#06

 事の顛末はこうです。

 周吾郎さんが結末に興味を示さないということは、示す必要がなくなったか、示したくなくなったかのどちらかだと考えてみました。

 示す必要がなくなったほうについては、とどのつまり他の誰かが示してくれるというからという答えに行き着くでしょう。示したくない場合は、そう思うだけの事件があったからだと思います。どちらも可能性の高そうな選択肢で、正直迷いました。

 なので、引っくるめることにしたんです。

 つまり「周吾郎さんは結末を示したくないと思う事件に遭い、その結果誰かに結末を委ねることにした」と考えました。

 では、そう思ってしまうだけの事件とは、何なのか。

 ……不快に思われたら、止めてくださいね。ここからはすべて私の推測です。

 私が気になっていたのは、美優さんの情報を手に入れたときのことです。周吾郎さんは日曜日にもかかわらず、市役所から裏技を使って情報を手に入れたと言っていました。特定の人物の情報を引き出すなんて、一般人ではまず難しいことなのに、周吾郎さんは平然と、しかも日曜日の午前にやってのけました。無理矢理押しかけて土下座したところで、あっさりと情報を開示する市役所ではないと思います。ではどうすればいいのかと考えると、方法はひとつしか思い浮かびませんでした。です。

 サスペンスを見ていただけで詳しいことは知らないのですが、警察に捜査協力を求められれば、役所も協力せざるを得ないところはあると思います。しかし周吾郎さんはあくまでひとりの高校生であり、警察ではありません。

 私の立てた仮説は、周吾郎さんの両親のどちらかが警察関係者で、それもかなり権力のある人物だ、というものです。たとえば警察署長クラスの人物が来たとなれば、市役所も情報提供を渋ることはないと思います。ということで不躾ながら、鶴見市や周辺の警察組織について、こっそり調べさせてもらいました。

 結果は、驚くほどあっけなく見つかりました。

 橘宗一郎。

 鶴見市を含む警察本部の本部長を務める警視長です。

 彼の苗字は、周吾郎さんと同じものだったんです。橘という苗字はそう多くないと思いますから、橘宗一郎と周吾郎さんは親子関係にあるのではないかと結論づけました。

 ここからは完全に想像の域です。恥ずかしながら、まだ何も調べられていません。

 大前提として、周吾郎さんは推理がとても得意です。父親が警視長を務める人物となれば、もしかしたら家庭内でも未解決事件や難事件の話を耳にすることがあるかもしれません。刑事さんの知り合いもいることでしょう。もしも周吾郎さんが解決が難しい事件の噂を聞いて、もしも自ら推理をして解決に導こうとすることがあれば――、

 もしかしたらそれは、「結末を示したくないと思う事件に遭い、その結果誰かに結末を委ねることにした」ことにつながるかもしれない、と思いました。

 私の考えた、周吾郎さんの抱える謎の行方は、こんなところです。

 まだ、正解は出ていません。


     ***


「……すごいな」

 しどろもどろになりながら、必死で頭を整理して話していく春瑚の姿に、そしてその推理自体も、周吾郎は純粋に賞賛した。

「僕は何も話さなかったのに、そこまで考えられていたなんて」

 春瑚は恥ずかしそうに頬を染めた。

「あくまで推測です。結局真相は明らかになっていませんから」

「いや、そうだとしても、僕は小日向さんに謝らないといけない。正直、小日向さんがここまでやれるとは、思っていなかった。きっとどこかで見くびっていたんだ」

 周吾郎は言う。

「かなり真に迫るところまで肉薄している。僕はこれまで披露してきた推理のなかで、少なからず優位性を感じているところはあっただろう。合格者名簿紛失事件以来、小日向さんに対しては自分の推理を展開しても問題ないと思っていた。ほとんど指摘されることがなかったからだ」

 黒に染まる世界は冷え込み始めているが、熱は増していた。

「初めての感覚だった。圧倒された。自分が隠しているものに対して推理を実行されて、核心まであと少しというところまで接近されるなんて。自分が探偵ごっこを興じていた相手は、いつもこんなふうに思っていたんだろうか」

「ああいえ、別にそんな大層なものではっ」

 推理を吐き出したことで、徐々に春瑚の威勢は弱くなっていたが、反比例して周吾郎の言葉は強くなる。語調こそ変わらないが、昂ぶりははっきりと見てとれた。

「結局最後まで、推理はできませんでしたし……」

「そうだ。答えまでたどり着けていなくても、正しい解法で徐々に真実を明らかにしていけば、相手にも諦観の念は浮かんでくる。こうなったらすべてを話していいとさえ思えてしまう。大事なのはそこからだ。いかに相手に話したいと思わせるか――話術の問題だ。小日向さんの最後まで導けてないという自信のなさは、少なくとも僕自身の口から隠していたものを話してしまおうという行為につながるものがあった。あるべき姿、とるべき行動のひとつに違いない。中学生時分の橘周吾郎は、それができなかったばっかりに、大きなミスを犯してしまった」

「……大きなミス、ですか?」

 周吾郎は肯く。

「あのとき僕は、重大な事件に関わる犯人に目星をつけて、一対一で対峙するところまで追い込んだんだ。……ああ、小日向さんの推理はすべて合っているよ。宗一郎は間違いなく僕の父だ。本部長の息子ということもあって、図に乗っていた面があったのかもしれない。だから僕は犯人を追い詰めたところで、最後の一言を間違えた。間違えてしまったばっかりに――」

 宵闇に包まれながら、周吾郎は、ふっと力をなくした声でつぶやいた。

「母を、失ったんだ」

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