#02

 部室の戸締まりや頼まれごとやらで少し時間をとられた周吾郎は、文太へ『遅れそうだから、住所だけ教えてもらえば向かうよ』と返信した。少しして送られてきたのは学校から十数分の距離にあるマンションだったので、二人は歩いて向かうことにした。

「茅島さんは……」

「忙しいってさ。昔から人付き合いは悪いんだ、あいつは」

 桜並木はすっかり青づいている。五月も中旬となれば段々と暑さも感じるようになってくる。長袖のインナーを着てくるべきではなかったと周吾郎は後悔した。

「そもそも、御子柴さんってどういう方なんでしょうか」

 向かう道程、春瑚がそんなことを言った。

 思えば、春瑚と文太が直接顔を合わせたのは「合格者名簿紛失事件」のときだけだ。周吾郎から文太には少し話をしたし、選択授業などで多少の交流はあったかもしれないが、おそらくは名前を知っている程度の間柄と変わらない。そんな人物の家に向かうというのだから、春瑚が疑問符を浮かべるのも当然の道理だ。周吾郎は笑って答える。

「立派な体躯で、運動も勉強もお手の物な秀才だね。僕なんかは足下にも及ばない。で、超がつくクソ真面目で、何事にも全力で取り組む粋なやつだ。試験勉強はもちろん、ボウリングに行こうとなったときもひとりだけめちゃくちゃ練習して臨んでた。一切の手抜きをしないという意味では、職人気質と評するべきかもしれない」

「すごいお方なんですね。周吾郎さんは昔からのお友達なんですか?」

「小学校まで一緒だったよ。中学生になるときに引っ越したけどね。高校でまた戻ってきたから、三年ぶりということになる。家に遊びに行ったことはあまりないかな。外で遊ぶことがほとんどだったから。まあ、あいつは昔も今も変わらないよ」

「周吾郎さんは変わったということですか」

「はは……。おや、まったく文太のやつ、部屋番号をメールに書いてないじゃないか」

 件のマンションは目抜き通りをいくつか入った路地にある。グレーを基調にしたデザイナーズマンションのようで、七階建てだ。玄関はオートロックになっていて、奥にはホテルのようなロビーが見えて周吾郎はいたく感動した。同時に自身の実家との対比を頭の中で描きながら落胆しかけていたところへ、見慣れた顔が手を振りながらやってきた。

「どうした周吾郎、浮かない顔だな」

「ああ。今ちょうど貧富の差を嘆いていたところでね」

「貧富?」

「うちのボロ家は知ってるだろう。もう築30年はくだらない。良い思い出があるわけでもなし、さっさと建て替えるべきだ」

「ボロだなんて……立派な家じゃないか。それに貧乏というわけでもないと思うが」

「つまるところケチなんだよ。これ以上心が貧しくなる前に早く行こう」

 先導する文太の後ろを歩きながら、周吾郎は春瑚の身振りを思い出して、小日向さんの家は由緒正しい家系なんだろうか――ということを考えていた。

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