き込んだが、不思議と煙たくは無かった。衝撃で痛む耳を撫でながら、状況を把握しようと目を凝らす。


「相変わらずど派手な登場だな、華岡」


 

 白い霧の向うから、席に威厳をたたえて腰掛けながら肘をつく生徒会長が視えた。口元は組んだ手で隠されているため表情はわからない。桐生が側に控える。


「ああ、七辻の。お久しぶりだねえ」

 

 知らない女性が霧の中から挨拶をした。中性的だが色気のある声色だ。

おどけるようでいて、しかし決して友好的とは言えない口調である。


「届けられた患者の容体を報告しようと思ってね、わざわざ来てやったよ」

 

 来てやった、というが声の主の姿は見えない。晴れた霧の中から出てきたのは新しい人形だ。胸に「伝令」と筆書きされている。


「もう少し静かに伝令をよこせないのですか、典薬頭(てんやくのとう)」

「よお腰巾着殿! 元気にしているかい」

 

 嫌味を言われた桐生は、生徒会長に対する時と違いあからさまに笑顔がひきつっている。契汰はその勢いと言動に呆気にとられた。


 この二人相手にこんな口を聞けるなんて、タダ者じゃない。


「こいつか、総極院と共に襲われたやつは」

「紹介しよう、藤契汰くんだ」

 

 契汰は根が素直なので、反射的に頭を下げた。

 じろじろと人形が契汰を舐めるように見まわした。


「マジで他校生じゃないか」

「そうだ、しかし今日付けで我が学園の高等部一学年に転入になった」

「いつも通り強引な手を使っているな」


 人形が笑うような仕草を見せた。生徒会長も口元を隠していた手を離して、微笑む。


「強引とは失礼だな。善は急げと言うであろう」

「そこの一年、この女には気をつけろよ。自らの手は汚さない、汚いタイプさ。怪しげな黒服も使うしな。まさに政治家だ」


「物騒なことを言い給うな」

「おお怖い。黒服どもはともかく、討伐の負傷者は生徒会の責任だ。どれだけの

生徒が死傷レベルの域に達しているか。流石に典薬寮でも死人が出るぞ」


「討伐作戦は生徒会の職務だ。その過程の戦隊の消耗は避けられん。負傷兵の治療は、そちらの責務であろう。責任転嫁してもらっては困る」

「聞いたか一年! 生徒を兵と言い切るやつだ、ロクなもんじゃない。ま、そうでなくては戦の主将は務まらんか。だがな、貴様の指示で死ぬのは兵でなく生徒だ」


「貴様など、人に使う言葉ではない。品位が無いぞ」

「話をすり替えるな。典薬寮にも限界があるし、死人を蘇らせる術はないんだ」


 お互い挑発とも取れるもの言いで会話をしているので、契汰はひやひやした。敵対心を表しているようでもあり、一方で会話を楽しんでいるようにも思える。表情こそ読めないが、人形を介して話すこの華岡という人物もやり合うことは嫌いではないらしい。


「少年、紹介しよう。典薬寮の管理責任者である華岡君だ」

「華岡遥でーす。医者と典薬頭やってます。無駄な怪我したらお注射するぞ☆」

 

 軽い口調だが、凄みのようなものが伝わってくる人物だった。「伝令」がおどけるようにひらひら舞っている。


「あの、医者ってことは学生じゃないんですか」

「何を言っている。華岡君は学生だよ」


「学生なのに医師免許があるんですか!」

「ま、アタシ天才だから☆」


「典薬寮は医術系の異能を持つ学生の教育機関、かつ医療機関だ。特例として早期の医師免許付与が認められている」

「ま、そういうことだよ一年君。大学で医師免許取るなんて、チンタラしたことはしない」

 

 契汰は改めて学園の敷居の高さを思い知った。異能だけじゃない、他のスペックも高くないと認められない場だ。


「アタシはここの医学生を束ねて、典薬寮の運営をしてる立場ってわけ」

 

 なぜこれほど華岡という人物が強気なのか契汰は理解した。学生全ての命を預かっている機関の長であれば、誰でも一目置かざるを得ない。


「さて、今回は何の話をしに来たのか」

「ああ、経過の報告に来た」


「伝令」はカルテをペラペラとめくる様な仕草をした。


「直々に送っていただいたいつもの娘だが、かなりの重傷を負った痕跡があった」

「そうだろうな」


「あれだけバックリ服を引き裂かれていたら、猿でもわかるさ」

「で、おてんば総極院の状態はどうなのかね」


「安定している。霊障も致命傷とまではいかないレベルだ」

「大した物の怪ではなかったのか」


「まさか、あれ程の裂傷を負わせたやつだぞ。貴様の応急処置も、まあ役に立った」

「華岡に褒められるとは」

「生徒会長様なら当たり前だ。それよりも」

 

