第24話 鎮守の森へ、死出の旅
スカーレットが生徒たちの前に派手に地面に着地すると、その熱波で例の如く地面の砂が真っ赤に溶けた。距離を取ろうと契汰を含めた全員が後ずさりする。
「討伐隊諸君、御機嫌よう」
厳かな口調の会長は、ドラゴンの背から滑り降りる。すらりとした長身に最高級の制服を着こなし、その脇には美しい元帥刀を携える。
会長が皆の前に歩み寄ると、一気に空気が緊張した。誰一人として、私語をしようとする者はいない。戸塚ですら当たり前のように黙りこくっている。
整列する彼らの制服は確かに学生服だったが、軍服のようにも思えた。桐生が騎乗したまま、討伐隊の集合状況を確かめている。まるで軍隊だ、と契汰は思った。
そして別高校の服を着ている契汰は、明らかに浮いている。
「会長、招集完了いたしました」
「欠員はいないか」
「はい」
「討伐隊諸君、集合御苦労。春の美しい夜に心苦しいが」
生徒会長は元帥刀の柄をカチカチと鳴らしながら、話を続ける。
「本日の任務は鎮守の森に現れた物の怪の討伐だ。烏の尾羽が三名、鎮守の森を巡回中に襲撃された。二名は離脱に成功したものの重傷だ……そしてもう一名は行方不明である」
討伐隊がざわついた。
「なぜ尾羽が森の中まで巡回を? それは生徒会補佐委員ではなく、討伐隊の責務では?」
「その通りです。皆さんはいつも、生徒会の補佐だけをなさるはずでしょう?」
口々に隊員が不平や皮肉を漏らした。それに対して、烏の尾羽と呼ばれている生徒補佐委員たちも、口々に反論し始める。
「静粛に」
桐生の呟くような注意で、すぐに空気は静まり返る。どうやらこの二つの機関は、ソリが合わないらしい。会長は構わず続ける。
「諸君には行方不明の生徒の捜索も、合わせて頼みたい」
救出、と会長が言わないところに、契汰は恐ろしさを感じた。
「物の怪の情報は」
討伐隊の一人が声を上げた。会長は溜息をつく。
「目撃者は重傷の二名のみだ。しかし彼らは発見された時既に意識を失いかけていて、ほとんど情報は聞き出せなかった。ただ聞きとれたのは……」
契汰の目を真っ直ぐに会長の眼が捉えた。
「一ツ目、とだけ」
契汰は背筋に氷水を流された感覚に陥った。
(あいつ、だ。俺らを襲ったヤツだ)
そして何故自分が呼ばれたのか、契汰は合点がいった。
「少年、物の怪の情報を」
その場にいる全員の目が契汰に向けられた。新顔の契汰を骨の髄まで観察しようとする視線が、契汰には痛かった。
「彼が目撃者と?」
討伐隊の隊員が聞く。
「そうよ、ただ一人無傷で生還した」
桐生が返す。
「まさか、尾羽がやられるほどの物の怪ですよ」
「君が昨夜目撃した物の怪も一ツ目だった、そうよね」
「はい」
その場にいる全員が「信じられない」という顔になった。
「どうやって逃げたんだ」
馬を契汰にけしかけるように走らせて、烏の尾羽が詰め寄った。
「それが、覚えてません」
「話になりませんよ、彼の夢物語やもしれません」
生徒たちから非難の声が上がる。
「本当です。総極院さんと一緒に見ました」
「総極院の、誰だって?」
「総極院永祢さんです、けど」
「彼女に助けられたと?」
「いいえ、彼女ぐっさり一ツ目の爪で切られてしまいました。大きな鎌のような、爪で」
尾羽たちは眉をひそめた。
「彼のいうことは事実だ、尾羽たちよ」
会長が静かに契汰を援護した。
「総極院永祢の傷と、今回の負傷者の傷は酷似している。まず同一の敵と見て間違いない」
烏の尾羽たちは、契汰の次の言葉を待ちうけた。契汰は大きく息を吸って、わかりやすいようにゆっくりと続けた。
「一ツ目は一つ一つの動作は遅いです、でも爪を現したら攻撃までの時間は短い」
「なるほど。物の怪はどのように行動する?」
「物の怪自体は、それほど速く動く印象はありません」
尾羽の一人がイライラして噛みつく。
「烏の尾羽が負傷しているのだぞ! 瞬間移動でもする物の怪でなければありえない」
