#02

 放課後の新聞部室で、数少ない部員である茅島柚希は年季の入ったノートパソコンを睨みつけていた。

「今のところ、有益な情報は見当たらんな」

 長い対面を終え、短い溜め息を吐く。慣れた手つきでパソコンをスリープさせると、柚希は錆びたパイプ椅子にもたれかかった。思わずあくびが漏れる。

「ブラウザの履歴は全削除、ローカルのディレクトリも掃除済み、ゴミ箱も空……サルベージも試みたが、ゴミファイルがぼろぼろ出てきただけだな」

「ゴミファイル?」

「使い物にならんデータの残滓だ。元の拡張子がなんだったかもわからん」

「復元して元の状態に戻す、みたいなことは」

「九十九パーセント、いや、私では一〇〇パーセント不可能だな。できるのはスペシャリストの類いだ。私は情報収集に関しては誰にも負けたつもりはないが、パソコンに関しては素人の域を出ていない」

 隣に立つ春瑚がパソコンの画面を覗き込んだ。月面から見た地球の画像が背景に設定されている以外、目立つ箇所はない。デスクトップも空のゴミ箱が置かれているだけで、ハードディスク内のディレクトリも最低限動作に必要なもの以外はことごとく抹消されている。いくら春瑚が眉間に皺を寄せても、顔認識で隠しファイルが浮かび上がることはない。

「私もパソコンはさっぱりです。周吾郎さんは?」

「人並みには。僕も専門家じゃないよ」

 倫也の部屋でノートパソコンを手に入れたまでは良かったものの、調査は難航していた。小日向倫也が使用していたと思しきパソコンには、およそデータと言えるものが残されていない。イタズラ好きであることから意図的に消したとも思えたが、それにしても用意周到だな――と周吾郎は舌を巻いた。

「見られたくないデータは常に持ち歩いていた、とか」

「可能性はあるな。USBメモリや外付けハードディスク……とにかく持ち運べる何かしらのデータ媒体に情報を残して、原本は完全に消去していたのかもしれん」

「ソトヅケ……?」

「ここではないどこかに、秘密のデータを隠していたかもしれないってことだよ」

 無政府芸術協会――限りなくグレーな組織に倫也が身を置いているのであれば、機密事項は漏らしたくないに決まっている。あまつさえ無政府芸術協会は匿名性の高い組織で、身元が割れるのは避けたいはずだ。とはいえ、それ以外のファイルもすべて消去しているのは用心深すぎる。

「私にできるのはここまでだ」

 柚希はパソコンを閉じ、周吾郎に返す。

「あいにく探偵趣味は持ち合わせてない。ここから先の推理だの捜索だのは、お前たちで好きにするといい」

「……相変わらずつれないね」

 周吾郎は微笑んだ。

「この間は、茅島のほうから推理を依頼してきたっていうのに。高校生になって変わったと思ったけど、やっぱり茅島は茅島のままだね」

「そういうお前は少し変わったな」

 柚希は目を合わせない。

「以前は良くも悪くも方法論主義を徹底していたが、今は答えを急いでいるように見える。らしくない。ハウダニットこそが我が生き甲斐、ではなかったのか。周吾郎」

「そんな、僕は別に……」

「そもそも、私にパソコンの解析を依頼してきたところから、かつての周吾郎とはかけ離れている部分を感じた。もとよりデータの隠しかたなどであれば、お前のほうが遙かに得意な分野だろう。謎は解けるようにできている、のではなかったのか」

 周吾郎は何も言えなかった。夕暮れの窓からは淡い日差しが差し込んでいて、背負う柚希の顔は暗くなる。

「それとも、やはり以来、自分主導で推理を進めるのが怖くなったか」

「茅島」

「あの事件……ですか?」

「なんだ。行動を共にしている割には、まだ何も話していなかったのだな、周吾郎。まあ、話すも話さないもお前の自由だが」

 柚希の笑みが微かな悪意を帯びる。

「己の行動原理くらいは説明しておいたほうが、失うものは少なく済むと思うがな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る