第37話 囮になった少年

「ゴホッゴホッ」

 

 解放された桐生は、意識が無くなる間一髪のところで気道に酸素を流し込んだ。周りを見やると、精鋭の隊員たちも同じく一ツ目の拷問と蹂躙から解き放たれていた。

 一ツ目は動かない本体だけ残して、なぜか全ての触手を天に伸ばしている。


「こ、これは」

 

 桐生はこの奇跡が信じられなかった。どうして一ツ目は圧倒的優勢の中で、自分たちを放したのだろうか。


「くっ、くぅっ!」


 少女の声が、隊員の満身創痍の呻きの中で揺れる。


「何、誰なの!?」

 

 よく見ると、なんとその少女は総極院永祢だ。


 見たこともない古鏡に守られながら一人前に陣を張って、呪を行使している。少女は両手を大きく広げて銀光を渦のように放ちながら、空を睨んでいる。

どうしてこの状況で、総極院永祢のような霊力0がほぼ無傷で生き残っているのか、どうして懸命に呪を展開しているのか、桐生には訳がわからなかった。


「総極院永祢、そこで何をしているの!」


 桐生は自分の疑問を解決しようと叫んだ。永祢は答えない。桐生はその態度に苛立ちをぶつけた。


「答えなさい、私は補佐官よ!」

「うる、さい!」


 永祢が大声で怒鳴り返した。

 桐生は狼狽した。まさか学園内で、しかも総極院永祢のような最弱の異能に口ごたえをされるとは、夢にも思わなかったからである。


「わ、この私に向って、なんて口のきき方を!」

「今、闘ってる。私の式神が」

「貴女の式神ですって? まさか一ツ目と!?」

 

 桐生は慌てて、永祢に詰め寄った。


「式神って藤契汰でしょ! 今すぐやめさせなさい、さもないと死ぬわ!」

「やめても、死ぬ」


 桐生は言い返せなかった。結局のところ、彼が囮同然に飛び出していったからこそ自分たちは助かったのである。自分の無力さが情けなくて、拳を握りしめた。


「藤くんはどこに?」

そら


 桐生は空を見上げた。上昇していく契汰が、かろうじて肉眼で確認できる。


「あんなところに……一体どうやって!?」

「話しかけないで!」


 永祢は一瞬も契汰から目を離さないように、呪を唱え続けている。


「貴女、その呪……」

 

 桐生は息を飲んだ。


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