#06(了)

 小日向の目は、あくまで探偵然としている。

「名簿の真相を話しているとき、私は周吾郎さんのことを見ていました。周吾郎さんは自身の推理について話している間、ずっと、心ここにあらずという表情をしているように見えたので、もしかしたら私が抱いているものとは違う考えがあるのかもしれないと思っていました。違いましたか?」

 小日向の言葉に、周吾郎は文字通り目を丸くした。

「ああ、なるほど。鋭いなあ小日向さん。なかなかの慧眼だと思うよ」

 級友の文太ですら――下手すれば周吾郎自身も気づかなかっただろう表情の変化に、小日向は気づいていたのだ。ひと呼吸置いて、周吾郎はメニューにある本日のコーヒーを頼んでみることにした。運ばれてきたのはコカマウという東ティモール産の豆を挽いたもので、苦味のあとに酸味を感じる不思議な味だった。

「乱暴な言い方をすると、謎解きの結末にはんだ」

 居住まいを正して、周吾郎は訥々と話しはじめる。

「たとえば、刑事ドラマみたいなサスペンス。僕も休みの日に観ることが多いけど、どうやって被害者を殺したのか、どのように密室状態を生み出したのか――みたいなことはとっても気になるんだ。ワクワクするね。

 ……でも、犯人が誰だとか、どうして事件を起こしたのかというところ……要するに、犯人の手口がすべて明かされたあとに語られるようなことは、ほとんど気にしたことがない。まるで興味を感じない。たとえ驚天動地の結末だとしても、全米が震撼するほどの衝撃だとしても、きっと僕は『そうなんだ』としか捉えられない。なぜこんな穿った見方になったかはもう忘れちゃったけど、我ながら難儀なものだよ」

 周吾郎は喉が渇く思いになった。口を湿らせるのにコーヒーは不向きだったかもしれない。慣れない嘘をつくものではなかった。周吾郎はわざと剽軽に振る舞った。

「そう考えると、僕らは真逆のようにも見えるね。小日向さんはなによりも事件の真相が気になるけれど、僕は真相にいたるまでの経緯しか気にならない。まさしく凸凹コンビだ。作品が作品なら、お茶の間を賑わす名タッグになれたかもしれないね」

「あら、奇遇ですね。私もそう思っていたところなんです」

 周吾郎は、自分の言葉を紛らわすために適当なことを言っただけだったのだが、小日向は思いのほか乗ってきた。

「周吾郎さんは謎解きがとても上手です。私はそうでもないのですが、ありがたい――いえ、不思議なことに、私の周りでは様々な事件が起こりやすい気がするんです。巻き込まれ体質というのかもしれません。周吾郎さんと私なら、往年のホームズとワトスンのような名コンビになれると思います。周吾郎さんさえよければ、どうでしょうか」

「どうでしょうかっていうのは」

「……ええっと。どうするかは考えていませんが、私が不思議に思ったことを周吾郎さんに持ちかけて、解決へと導くような形になると思います。そう考えるとワトスンというより、ホームズとレストレードみたいですね」

「たしかに。まあ、ホームズってのは買い被りすぎだけどね。もしかして部活のことを聞いてきたのは、そのための部活でも作るつもりだったのかな」

「あ、いえ、そういうことではないのですが……お邪魔になるといけないと思いまして。でも、部活動として動くのも面白そうですね」

 唐突ではあるが、悪い話ではなかった。

 謎解きが好きなのは事実であるし、もし小日向が本当に巻き込まれ体質で、行く先々で謎が起きるのであれば、謎解きの好事家としてこれを見逃すわけにはいかない。体質のような、目に見えないものを崇めるほど信心深くはなかったが、おこぼれに預かりたいと思う気持ちがないこともない。少なからず、受験のときも神に祈る心持ちにはなった。それに平凡な高校生が遭遇する程度の謎なら、父の宗一郎が気を揉むこともないだろう――。

 周吾郎はすっかり乗り気だったが、笑顔を浮かべつつも、少しだけ眉根を寄せた。謎を見つけたときの癖だった。

「面白そうだと思うし、華々しい高校生活を迎えるにあたって非常に興味をそそられる行為ではあるけど、気になる点がひとつ」

 それは奇しくも、小日向の持つ性質によるかすかな違和感だった。

「憶測の域を出ないんだけどね。考えるに、小日向さんはどうも、事を急いている印象があるんだ」

「急いでいる……ですか?」

「そうだよ。なにも、今日知り合ったばかりの同窓生といきなりコンビ結成、ましてや部活を作るだなんて。僕が第三者だったらそこまで急がなくても――とは思う。……だから考えてみたんだ。小日向さんは高校入学とともに、探偵コンビを結成するがため相方を探していて、結果として僕と接触しているんじゃない。小日向さんの行動の裏にはきっと、なにか別の理由が渦巻いている。それも生半可じゃない、きっと高校生活の行く末を左右するような――もしかしたらそれ以上の事情がある」

 小日向が息を呑む。肯定と見て、周吾郎は言葉を紡ぐ。

「もちろん、詳しい経緯はわからないけど。そうだね、経験則で考えるなら、急ぎの事態があって、衝動に駆られて行動を起こしている感じかな。……回りくどいのは苦手だから、単刀直入に言おうか」

 周吾郎はひとつ息を吐いて、問いかける。

「小日向さんはなにかしら大きな『』を抱えていて、手に余るものだから、僕のような人間にと画策している。違うかな」




「……周吾郎さんには、敵いませんね」

 少しの沈黙のあと、小日向は困ったように微笑むと、脇に置いてあるバッグから一枚の紙を取り出した。裏返すと、味気ない赤いシールが貼られているのが見える。便箋のようだった。表面に宛先は書かれておらず、裏面には流麗な筆跡で「我が妹 小日向春瑚こひなたはるこへ」と書かれている。

「これは、私の兄からの手紙です」

 他人宛ての便箋を手に取って言うセリフではない。自己紹介を受けたわけではなかったが、宛先の小日向春瑚は取りも直さず、目の前の小日向ということで良さそうだ。差し出された便箋を周吾郎は受け取る。機密文書ではあるまいし、手紙を受け取った以上、やることはひとつだった。

 封を開ける過程で小日向は――春瑚は、真剣な面持ちで言った。

「兄はこの手紙を残して、しまいました」

「消えてしまった?……」

 妙な言い回しをするな――と周吾郎は思った。

 もし本当に兄が行方不明だとかそういうことになったのなら、いなくなったとか失踪したとかの言葉を選ぶだろう。行方不明者が出れば届け出があるし、地元ともなれば当然騒ぎにもなる。朝のニュース番組は流し見ながらチェックしているが、直近で行方不明者の報道を見た記憶はなかった。

 言葉遣いに関して、感性の違いはあるかもしれない。

 それでも、春瑚の使った「消える」という表現、春瑚宛ての手紙が残されている事実、そして手紙に残された文章をゆっくりなぞっていきながら――周吾郎は、春瑚の言葉の真意を見た気がした。視線を合わせると、春瑚は真剣な表情をまだ崩していなかった。

「改めて、周吾郎さんにお願いしたいことがあります」

 周吾郎は唇をひと舐めする。

 言葉の続きを待ちながら、手紙に書かれた内容が意味するものを考えてみたりもしたが――およそ考えがまとまることはなかった。鼓動が速くなるのを感じながら、周吾郎は、ああ、やはり高校生活は謎に満ちている――と満足した。

 身体が熱いのはきっと、コーヒーだけのせいではなかった。

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