「いえ、ただ闇の中にぽっかりと目が浮かんでいるっていう感じです。動き回る印象はありませんでした」
「総極院はどうして負傷したのだ」
「彼女は、その、自分から向って行って……」
烏の尾羽たちは呆れかえった。
「馬鹿馬鹿しい。会長、こんなどこの馬の骨ともしれない男を信用なさるのですか」
「勿論だ」
生徒会長は言い切った。
「彼の証言しか情報は無い」
ぴしゃりと言われた尾羽たちは、頭を垂れる。
「少年、それで全てか」
「はい、生徒会長」
「では参ろう。春の夜は儚い」
会長は再びドラゴンの背に登った。ドラゴンは土を灼熱の体温で溶かしながらゆっくり進んでいく。桐生率いる烏の尾羽の騎馬隊、そして討伐隊も後から続いた。
大きなしめ縄と札が張り巡らされた巨大な門が闇の中から浮き出てきた。
建礼門とは趣が違い、古代の日本を思わせる門構えだ。土と、木と、古びた瓦で覆われたその姿は、もはや禍々しささえ漂っている。
「羅城門だ……」
誠が呟いた。
「羅城門?」
「物の怪から人を守る門。そして、鎮守の森に入るための唯一の出入り口だな」
羅城門は大して風も吹いていないのに、ギイギイと音を立てている。
「これ、中に人とかいるの?」
「まさか」
契汰は息を飲んだ。誰もいないというのに、時折うめき声が漏れ聞こえる。
ドラゴンが歩みを止めた。桐生が馬の向きを翻し、全体に作戦を指示する。
「今回の任務は、探索が主だ。まず先陣を補佐委員が切る。討伐隊はそこから半円状に進め。それから」
桐生は契汰を見やった。
「君は前に決して出ないこと。陣形の後方からついてくるのよ」
その言葉に、誠が大声を上げた。
「桐生補佐官! 藤契汰も森に入らねばならないのですか?」
「勿論。彼は奨学生だもの、形だけでも討伐に加わる必要があるわ」
「彼は初陣です、後方といえど危険では? それに……異能もないと聞いております」
討伐隊が鼻で笑うのが聞こえた。烏の尾羽も嘲笑している。辛いことだが、誠の判断は正しいと契汰は感じた。危険を回避するためには、ありのままを伝えなければならない。
「金剛家の子息か」
会長は真っ直ぐ門を見つめたまま、呟いた。
「はい、一年生の金剛誠であります!」
「では……そなたに少年の護衛を任せる」
「護衛と?」
「そうだ。君は優秀と聞いている、それならば安全だろう」
誠は不服そうな顔をしながらもゆっくり頷いた。
「少年」
「は、はい」
「もし万が一、物の怪に遭遇したらこの玉を空に投げよ」
桐生から土で塗り固められた玉が、手渡された。少し火薬の匂いがする。
「ありがとうございます」
「うむ」
会長が微笑むと、ドラゴンが胴を大きくもたげ巨大な紅い焔を天に吐き、咆哮した。すると、重々しいら羅城門がギィィィと音を立て独りでに開き始めた。崩れ落ちるような唸り声が響き、土埃を巻き上げて門は口を開く。
「では諸君、死出の旅に成らぬことを祈る!」
そう言い残すと会長はドラゴンと共に飛翔し、森の中に去った。それを追うように桐生達も続く。討伐隊のメンバーも、指示通り飛び出して行った。
後に残ったのは、契汰と誠、そしてじっとこちらを見ている戸塚だった。
「金剛家も落ちたもんだな」
「無駄話をしている場合か? 会長殿の指示はどうした」
「なんてことないだろ、俺は俺のやり方でやる」
「やはり可哀想な男だ。査問にかけられるぞ」
「手柄を立てればお咎めなし、だろ。お前は隅っこでその能なしでも護衛してろ」
嫌らしい表情を浮かべながら、戸塚は森の中に消えて行った。
「誠、足手まといになっちまったな。すまない」
「友の命に関わることだ、君が気を遣う必要などない」
誠は再び契汰を担ぐと、跳躍して森の中に飛び込んだ。
風を切って進むと、背後からギギギと羅城門が閉まる音が聞こえた。
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