第31話 鎮守の森と行方不明少女

 ドサッ……。契汰は乱暴に地面の上に投げ出された。疲労と痛みをこらえながら身を起こし、目を開ける。しかし、周りはどっぷりとした闇に包みこまれて何も見えない。静かすぎる空間のためか、キーンという耳鳴りがするようだ。異常なほど音が感じられないこの場所に、契汰は覚えがあった。


「ここは……森か?」

「ダイレクト・インしてもうたか、まずいな」


「誠どこだー!」

「アホッ!」

 

 契汰の頬に猫パンチがお見舞いされた。


「何すんだよ!」

「そない大声出してどないすんねん! 物の怪に喰うてくれて、お願いしているようなもんやで」


「でも俺の友達が」

「解ってる解ってる、せやから焦るな。お前さんの友達は森の中やねんな」


「俺が勧請される前まではそうだったけど」

「状況をまず聞きたい。別れた時はどんなんやったんや」


「一ツ目が現れて、たぶん俺を狙って攻撃してきた。一ツ目はでかい鉤爪を使ってて、誠は俺を庇って腕で受け止めた。でも誠の額に爪が迫って……」

「中々の状況やな。お友達がどれくらいのやり手かは知らんけど」


「強いよ。といっても、俺は他を知らないけど」

「そこで勧請されてしもたんか」


「いや、その前に玉を投げたんだ。そしたら、赤くて凄い光が飛び散って」

「玉?」


「なんか、火薬の匂いがする玉だったような。貰ったやつだから俺はよく知らないけど」

「なんやろ、わからんな」


「それ、閃光玉」

「え、なに玉って?」

 

 永祢が銀の長く美しい髪を揺らしながら、ふらりと立ち上がった。


「閃光玉。目を眩ませるモノ」

「閃光玉か! ほなら契汰、行き先決まったで!」

 

 ねこまるがポンと膝頭を叩く。


「へ?」

「もどかしいやっちゃ。ええか、閃光玉っちゅうんは光を出すんやろ? なんでそんなもんを、ポンコツのお前さんに渡したと思うねん」


「ポンコツは余計だ。そりゃ目を眩ませるためだろ……あああ! そうか俺ポンコツだったわ!」

「お前さんがヤバイ時に投げろとか言われたんやろ。ということは、それは目眩ましではなく、お前さんを救出するためのツールやったんや」

「ってことは、誠は生徒会と一緒にいる!」

 

 契汰の心が少し楽になった。精鋭揃いの生徒会が駆けつけてくれるなら、これほど心強いことは無い。


「とにかく、森を出るで。友達が傷を負ってるのは間違いないんやからな」

「森にいると、危険だからか」


「せや。血を流してる状態では、物の怪をおびき寄せるからな」

「わかった。でも、森の中の位置がわからない」


「それは学園の生徒に聞くのが早いやろ。嬢ちゃん、ここどこや」

「……さあ」

「嘘だろ」

 

 このままでは八方塞がりだ。しかしねこまるは冷静だった。契汰の手の中で、ブツブツと独り言を呟いた。


「いや、ここに来たんは意味があるはずや。この森は守りが硬い、せやのに嬢ちゃんの腕でいきなりここに飛んでくるっちゅうんはおかしい。なにかキーがあるはずや……ここに飛ばされる理由が」

「キー?」


 契汰も辺りを見回した。しかし暗闇が濃い森で『何か』を見つけることは難しい。ところが見つける代わりに、違う物が契汰の五感に入ってきた。


「鉄臭い」

「なんやて?」


「なんか鉄の匂いがする」

「……契汰。下見ろ、下」

 

 言われるがままにすると、契汰の足もとに黒い塊が溜まっていた。べっとりと。


「これが臭いのか」

 

 契汰は塊を少し指にとって擦ってみた。


「それ、血」

 

 永祢が契汰の横に膝をついて、塊に触れた。銀髪がさらりと揺れる。


「え?」

「それ、血」

 

 契汰は急いで周りを見回した。転々と黒々とした塊がぺとり、ぺとりと落ちている。


「この血って、まさか誠の!?」

「ということは、ここは契汰と友達がおったところか!」

「そうなる、な」

 

 大量の血に、契汰は青ざめた。これだけの出血ということは、誠はかなりの重傷を負っておいたはずだ。


「ということは、や。森へは扉から入って来たんやろ、その方角に戻ればええ」

「方角って言っても」


「月はどっちに出てた?」

「月?」


「そうや。森を進む時、月はどっちに出てたんや?」

「ええと、背中側にあったような」


「右か左か」

「右かな?」

「そしたらざっくり南の方角に進んどるな。こっちや、急ぐで!」

 

