第39話 物の怪に取り込まれた少年、そして最終決戦。
――一ツ目の中で、契汰は眠っていた。温かい羊水に浮かぶ胎児のように、身を委ねて浮かんでいる。
『邪魔が入った』
「邪魔?」
一ツ目の声だ。契汰は何の疑いも無く、無邪気に彼と話をする。
『このまま、ここに留まらないか?』
「ここに?」
まるで父が子に話すように、契汰は一ツ目に語りかけた。
『誰も汝を非難せぬし、傷つけぬ。こんなところを望んでいただろう』
「……そうだな」
契汰は答える。実際のところ、一ツ目の中はとても心地よかった。まるで親に庇護される幼子に戻ったようだ。どこか懐かしい空間に、契汰は浸りきっていた。
『我と融合せよ』
「どうして?」
『私は、汝の一部だ』
「そうなのか?」
『我と融合せよ』
「融合したらどうなる?」
『汝以外の人間どもを、一掃できる』
「俺以外?」
『そうだ』
「永祢は、ねこまるは、俺の友達はどうなるんだ?」
『必要ない。我と、汝さえいれば』
正直それもいいかもしれない、契汰はそう思った。
周りがどうなろうが、世界がどうなろうが知ったことではない。このままここで、懐かしさの中で生きられたら……、そんな思いがよぎる。しかし、温かく快適な赤い胎内を透かして、鋭い銀光がしぶきを上げて押し寄せてきた。
契汰は突然のことに、驚く。
「なんだ、この光」
『外など、気にせずとも良い』
(この光は……永祢の光だ!)
契汰は瞬時に思い出した。今までの経緯。そして自分が永祢と交わした約束を。
「帰らないと」
『何?』
「俺、帰らないと」
『ここが、お前の居るべき場所だ』
「約束したんだ。俺式神だから、ご主人さまの元に戻らないと」
『黙れ!』
その瞬間、契汰の瞳に光が戻った。
「俺の居場所はここじゃない!」
ついに契汰は、我に返った、契汰は辺りを見まわす。すると……、真っ赤な一ツ目の胎内には、壁一面にびっしりと目玉が張りついていた。契汰を今まさに喰おうと待ちかまえている。
「アアアアアアアアアアアアアア!」
悪夢のような光景に契汰は絶叫し、助けを求めて叫ぶ。
「永祢!」
契汰に呼応して、遥か彼方から少女の声が飛び込んできた。
「トホカミエミタメ、祓え給え清め給え、急々如律令!」
刀がまるで貴重な黒曜石のように、固く強烈な光を帯びる。刀身が力強く轟いて伸び、大剣に姿を変えた。契汰はあらん限りの力を振り絞って全身のバネを使い、剣を目標目がけて振り投げた。
「イッケェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
大剣は地獄をずぶりと貫き、一筋の光を鋭く描きだしながら物凄い勢いで闇を切り裂く。
「にゃあああああああああぁぁぁぁ!!!!」
「ぐげげげげあがげえげがあがががががげげげえががががあああああああああああ!!!!」
一ツ目の断末魔が轟いた。一ツ目は砂と噴石のしぶきで周囲の物を薙ぎ倒しながらのたうち回り、やがて動きを止めた。胎内に取り残された契汰は、動かなくなった塊の中でかろうじて息を保っている。
肉体の損傷と霊力の消耗は尋常ではなく、次第に意識が遠のいていく。
『終わっていない、まだ』
一ツ目の声が、胎内に響き渡った。
『我は、お前の一部』
胎内にどろりとした体液が充満し、満身創痍の契汰を取りこんだ。
『我は、お前の一部』
「がはっ……」
体液は口内に侵入し、契汰の気道を塞いで呼吸を遮る。成す術も無く契汰は、果てしない無意識の底に落ちてゆく。
そして契汰を取り込んだまま、塊は完全に沈黙した。しかし誰も、彼を助けだせる者はいない。ある者は肉体を、ある者は経脈を、ある者は意識自体を失っていた。
美しかった大剣は傷ついた猫へと姿を戻し、ぼろ布のように投げ出されている。そして最後に残った永祢も霊力の全てを使い果たし、大地に崩れ落ちた。
「けい、た……」
伸ばした手は空を掴み、やがて砂を掴む。指は震え、朝日が昇ろうとしているのに、彼女の瞳には暗いとばりが垂れこめてきた。
「ふたり……いっしょ……」
永祢は静かに呟き、目を閉じた。
「螺旋火炎!」
突如覇声が響き渡る。それと共に一ツ目の残骸を螺旋の猛火の渦が取り巻いた。大気まで焦がすような炎の渦に、永祢は閉じかけた目を見開いた。
「契汰ぁあああああああ!」
何者かが炎のもとに駆け寄る。身体のボルトを引きちぎるように外すと男の肉体はメラメラと膨れ上がり、隆起した。
「死ぬなぁああああああああ!」
いまだ燻る炎などものともせず、真っ赤になった残骸を力任せに叩き壊していく。そして巨大な炭の塊の奥底から一人の少年の肉体を引きずりだした。
しかし残骸からやっと見つけ出された少年は、息をしていなかった。
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