#05

「そうか、茅島は橘くんと同じ浪川中出身だったんだね」

「話すようなことではなかったので」

 柚希は立ち止まることなくデスクのひとつに座ると、鞄を開ける。取り出したのは何枚かのコピー用紙だった。

「どうぞ。これが欲しかったのでしょう」

「ありがとう! 助かるわ」

「差し替えられた湊新報と同じ年代……一九九八年の全学年名簿、ですか」

 パソコンを立ち上げ、柚希は頬杖をつく。

「湊新報に関わったすべての生徒、というのは存外多岐にわたるものでな。さしあたって、最低限必要な情報だけは用意したということになる」

「いや、それだけで十分だよねって話を彼らとしてたんだ。むしろ助かるよ」

「彼ら?」

 柚希は首を捻って、周囲を見た。そこで初めて春瑚と目が合うと、しばらくの間、選別するような眼差しをじろじろと向ける。

「……誰だ?」

「小日向春瑚です。一年生です。よろしくお願いします」

 春瑚は慇懃にお辞儀した。ところで春瑚は人見知りをするほうで、初対面が相手の場合はなにかと遠慮しがちなことが多かった。今も、いつの間にか周吾郎の斜め後ろに隠れてしまっている。周吾郎は付け加えた。

「高校に入ってからの友人でね。訳あって、一緒に行動することが多いんだ」

「なるほど、そういうことか。周吾郎と行動を共にしても苦にしないのであれば、さぞかし豪胆の持ち主なんだろう。私は茅島柚希。今後ともよろしく」

 酷い言われようだと周吾郎は憤慨したが、視線で笑われた気がして、仕方なく話題をクラス名簿に戻す。

 A3サイズの用紙には学生名鑑の見開きページが印刷されてある。湊川は一学年六クラスのため、用紙はもちろんぜんぶで六枚……というわけではなく、別にもう一枚プリントされたものがあった。残る一枚は名前の羅列の横に部活動名が記されている。どうやら所属している部活を記載したものらしい。

「このなかで新聞部だった人物を探すというわけですね」

「ああ。……そこまで人数はいなさそうだね」

 山崎は黒のマジックペンを取り出して、印を付けていく。


 一組 山下光太郎

 一組 楠和沙

 二組 三ツ股浩紀(園芸部兼任)

 三組 椎原奏子

 三組 橋本芽以

 四組 小笠原由岐(書道部兼任)

 五組 伴汐美


「キヨシ、という苗字の方も、名前の方もいませんね」

「ついでに言えばシタも見当たらないね。新聞部以外にもいないようだし……うーん、見当違いだったかな」

「そういえば確認なんですが」

 周吾郎は思い出したように言う。

「差し替わった湊新報、それの内容は何だったんですか? 入れ替えでメッセージが挿入されたのであれば、その新聞自体がキーになるかもしれません」

「ああ、それがどうもわからないのよ」

「わからない? どうしてまた……」

 問われた山崎は、悩ましげに頭を掻いた。

「湊新報が入っていた前後のページは一九九八年の九月号と一〇月号で、連番になっていたのよね。この時期に増刊号を入れるなんて話は聞いたことがないし、大本の原稿がなくなってしまっているんじゃ、中身を確かめようもなくてね」

「ははあ、なるほど」

 バインダーをもう一度眺めると、山崎の言うとおり、間のメモを抜かしても湊新報は連番になっていた。そこにもう一枚、湊新報が発行されていたのであれば号外の臨時紙ということになる。号外ともなれば重要な事項が書いてありそうだが、このままでは到底たしかめる術はない。ちぎられたメモに睨まれているような思いがした。

 周吾郎はデスクに座る柚希を見る。柚希は傍らで行われている審問会に意を介さず、黙々とテキストエディタと向き合っていた。周吾郎はあえて問いかける。

「茅島殿。きみはどんなふうに推理する?」

「……そう来ると思ったがな」

 柚希は不機嫌そうに眉をひそめる。

「何度も言ったろう。私は求められればどんな情報でも調べ尽くして提供するが、推理には参加しない。これまでも、これからも、絶対にな」

「『』だっけ。相変わらず難儀だね」

 ふんと鼻を鳴らして、柚希は元の作業に戻った。やはり手伝う意思はないようだ。

「あの、このなかに今も学校にいる方はいないんでしょうか」

 不意に春瑚が言った。

「もしいらっしゃるなら、会って話を聞いてみるのが早いと思うのですが。当時のことにも詳しいかもしれませんし」

「うーん、それは難しいかもしれないわね。一九九八年の卒業生といったら一〇年前だから……年齢で言えば二〇代後半ね。就職真っ盛りの時期、地元にいるかどうかも怪しいわ」

