第25話 美しい森は、魑魅魍魎が渦巻く
森の中は、手付かずの木々が荒れ狂うように生えている。月明かりさえ遮る茂った山は真っ暗で、誠の飛腱をもってしても移動しづらい。
木々がざわめいているのに、無音が続く薄気味悪い場所だ。虫の音さえも聞こえない。
「先陣があれだけの人数で進んでいるから、大丈夫とは思うが……もし何か見えたり感じたりしたら、すぐに小生に教えるんだぞ」
「うん」
夜目がきいてきた契汰は闇に目を凝らすが、電灯も無く、月光も届かない森では物の怪どころか先に進んだ討伐隊すら見えない。しかし、木々の隙間から何かがチラチラと動くものが視えた。
「……あ」
「一ツ目か!」
「わからない。けど、何か来る」
「待て、体勢を整える」
その瞬間、二人はおぼろげな光の粒たちに包まれた。不思議な光景に契汰は思わず見入る。
「これは、物の怪?」
「違う。これは……」
誠は足を止めた。蛍のように明滅する光は、様々な光を放ちながら契汰の目の前を舞う。
「これは、人魂だ。こんなに集まっているのは珍しい」
「人魂なのか。こんな数は初めて視たよ」
「鎮守の森には沢山いる、この世でありあの世であるからな。未練を残していまだ立ち去れない魂、あの世へ行けずに迷い込む魂も」
「あの世に行けない魂か」
「下界の無神論者が陥るとはよく聞く」
「信じられないんだよ、あの世が。自分の価値観と違いすぎて」
「そんなものなのか?」
「最近は多いよ、目に見えるものだけを盲信してる人」
「死してなお、迷うことになってもか」
「死んだ後でも、非科学的なものは信じないのさ」
「なぜ彼らは、目に視えない世界を受け入れないのか」
「異能が普通の世界にいないからかも」
「ほう。我々の存在を、あちらは知らないものな」
「そう、だから俺は視えるってだけでいじめられた。異能を受け入れる世界なら、人魂もきっと減るはずだ」
「哀しいことだ」
「だけど、綺麗だな」
光の海に見とれていると、人魂たちはすうと闇の一方に吸い込まれていった。
「どこに行くんだろう」
契汰がその方向に目を凝らすと、闇の中にぽっかりと楕円形の白地が現れた。その中に、更に黒、朱、黄の混在する円、そして更にその中に黒……。
「……目?」
「伏せろおおおおおお!」
鋭い鉤爪が契汰の上に振り下ろされた。間一髪のところで誠が契汰を突き飛ばし、爪を左腕で受け止めた。制服の上からギリギリと爪が誠の腕に食い込んでいく。食いしばった歯の間から呻き声が聞こえた。
「誠!」
「逃げろ、走れ!」
「馬鹿言うな!」
「いいから走れええええええ!」
誠は制服の上から右手で術を使おうともがくが、一ツ目の爪が目の前まで迫り身動きが取れないでいた。少し込める力を失えば、そのまま脳天を貫くだろう。
「誠、俺がなんとかする!」
「駄目だ逃げろ。これは小生の任務だ……」
「そんなこと言うな! ボルトを、あのボルトを外せば術が使えるんだろ!」
契汰は誠に走り寄ろうとした。一ツ目が契汰と目を真っ直ぐ合わせる。
すると契汰の足はまるで棒きれになったかのように動かなくってしまった。
「な、なんだよこれ!?」
「ぐぐぐ……」
誠に迫る鉤爪はもう彼の目をえぐらんとしている。契汰の口は渇き、絶望が押し寄せてきた。身体中が金縛りに襲われる中で、やっと右手だけは動かせた。鉛のような手で拳を握る。
(なんとかしなければ。なんとか一ツ目に注意さえ、こちらに向けることが出来れば)
それが彼の死を意味していることさえ、契汰にはどうでも良かった。
ただひたすら誠を助けたい。その一点が契汰を支えた。
「俺を、俺を狙えこの野郎ぉおお!」
契汰は無我夢中でポケットをまさぐり、手に当たった物を一ツ目に投げつけた。花火のような音と共に、赤い閃光が四方八方に放たれる。
闇に慣れた目に激しい光は眩しすぎて、契汰は目の前が真っ白になった。
不思議なことにその刹那、突然何かに吸い込まれるように身体が浮かぶ間隔に囚われた。
地面から足が離れ、宙に浮く。
「ああ、とうとう喰われるのかな。俺」
恐怖から固く目を閉じる。なんとか喰われまいともがいていると、やっと身体の自由が効くようになってきた。次第に目も光に慣れてきて、眩しさが和らいでくる。
「身体の痛みが無い、ということはまだ喰われてはないのか」
契汰は意外に冷静だった。目を開けたら化け物の腹の中、という事態も考えられるので、深呼吸をして気持ちを静めつつ瞼を開けた。
「……また、あなた?」
契汰の顔を覗きこんでいたのは、銀光に包まれた総極院永祢の澄みきった瞳だった。
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