#07
周吾郎は再び名前を書いていく。
山下光太郎
楠和沙
三ツ股浩紀
椎原奏子
橋本芽以
小笠原由岐
伴汐美
今度はひとつではない。山下光太郎、楠和沙――柚希が調べ上げた名鑑にあった、かつての新聞部の名前がホワイトボードに記される。その隣に周吾郎は「キヨシ」と「シタ」を付け加えた。
「さっきの升さんと同じ考え方です。まずは『シタ』。これを同様に漢字として読もうとすると、どうなるか。……これは聞くまでもないと思いますが、どうでしょう?」
「ああ、『汐』だね。カタカナのシタを横に並べれば『汐』になる」
「そうです。もしかしたら山下光太郎の『シタ』かもしれませんが、そこまで直接的に書くなら『ヤマシタ』としてしまったほうが合理的でしょう。僕の推測においては、あのメッセージの差出人は、当時の新聞部である伴汐美さんだったと考えます」
「なるほどね。でもまたどうして、そんな面倒なことを?」
「僕にはわかりません。手慰みみたいなものではないでしょうか。先輩もそうであるように、新聞部の人間が言葉遊び好きの傾向にあるなら、昔もそういう人がいたっておかしくはないと思います。あくまで推測の域は出ませんが」
特に反論はないようで、山崎は何度か頷いた。周吾郎は続ける。
「問題は『キヨシ』のほうです。キヨシという文字を漢字に変換しようとしても、なかなかに難しいものがあります。先ほどさんずいとして扱った『シ』が末尾にあることからして、シタとは違うルールで命名されたものと考えていいでしょう。ではいったいどんなルールなのか。先輩はどう思いますか?」
「うーん……なんだろ、当て字とか?」
周吾郎はまじめに驚いた顔をした。
「さすが新聞部部長ですね! 鋭い視点だと思います。湊川高校が留学生に明るくない以上、キヨシが誰かの名前であるなら最終的には漢字に落ち着くのが道理ですから、象形での変換が難しいなら、音です。キヨシというのはある漢字を異なる方法で読んでみたときに浮かぶ音だと考えられます。そして、それこそがメッセージを宛てた人物の名前です」
「でも、キ・ヨ・シの音を当てた字ってことになると……」
山崎はホワイトボードを舐めるように見てから、首を捻る。
「このなかにはいなさそうね。てことは、新聞部外の人物?」
「いえ、僕は新聞部の人物だと思います。新聞部であった伴汐美が、ある理由があってニックネームを使い、新聞部のバインダーにメッセージを残した。ニックネームを使う間柄ならかなり親しかったと感じます。それに、隠したとはいえメッセージを残したのなら、多少は見つけて欲しい気持ちはあったでしょう。新聞部のバインダーなんて、部員と顧問以外はほとんど見ることがないと思います。その両方を考慮すると、メッセージの宛先は新聞部の人物と考えるのが妥当でしょう」
「たしかにきみの言うとおりだね。じゃあ、このなかにキヨシがいるってこと?」
「もちろん。考え方自体は、シタと似たものです」
周吾郎は空いたスペースにカタカナを書く。
キ ヨシ
「僕はキヨシをこう区切るものだと考えました。キヨ、だと該当する漢字が少なく思えるので、より絞り込みづらいようにするのが得策です」
「得策? どうしてそんな……」
疑問符を無視して、周吾郎は言う。
「キといえば、どんな漢字を思い浮かべますか」
「キ? そうだね、空気の『気』とか、木彫りの『木』とかかな」
「僕も同じ意見です。ここに当てはまる漢字は『木』だと思いました」
周吾郎は書き加える。
キ ヨシ
木
「さて槍玉に挙がるのは『ヨシ』です。良、好……これもいろんな漢字がありますが、結論から言うと、僕はこの漢字ではないかと思いました」
周吾郎はマジックでさらに書き足す。
キ ヨシ
木 佳
「またずいぶんとコアな字だね。たしか、皇族にいらしたような」
「ええ。僕はこれがキヨシの正体だと考えました。当てずっぽうだと言われるかもしれませんが、そもそもこのキヨシという読みがある人物の名前から連想して生まれたものであるのなら、その逆は総当たりになっても仕方がありません。ですが幸い、新聞部員のなかには、この『木佳』に当てはまる人物がいたのです」
山崎はもう一度名前のリストを見た。一人一人照らし合わせていくうちに――やがて山崎は「あっ」と声を上げた。後ろに座っていた柚希が、徐に口を開く。
「……なるほど、合字だな」
「まさに」
周吾郎は『木』と『佳』を、縦に細長くして、並べてみせる。
椎
そうして浮かび上がった文字は、『椎』。
新聞部のリストには――同じ字を持つ「椎原奏子」がいる。
「僕の導いた結論を述べましょう」
周吾郎は言う。
「新聞部に残された怪文書の正体は――かつての新聞部員であった伴汐美が、同じ新聞部員である椎原奏子に向けたものであると推測できます。たしかにキヨシといえば多くの人間は男を思い浮かべますので、仮に見つかったとしても女子生徒だとはわかりません。わかるのは宛先のキヨシくらいでしょう」
「だが、まだ謎は残っているだろう」
柚希は腕組みして反証を挙げる。
「メッセージを残したのが伴氏だったとして、残されていた文章の『自由』とは何か。なぜその自由を得られたことに感謝したか。そして何より、どうしてメッセージを隠すような真似をしたのか。そこが明らかになっていない」
「いいね茅島。そこに気づくとは、やはり探偵の才覚があるよ」
「やかましい」
柚希の言う通り、周吾郎はただメッセージの差出人と宛先を推測してみせただけに過ぎない。仮に推測が当たっていたとして、真相をたしかめるためには伴と椎原のどちらかに話を聞く必要がある。
だから、まだ推理ははじまったばかりと言えるのだが――周吾郎はなんてことはないというように笑ってみせた。
「その点については、本人に直接聞くのが良さそうです」
周吾郎の言葉を聞いて、山崎は思い出したように言う。
「そういえば、人を呼んでるって言ったよね。もしかして、伴さんと椎原さんのどちらかがこの学校にいる人なの?」
「おや、山崎先輩なら気づくかと思っていました。先輩自身が仰ってましたから」
直後、新聞部の入り口がノックされた。扉がゆっくりと開いていくのを眺めながら、周吾郎は口にする。
「女性なら、結婚して苗字が変わってしまってるかもしれないのでしょう。そう考えるなら椎原も伴も名前で探してしまうのが賢明です。あいにく汐美という人は近辺に心当たりがいなかったのですが、幸い、奏子という名前の知り合いなら一人だけいました。そこまで多く使われない漢字ですから、ある程度確信はありましたが――ビンゴです」
扉の向こうにいたのは、神妙な面持ちの小日向春瑚と。
山崎もよく知る生徒会顧問の教師、伊勢谷奏子だった。
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