 ねこまるが急に契汰の手の中で動いて、進むべき方向を指し示した。


「ちょ、びっくりさせるなよ!」

「あの一ツ目がもしまだおるんやったら、見つかる前に脱出せなあかん」

「もし、会ったら?」

 

 永祢が低いトーンで問う。相変わらず、目覚めが悪い猫のようにふらふらとしている。


「運が悪かったら喰われるな、運が良かっても死ぬな」

「ダメじゃん」

「せやから出来るだけ音を立てんように行くんや、なんか視えたらすぐ言うんやで」

 

 三人が進もうとした瞬間、急にあたりがふわっと明るくなった。辺りを見回すと無数の蛍が浮いている。ある種の既視感に、契汰は背筋がゾクッとした。

 そういえば人魂が出た後に……。嫌な予感がこめかみを流れる。


 ズプッ……。


 契汰が踏み出した足が、突然地面を貫いた。契汰はバランスを崩し、飲みこまれるように引き込まれる。


「なんやどうしたんや!」


 ねこまるが手の中で慌てふためく。


「地面が、無くて……」

「地面が無いぃ?」

「足もとに大きな穴が開いてる」

 

 穴と言うよりも、妙にふかふかとした空洞のようなものがぽっかりと地面に埋もれている感覚だ。


「大雨か何かで地面が陥没したのかも」

「はて、雨なんて降ったかいな」


「とりあえず体勢を立て直す」

「せやな。嬢ちゃん、なんか蔦みたいなんないか。掴まるものや」

「出せる」 


 永祢は口に指を当て、さっと呪を呟くと手からごくごく細い糸をするすると縒り出した。


「嬢ちゃん意外と器用やの。ほら契汰、あれに掴まれ!」

「そんな細い糸で大丈夫なのか」


「お前さんの霊力で編んでるやつかやから、たぶん大丈夫や」

「なんか頼りねぇなぁ」

 

 契汰はねこまるが落ちないようベルトに引っ掛けた。足を引き抜こうと地面に目をやる。


 すると、ぽっかりと開いた地面の穴の中から……ヒトが覗いていた。その口を開けたまま虚無を見つめる形相に、契汰はゾワッと鳥肌が立つ。


 ヒトの正体は目をじっとり開いた少女だった。帝陵学園の独特の制服がチラリと見える。


「人がいる、行方不明者かも!」

 

 そういうと、少女は目から血を流しながら瞬きをした。


「行方不明者やて? なんでこんなとこにおるんや」

「わからない。おーい、大丈夫か」

 

 少女は瞬きを繰り返すだけで、何もしゃべらない。その度に血がボロボロと流れ出る。


「一ツ目を討伐する時に、生徒が行方不明になってると聞いた。この穴に落ちたから無事だったのかもしれない」

「そらあかんがな」


「今から引き上げる」

「何言うてんねん! お前さんもこの穴に落ちとるんやぞ」


「早くしないと手遅れになる。もしこの状態で一ツ目に見つかったら、一瞬でアウトだ」

「そらそうやけど。ほんまお前さんはお節介やな」

「待ってろよ……」

 

 契汰は懸命に少女の下まで糸を繰り出しながら降りて行く。糸は不思議なほど強くて、ビクともしない。少女の真横まで身体をつけると、少女が眼球だけでジロリと契汰を見た。彼女はふかふかとした穴に手足を捕られて、身動きが出来ないようだと契汰は感じた。

 自分の糸を少しずつ解いて、少女に巻きつける。しかし、糸の長さが足りずしっかりと固定出来ない。


「糸が短いな。もっと糸を繰り出してくれ」

 

 永祢に呼び掛ける契汰を、見開いた目で捉える少女の口が、少しずつ開き始めた。契汰は妙に思いながらも、少女が何かを語りたいのかとその表情を見やった。

 どこかその面影に、見覚えがある。そして腕には、そこだけ焦げたような跡が……。


「君、門の前で俺を見つけた子?」 

 

 そう言いかけると、少女の口があんぐりと開いた。何か語りたいらしい。彼女の言葉を待とうと覗きこむ。


 黄色い歯が並び、底には黒い粘膜と真っ赤な舌がぬらりと控えていた。腐臭がする口の奥には、じっと見開かれた目が……。


「……あれ?」

「離れるんやぁあああ!」


 契汰のベルトからねこまるが飛びだし、目に向って自身を少女の咽喉ごと突き刺した。

 

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