#03

 翌日の放課後、周吾郎と春瑚が新聞部の部室を訪ねると、意外な人物が出迎えた。

「あら、橘くんじゃない」

 肩ほどの長さの茶髪と、勝ち気な印象のある表情。髪は伸びているが、人の顔を覚えるのが少し苦手な周吾郎でも、さすがに一ヶ月とそこらでは記憶は薄まらなかった。周吾郎は文字通り破顔する。

「どうも、お久しぶりです」

「そっちの“名探偵ちゃん”も、久しぶり」

「は、はい……」

 春瑚は周吾郎の制服の裾をつかんで後ろに隠れた。山崎は恨みがましいというより楽しげだった。一ヶ月と少し前に起きた「合格者名簿紛失事件」のときに春瑚はこの山崎にさんざ迷惑をかけたものだったが、山崎はさほど気にしていないようだ。竹を割ったような性格、という予想は遠からずといったところか。

「山崎先輩も新聞部なんですか?」

「そうよ。いちおう新聞部の部長で――とはいえ、部員はほぼいないけど」

 部室のなかへ案内してもらうと、なるほど新聞部は閑散としていた。

 資料らしき冊子やバインダーが詰め込まれた本棚が壁を埋めている以外は、二対二で向き合ったデスクがあって、うちふたつは型の古いデスクトップパソコンが、残りのふたつはこれも資料らしき書類が山積みになっていた。山崎以外に部員は誰もいない。たしかに新聞部は文化部部室の最辺境と呼ぶべき校舎四階の突き当たりにあるが、それにしても――という寂れ具合だった。周吾郎がそのことについて尋ねると、山崎も困った様子を前面に出して頭を掻いた。

「新聞部はもっか部員募集中でね。数少ない先輩たちも卒業しちゃったから、今はごらんの有様。今年誰も入らなかったら廃部だったかも」

「ということは、茅島は新聞部に入ったんですね」

 周吾郎が何気なく言うと、山崎は目を丸くした。

「きみは茅島のことを知っているの? そういえば、さっきも『山崎先輩“も”』と言っていたけれど」

「鋭いですね! まあ、顔見知りみたいなものです。今日は来ていないんですか?」

「ああ、実はちょっとね……」

 そこまで言ったところで、山崎は少し考え込む素振りを見せてから続けた。

「そうだ、せっかくだからきみたちの知恵も借りたいかな」

「というと?」

「謎めいたものが見つかったんだよ。新聞部でね」

「謎ですか!? なにか事件が起こったんでしょうか!?」

 たったその一言で、探偵・小日向春瑚はあっという間に息を吹き返した。変貌ぶりに山崎も少しだけ面食らっていたが、慌てることなく微笑んだ。

「事件というほどではないけど、ね。春瑚ちゃんに解けるかはわからないけど」

「まかせてください! 合格発表のときは波風を立てましたが、この小日向春瑚、今度こそはお役に立ってみせます! 大船に乗ったつもりでいてください!」

 春瑚は自信満々に胸を張る。皮肉げに言ったものだったが、まったく気づかれないのも考えものだ。山崎は困った様子で周吾郎に目配せしたが、周吾郎はどうしようもない――と言いたげに苦笑した。

 当初の目的とは違う方向に事が運びそうだったが、俯瞰してみればどちらも周吾郎にとっては同じことだ。周吾郎は襟を正す。

「いいですよ。時間も十二分にありますし」

「ありがとう! さっそくなんだけど、湊川の新聞部が毎月、校内新聞を発行しているのは知ってる?」

 後輩二人を椅子に座らせ、自分は立ったままで、山崎はどちらともなく問いかけた。質問には周吾郎が答える。

「たしか、『湊新報』ですよね。入学時に配布されていました」

「そうそう、さすが橘くんね」

 A4サイズのコピー用紙の両面に、その月に湊川高校で起こったイベントや事件やら今後の予定やらをふんだんに盛り込んだ情報紙。それが湊新報だった。

 入学オリエンテーションの際には「ようこそ湊川へ!」と大きな見出しが印字された湊新報四月号が配布されていたのを周吾郎は覚えていた。ちょっとした部活紹介や校内行事についての記事などが基本で、入学時の四月号には「学生として夢を持つこと」と銘打たれたコラムも掲載されており、これがなかなか技巧を凝らしたもので、周吾郎は素直に楽しんで読んでいた。同時に、失礼ながらも山崎先輩には意外な文才があるものだな――と思った。

「湊新報は昔から伝統的に続いている校内新聞で、文化祭で一般向けに配ったり、卒業文集にも三年生のときの一年分の湊新報を掲載したりするのね。だからバックナンバーは几帳面に保管されているんだけど、今日、おかしなものを見つけたの」

 山崎は山積みの書類の一番上に置いてあるバインダーを開き、パラパラとページをめくっていく。リングタイプのバインダーで、大量に綴じられた透明なスリーブには過去の湊新報と思しき紙が挿入されてある。背表紙には「湊新報全集 一九九五-二〇〇〇」と書かれていた。ということは、一〇年かそこら前ということになる。

「ほら、ここ」

 目当てのページを見つけた山崎は、後輩に見えるようにバインダーを差し出した。見開きの片方には今と変わらぬ姿の湊新報が封入されているが、もう片方はその限りではない。周吾郎は眉根を寄せながら、それを見て、困ったように口の端を歪めた。

 湊新報の代わりにファイリングされていたのは、一枚のメモだった。

 コピー用紙を手でちぎったようないびつな形のそれには、ボールペンの筆跡で、次のように記されている。


『キヨシに感謝する。彼女がいなければ、この自由は得られなかったのかもしれないのだから シタ』

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