#05
事の顛末は、話すまでもなかった。
「いやあ、流石だね。お見それしたよ」
扉の向こうに立っていた女子生徒――山崎は朗らかに笑うと、改めて周吾郎たちを自室へと招き入れた。三人のときはそうでもなかったが、四人を詰め込むとなるとやや狭さを感じるのが不思議なところだ。さっきまで嘘をつかされていた文太の緊張が解け、肩の荷が下りているからというのもあるだろう。
全員でテーブルを囲ったところで、さっそく山崎が口を開いた。
「でも、どうして犯人が私だってわかったの」
周吾郎は答えた。
「お人好しな文太は基本的に誰の頼みでも聞くと思いますが、『嘘をつく』なんてことは文太の一番苦手な分野だと考えました。文太とは旧知の仲です。歳をとって外面が変わったとしても、内面はそうそう変わらない。僕は文太が嘘をついたのをみたことがないんです。でも今回文太は嘘をついた。つかざるを得なかった。というのは、相手が逆らえなかったり、もしくは恩義を感じている人物だから。ターゲットに僕たちが選ばれたことも勘案すると、山崎先輩以外の選択肢はありませんでしたよ。それに、先輩と文太が合格発表前から知り合いだったのは、大方、マンションのお隣さんだったからでしょう」
「ご名答! 試すような真似をして済まなかったね」
となると文太、もとい御子柴家は文太の合格が決まる前から鶴見市に戻ってきていたということになる。もしこれで不合格だったら文太はどうなっていたのだろう――と周吾郎は不意に考えたが、推定の話をしても仕方がない。その文太はよほど堪えたのだろう、まだハンカチで額の汗を拭いていた。
「でも、文太は存外よく頑張っていましたよ。いかにも自分が住んでいるように振る舞っていましたから。相手が僕でなければ騙しとおせていたでしょう」
「やめてくれ周吾郎、こういうのは本当に苦手なんだ……」
「それだけの演技を見抜けるかどうか試されていたんです。まさか、これで終わりということはないですよね?」
「まあね」
周吾郎が尋ねると、山崎はにっと口角を上げた。
「君たちが探しものをしてるって聞いていたから、もしかしたら私の持っている情報が役に立つんじゃないかと考えたのさ」
「……探しもの?」
周吾郎ははっとして文太を見たが、文太はかぶりを振った。春瑚の兄のことは文太にもついさっき話したばかりだ。そのことをなぜ山崎が知っているのか――周吾郎が疑念を持つ前に、山崎は誰かから聞いたわけじゃないよ、と付け足した。
「壁に耳あり障子に目ありとはよく言ったものだね。君たち、たまに学校近くの喫茶店にふたりで行っているでしょう。あそこは私も中学生の頃から世話になっていてね。先日、見慣れた顔がふたつ並んでいるのを見つけたものだから、何をしているんだろうと伺っていたら、件の話が聞こえてきたってわけ」
「そうなんですか……びっくりしました」
「ならば隠す必要も、改めて説明する必要もなさそうですね」
心底驚いた様子の春瑚を横目に、周吾郎は言った。
「小日向さんの兄・倫也さんに関する情報というのは、何でしょうか」
「兄だよ。私の兄は湊川高校出身なんだ。だいぶ歳は離れているから、卒業したのはもう一〇年くらい前になる。それでもって、伊勢谷先生とは同級生」
「伊勢谷先生……」
春瑚は手を打った。
「ということは、私の兄とも同級生なんですね」
「ああ。今は県外で仕事をしているから直接は確認できなかったけど、メールで聞いてみたら、すぐにわかった。知っていたよ、小日向倫也さんのこと」
それから山崎は小日向倫也のことについていくつか話した。
聞く限り、小日向倫也は至って普通の男子高校生だった。クラスメイトのくだらない話に笑い、授業を真面目に受け、成績は中の上というところだったらしい。人付き合いは積極的ではなかったが、人柄もあって孤立するということもなかった。積極ではないというのはどういうことかというと、放課後になると友人の誘いを断り、決まってどこかを訪れていたらしい。そのどこかを知る人物はいなかったそうだ。家に帰っていただけではないのか――周吾郎はそう思ったが、帰路とは反対方向に自転車を駆っていたらしかった。
「でも、それだけでは有力な情報にはならないですね。せめて、訪れていたのがどこかわかれば手がかりになるんですが」
「私もそう思って、いろいろ深掘りしてみたの。するとね、どうやら目的地Xには同級生とふたりで向かっていたことがわかったわ。しかも相手は同級生の女子」
「同級生の女子……誰だろう、彼女っすかね」
「わからない。まあ、放課後にふたりで行動を共にするぐらいだから、彼女と言って差し支えないかもしれないけど」
それをここで言うのはどうなんだろう、と周吾郎は苦笑した。期待通り、隣にいた春瑚がえっあっそのっ私たちはそういうわけじゃっと頬を染めている。混乱する春瑚を余所に周吾郎は話を進めた。
「その女子の名前は? 同級生なら、お兄さんも知っていたんでしょう」
「ええ。彼女の名前は
周吾郎は納得した。教室の席が近いとか、たまたま組んだオリエンの班だとか、小さなところから交友が始まるのはおかしなことではない。横で顔を真っ赤にしている春瑚だって、あのとき文太の頼みを聞いていなければ、文太が他の誰かを思い当たっていれば、今と同じ形で出会うことはなかっただろう。
小日向倫也にとって武藤美優がどんな人間だったかはまだわからない。恋人か、大切な友人か。少なくとも、手紙にあった『僕のことをよく知っている人』には該当するに違いなかった。
「武藤以外とは特別な交友関係はなかったみたい。だから、小日向倫也のことを調べたいなら、彼女に聞くのが一番だと思うんだけど……」
山崎は眉をひそめて、言葉尻を濁した。周吾郎は尋ねる。
「なにか、心苦しいことでもあるんですか」
「ああ、いや、そういうことじゃなくてね」
どう話したものか――とでも言いたげに山崎は頬を掻いたあと、頭のなかで事実関係を整理するように、ゆっくりと告げた。
「彼女、三年前に自殺してるの」
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