第10話 ズケズケ関西弁、登場
「こんな夜の森に、誰だ? ていうか、何で急に関西弁?」
契汰の頭は、疑問符でいっぱいになる。
「人間の式神なんぞ聞いたことがないがな」
姿が見えない声は続ける。
どうやら木の上にいるらしい。
「しかし弱そうな式神やのう。こらすぐ死ぬな」
顔を突き合わせているわけではいないが、初対面だというのにずかずかと言いたいことを言う声である。
「お前さんなーんも知らんようやから、教えといたるわ。式神は陰陽師の使役する存在よ」
「それが俺?」
「せや。さっき陣で呼ばれとったがな」
「陣?」
「陣は陰陽師が術を使うための、まあ装置みたいなもんや」
「光の輪みたいなやつか? 俺が浮いてた」
少女が出していた銀光を、契汰は思い出した。
「出てくるのはたいてい精霊や、神仏、悪ければ物の怪や。おまえさんみたいなただの人間なんて出てけえへんで! へなちょこわな」
見ず知らずの人間に「へなちょこ」と呼ばれて、契汰はむっとした。
「俺は式神なんて知らないし、なろうとも思ったことはない!」
「へ? 呼び出されたんやから少なくとも心得はあるんやろ、この道の」
「どの道だよ! 確かにちょっと変なものが視えるけど、それだけだ」
「ふぁっふぁっ、ほんまかぁ!」
姿の見えない主は笑い転げた。
「そんなど素人を勧請するなんてな! お嬢ちゃん何してんねん」
少女は謎の声をきっと睨んだ。
「勝手に、出てきた」
そっけなく言い捨てる。
「まあそないに怒るな。とにかくあいつをやってしまわん限り、生きて帰られへんで」
契汰ははっとして一ツ目を見る。
話が飛躍しすぎて、一ツ目の存在をすっかり忘れていた。
しかし、一ツ目は身動きが取れない状態にあるようだ。一ツ目の身体に、草のようなものが四方八方からまるで生き物のように這って絡みついていた。
「意外と効くな。葛のつるの術やが侮れんわ」
「あんたがやったのか」
「せや。しかし強力なもんではない。言うてる間に破りよるわ」
「陰陽師、なのか? あんた」
「そんな高尚なもんやないわ。そこのお嬢ちゃんはせやろうけど」
「じゃあ、言ってたことは本当なんだな? この人はあれをやれるのか?」
「……無理やろうな。お嬢ちゃんには」
永祢は一瞬の隙をついて契汰の腕を振りほどいた。
再び、まっすぐ化け物に向かって前進していく。
その後姿に、謎の声が吠えた。
「やめときお嬢ちゃん。あんたの霊力じゃ敵わんで」
「霊力って何だ?」
また新しいワードである。謎の声は契汰の問に答えた。
「ああ、術を発動する時に使う霊的な体力のコトや」
「見てわかるのか」
「まあ、ワシレベルならな」
「あの子は?」
「……ゼロや」
「は?」
「せやからゼロや! 霊力ゼロ!」
「はいいい?」
「あの嬢ちゃんほんまヤバいで」
「やばいの!?」
「せや。やからあの子を止めなあかんねん!」
「ちょ、ちょっとマジかよ」
「あの嬢ちゃん死ぬで」
「おいおいおい!」
契汰は血相を変えて少女を追いかけた。
「それ以上行くな! お願いだから!」
契汰の声が聞こえたのか、物の怪の前で少女は歩みを止めた。
「そうだ、そのまま、バックだ!」
しかし立ち止まったまま動こうとしない。少女はそのまま目を閉じ、精神を集中するように黙したまま、ゆっくりと長く息を吸い、そしてすぅと音を立てながら吐いた。
「トホカミ、エミタメ」
目を閉じたまま、小さく唱える。
するとペンダントの光が強さを増しはじめた。ペンダントは独りでに宙に浮かび上がり、少女が両手を掲げるとその間で静止した。
「かつて神に仕えし鏡よ」
暴れ回る物の怪が蔓に抗う轟音が響く森の中で、少女の声だけは、彼女特有の不思議な音域でもあるかのように、静かに通って聞こえた。
「今真(まこと)の姿を示し、力を授け給え」
永祢が力強く発すると、ペンダントが忽ち両手に余るくらいの見たこともない古鏡に変化した。現れた青銅色の鏡は、契汰が昔歴史の教科書で見た所謂「古来の神鏡」のような出で立ちだ。少し趣が変わった、花びらを模した神秘的な縁どりがされていた。文様はよく見えないが、蒼い光が鼓動するかのように走り、その美しさを際立たせる。
「
続けて発された言葉に呼応して、鏡からから小さな光の雫がこぼれ落ちる。雫は波紋を描き、光輪が浮き出てきた。
最初に永祢に出会った時に見た、銀の輪である。
「我の名は
鏡が物凄い早さで回転し始める。残像が幾重にも重なり、光の珠のように見えた。渦を巻く風に乗って、放射状に輝きを放つ。
「す、凄い」
契汰はその美しさに息をのんだ。
「あかん!」
その瞬間、蔓をとうとう破った一ツ目が少女めがけて爪を振り下ろした。
ザァァクッ!
服と肉が深く引き裂かれる音と共に、少女は布人形のようにくるくると投げ飛ばされ、地面に鈍い音を立ててめり込んだ。
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