 人形は真っ直ぐ契汰を見据えた。ビリビリする緊張が全身に走る。


「物の怪から生き残った少年が気になってな」

「それでわざわざ見に来たと?」

 

 会長が呆れたように笑う。人形は契汰の近くまで寄ってきた。


「どんな異能を持ってるんだ? 方術使いならスカウトしようと思って来たんだが」

「ええと、異能はありません」


「は?」

「異能ゼロだ。私も確認した」

「異能ゼロだって!?」


「伝令」が飛び上がった。


「素人もど素人ってことか!」


「伝令」は腹を抱えるようにして笑った。流石にそこまで笑われると契汰も決まりが悪い。


「はい、視えるってだけです」

「嘘だろ!?」


「伝令」は契汰の頭にくっついてバシバシと叩いた。


「痛っ! 何するんですか!」

「こんなやつを学園に転入させただと? 七辻よ、いつから慈善事業家になったんだ?」


「人助けはこの学園の本分だよ」

「まさか、お前に人の心があるとは知らなかったな」


「伝令」は契汰の頭にくっついたまま嘲った。


「しかしそんな能無しなら、生徒会としては使い道がないだろう。うちで引き取ろう、丁度人形作りの助手が欲しかったんだ」

「駄目だ華岡。もう彼には主人がいる」


「主人? 生徒会で飼うのか?」

「違うよ華岡。……この少年は式神なのだ」


「人間の式、神?」

「そうだ」

「まさかそんな、一体誰の!?」

 

 生徒会長は息を大きく吐き、眉間に皺を寄せた。


「総極院永祢だよ」

「あああああ」

 

 人形は頭を掻いた。何かに納得したかのように首を振っている。


「まさに七不思議、天然記念物レベルだ。お前が一年を囲いたい理由が解った。だがな、そういうことならウチも欲しいぞ!」 

「だめだ華岡。人間の式神は生徒会としても研究したい人材だ、そう易々とやれるか。それに我々はその代償として、彼の為に特別措置を敷くつもりだ」


「特別措置だと?」

「玲花、転入の為の学費試算を出してくれ」

「かしこまりました」

 

 桐生はまるで事前に用意してあったかのように、素早く資料の束と電卓を取り出した。


「藤くん、実家は遠いのよね」

「ああ、はい」

「三年分の学費、制服に教材費、施設利用費。下宿に入居として」

 

 コンピューターの如きスピードで桐生が試算を叩きだした。

 そのケタの数を数えて、契汰は頭がくらくらした。


「お、俺、こんなに払えません」

 

 弱弱しげな声の契汰に「伝令」は不思議そうな様子で尋ねた。


「これくらいなんだ、親に頼めばなんとかならんのか?」

「両親は小さい時に亡くなりました。親代わりの祖母も、もういません。後見人はいますけど、進学のために既にお金を借りています。絶対これ以上貸してくれません」

 

 これについては絶対の自信があった。甲宮高校に行くためのわずかなお金も出し渋った人達だ。あんな目玉が飛び出る様なお金を、出してくれるはずがない。


「後見人から借金だと?」

「はい。利子つきで」

「ひどい養い親だな」


「伝令」は慰めるように契汰の肩を叩いた。


「そこで折衷案だ。少年、学費も生活費も全てを賄う方法が一つだけある」

「おいおい、そこまで優遇するのか? いくらなんでもやりすぎだろ」


「それだけの価値が、彼にはある」

「さては、人間の式神ってだけじゃないんだな。一年の値打ちは」

「……」

 

 会長は黙りこくって、再び口元を隠した。


「アタシに教える気はさらさらないってことか」

「君は黙っていろ。いいか少年、帝陵学園生徒会の提示する条件を満たせば、学園の奨学金を得られる」

「条件ですか?」

 

 契汰は藁にもすがる気持ちだった。何せ契汰には帰る家も無ければ、借家も追い出されてしまった。それどころか、この学園から出れば死ぬ可能性もあるという。

 どれだけ困難な条件でも、なんとかして飲み込もうと契汰は覚悟した。


「そうだ、我が学園の奨学生となってもらう」

「奨学生?」


「まず条件を聞き給え」

「は、はい」


「一つ、小松寮に住むこと」

「小松寮?」


「生徒会が運営する寮よ。三食付きで、入居料を含めた寮費全てを免除するわ」

「三食付きの寮費を免除!?」

「君の引っ越し代も敷金礼金の前借分も全て負担する。当面の生活の心配はないはずだ」

 

 まるで夢のような条件だ。

 今まで敷金礼金、毎月の家賃が重くのしかかっていた。お金のために食事を抜かざるを得ないような事態だったのに(もっとも親戚宅でも同じような目にあったが)、三度の食事がついて入居費寮費がタダと来た。

