第29話 古社での闘い2~猫のたまたま~

「危な!」

 

 契汰は間一髪のところで脱出した。


「全く滅茶苦茶な攻撃だな、あれじゃアイツ自身も怪我するぞ!」

「もう周りを認識出来ない状態なのです、まともな思考など出来ていません」


 猫又は苦しげに地面をのたうち回り、身体が傷だらけになっている。変化で引き裂かれた肉体が痛々しく、さらに傷が広がっていた。猫又が息絶える前に出来るだけ早く、陣に引き込む必要があった。契汰は覚悟を決めて、銀光の輪から一歩踏み出す。 


「行こう」

「ダメです、骨まで鼠に齧られますよ!」


 このままでは全員アイツに潰されるか、猫又が死んでたまたまが離散するのが先か、どちらにせよ大惨事になるのは目に見えていた。ならば、もうやるしかない。

 契汰は思いきり身体のバネを使って飛びだし、猫又に突っ込んだ。


「うおおおおおりゃああああああ」

 

 訳もわからず針を突き刺す。幸運なことに刃の切っ先は、猫又の牙と口元にヒットした。

 

 ギャアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ……

 

 牙の一本が砕け、血が飛び散った。猫又は痛みに怒り狂いさらに暴れた。

もっと悪いことに、あろうことか永祢のいる方角へと転げるように進んでいく。


(マズイ、このままじゃ永祢に突っ込んじまう。進路を変えさせないと!)


 その一心で契汰は動いた。手を地面につけたまま円を描くように鼠を蹴散らして契汰は走り、そして思い切り叫ぶ。


「こっちこい、こっちだああああああ!」

 

 猫又は耳を貸さない。わき目も振らず永祢に突進する。


「永祢、呪を発動しろ!」

「……もう少し」

 

 その言葉を言い終わらない内に、猫又は永祢を頭から咥えこんだ。


「やめろぉおおおおおおおおおおおお!」

 

 グワオオオオオオオオオオオオオオ……

 

 その瞬間、唸り声を上げた猫又の太ももの付け根が、黄金に輝き始めた。


「あれです、あれがたまたまです!」

「あの光か!」


「はい、たまたまの光です!」

「あれに剣をつきたてればいいんだな! ぐっ、なんだ!?」

 

 光の輪から外れた契汰の足へ、夥しい数の鼠が這いあがってきた。

余りの重さに身動きが取れない。


「やめろ離せ!」

「契汰さん、私を投げてください!」


「なんだって!?」

「いいから投げて!」


「そんなことしたらタダじゃ済まないだろ!」

「貴方の身動きが封じられた以上、このままではもう間に合いません。早くしないと、たまたまの妖力で、猫又自身が破裂してしまう!」

 

 猫が必死の声色で主張する。契汰もとうとう根負けした。


「わ、わかったよ!」

「正確に急所に打ち込むんですよ、チャンスは一回!」


「ぜってえ外さねえから、真っ直ぐ飛んでけよ!」

「私を信じて。私も貴方を信じます」

「いっけぇえええええええええええええええええええええっ!」

 

 契汰はありったけの力で真っ直ぐ猫又を射抜いた。その刹那、針が長槍に変化し、深々と見事に突き刺さる。 


 にゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!

 

 怪物のような、猫のような鳴き声がしたかと思うと、猫又は急激に小さくなった。大量にいた鼠も、鼠の死骸も、跡形も無く消え去っていく。


 残ったのは古いやしろと、静かな林を抱いた丘だけだ。


「永祢どこだ!」

 

 闇の中に、永祢が倒れていた。装束は解け、帝陵学園の制服がべっとりと血にまみれていた。その傍らには呪が解けた猫が、汚れた身体の毛づくろいをしている。


契汰は少女を抱き起した。


「おい待て、死ぬな!」

 

 永祢は答えない。


「俺のせいだ、俺が守れなかったから」

 

 契汰の頬に涙がつたう。


「もう嫌だ。こんなことになるなら、やらなきゃ良かった、こんなこと」

「……そのは大丈夫や、ようやったと思うで」

 

 突然、聞きなれた関西弁が響いた。しかもかなり至近距離だ。

しゃくり上げながら、契汰は反論した。


「いい加減なこと、言うな」

「いい加減と違うで。ワシはしっかり見とった」


「誰だよ、急に出てきてなんだよ!」

「誰て、何回も会ってるやろ」

「会ってる? ……あああああ!」

 

 契汰は鎮守の森で出会った、謎の声を思い出した。


「あの時の失礼な関西弁か! なんでこんなとこにいるんだ、出てこい!」

「目の前におるやないか」


「は?」

「お前さんの、メ・ノ・マ・エ」


 見慣れた三毛猫が、ぱっかと足を開いて毛づくろいをしながら、ニャアと鳴く。メスだったはずのその猫の股には、立派な二つのモフモフが鎮座していた。


 「お、オス猫ぉ!?」


 三毛猫は、ニッカと笑った。

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