 詐欺にひっかかっているのではないかと疑うレベルの好待遇だ。


「はい、なります、奨学生!」

「待て待て一年。条件はまだ一つめだぞ、この女は油断ならない」


「伝令」は契汰を会長から守るように小さな紙の身体で立ち塞がった。しかし契汰の気持ちは大きく奨学生に傾きつつあった。


 こんな条件を見送るほど、契汰は恵まれた育ちをしていない。


「二つ、物の怪討伐隊に参加すること」

「物の怪討伐隊?」


「ほら来た! 一年、物の怪討伐っていったら、お前が視た化け物の相手を四六時中させられる役割だぞ。特に最近は物の怪が多いからな、出ずっぱりだ」

「口を挟むな華岡。これは少年と生徒会の問題だ」

「馬鹿を言え! この一年は能力が無いんだろ、何をさせるっていうんだ!」

 

 会長は華岡の言葉を遮るように続けた。


「少年、生活費の面倒は寮に入ればみてやれる。だが学費となると話は別だ。討伐隊に入り功を上げれば、特別報奨金が入る。それを学費に充てることが可能だ」

「学生にお金が入るんですか」


「討伐隊は必要不可欠な存在だからな。志願する者にはそれ相応の対価が出る」

「おい一年、騙されるなよ。確かに討伐隊の報奨金は割がいい。だがな、それは危険が伴うからだ。過去には死んだやつもいる」


「死ぬ!?」

「滅多なことを言うな。優秀な医師達が典薬寮に沢山居るじゃないか」

 

 華岡は冷静に言い返した。


「アタシらは運がいいだけだ。異能ゼロを討伐隊に放りこむなんて、どうかしてる」

 

 どうやら華岡は契汰を心配して守ろうとしてくれているようだ。乱暴ともとれる言葉遣いや態度でわかりづらいが、根は優しい人なのだなと契汰は感じた。


「心配するな少年。君を前線には投入しない」 

「貴方が行っても、戦力にならないもの」

 

 桐生がズバッととどめを刺した。契汰は頭ではわかっていても、やはり傷つく。


「討伐隊に形だけ入隊させるわけか、それなら理解できる。だが一年、戦闘の前線ではなくても森は危険だぞ?」

「ですよね……」

「少年の人生だ、自分で決めろ」

 

 生徒会長が真っ直ぐ契汰の目を捉えた。契汰も目を逸らさず、見つめ合う。

 契汰は目を閉じた。


 ここで選択しなければならない。


 ただ学園の外で待っているのは、自分を蔑む人達だけだ。やっと手に入れた新生活も、もう泡となって消えてしまった……。


「俺やります、奨学生」

 

 契汰は覚悟を決めた。


「よかろう」

 

 生徒会長は肩の力をすっと抜いて微笑んだ。 

 桐生が手際よく契汰の前に書類を差し出す。


「藤くん、これが入学と奨学生の要件をまとめた書類よ。同意であれば署名と血判を。血判はこの針を指に刺して、その血で押すの」

「少年、最後の条件が残っているぞ」


「最後の条件?」

「必ずこの学園を生きて卒業することだ、心せよ」

「はい」

 

 契汰は覚悟を決めて署名と血判を押し、会長に差し出した。


「生徒会、承認!」

 

 生徒会長が大きな印を勢いよく書類の上に押した。

「改めて歓迎しよう少年。ようこそ、帝陵学園へ」

「ありがとうございます」

 

 これが覚悟を決めた人間の気分なのか、契汰は不思議と不安を感じなかった。


「伝令」は一連の儀式を見届けた後、諦めたように舞いあがった。


「アタシは典薬寮に戻る。おいそこの人形、いつまで油を売っているつもりだ、帰るぞ!」


「伝令」から伝わる華岡の声にどやされて、三枚の人形はびっくりして飛び上がった。 

 

 名残惜しそうにそれぞれが契汰の手をぎゅっと握ると、「伝令」に並んで開いている窓から外に飛んで行った。手の中に硬い感触が残る。掌を開いてみると、小さな閉じた貝殻だ。


 なぜこんなものを、と不思議に思いながらも、契汰はポケットに貝殻を突っ込んだ。


「はあ、やっと静かになりましたね」

 

 桐生が眼鏡をクイッと上げて安堵の表情を見せた。


「玲花、少年を小松寮に連れて行ってやれ。引っ越しの荷ほどきもせねばならんからな」

「かしこまりました」

 

 契汰は桐生に続いて生徒会室を出た。ここから新しい生活が始まるという場面だったが、ウキウキとした気持ちは感じなかった。新しい知識が多すぎて、頭がパンクしそうだ。


 結局最後まで、謎の声のことを、生徒会に言うことが出来なかった。


 なぜかはわからないが、言うべきでない気が契汰にはしたのだ。


 しかし最早そんなことはどうでもいいことだ。

 とにかく早く布団で寝たい、それしか契汰は考えられなかった。

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