「でも、もしかしたらUターン就職ということで、地元愛がある方なら戻ってきているかもしれません。調べてみる価値はあると思います」

「可能性はゼロじゃないけど、どうしてそこまで会うことに固執するの?」

「? どうしてって、もちろん卒業文集です」

 山崎はわけがわからないという顔になった。春瑚はそれを察知して、ええと、と狼狽しつつ、話すことを指折り整理してからもう一度口を開く。

「もしも当時の卒業生の方にお会いすることができれば、卒業文集を見せてもらうことができるはずです。そこにヒントがあると思うのです。ええと……」

「新聞部の伝統が昔から続いているのであれば、」

 そこから先は周吾郎が引き継いだ。

「当時の卒業文集にも、その時代の湊新報が掲載されているはずです。もしも号外の湊新報が存在するのであれば、卒業文集にも載せられている可能性はあるでしょう」

「ああ、なるほど! そういうことね」

 山崎は膝を打った。春瑚は伝わって安心したのか、ふうと息を吐いている。小声でありがとうございますと聞こえて、周吾郎はひらひら手を振った。

「とはいえ、やはりかつての卒業生を探すというのはなかなか難しそうね。ひとりひとり卒業後の進路を洗っていく必要がありそうだし、女性なら結婚して苗字が変わってしまってるかもしれない。うーん、先は長いねえ……」

 山崎は頭を抱える。春瑚も同じように唸っていた。

 周吾郎は手近なパイプ椅子に座ると、少し目を伏せる。メッセージの内容に思いを馳せながら、クラス名簿に書かれてあった名前をひとりひとり紐解いていく。

 メッセージのシタは、キヨシに対して敬語を使っていなかった。ということは年下か、もしくは同学年になる。さらにキヨシに対するメッセージが新聞部のバインダーに挟まっているのだから、キヨシが新聞部である可能性は高い。そうなると……

「先輩。そろそろ次号の湊新報についての打ち合わせの時間です」

「え? ああ、そういえばそうだったね、すっかり忘れてたよ」

 柚希の言葉を受けて、山崎は微笑を浮かべる。

「ふたりとも、今日はありがとう。ひとまずは私のほうで調べを進めてみることにするわ。なにかわかったら……そうだね、御子柴経由とかで連絡しようか」

「わかりました。では、これで失礼します」

 周吾郎は存外あっさりと新聞部を辞した。春瑚は名残惜しげだったが、周吾郎の背中とバインダーを交互に見つつも、ぺこりとお辞儀をして部室を出た。

「……結局、兄のお話はできないままでしたね」

「あ、そうか。それが目的だったね」

 言われて、周吾郎も思い出す。春瑚はあははと笑った。

 元々は春瑚の兄・小日向倫也に関する情報を集めようと新聞部を訪れたはずだったのだが、いつの間にか話題がすり替わってしまっていた。とはいえ、春瑚も周吾郎もそこまで残念がってはいない。据え膳食わぬはなんとやら、目の前に謎があるのであれば、推理好きの高校生二人の好奇心が奪われても仕方のないことだった。

「明日また行けばいいさ。そのときになれば、良い報告ができるかもしれない」

「良い報告?……」

 春瑚は周吾郎の顔を見る。どことなく気怠げな表情が一瞬、かすかに憂いを帯びたものになったのを見逃さなかった。春瑚は瞳を輝かせる。周吾郎は少し後悔した。

「周吾郎さん。なにかわかったんですね」

「なんでまた、どうして」

「一瞬だけ、表情が変わりました。あのときと同じ顔です」

 不意に視線を合わせると、春瑚は背伸びをして周吾郎に顔を寄せていた。天真爛漫にきらめく満面の笑みを見て、誤魔化しようがないな――と周吾郎は苦笑する。

「……小日向さんは、カウンセラーに向いているかもしれないね」

「ありがとうございます。それで、どんな意味だったんですか、あのメッセージは」

「一旦落ち着こう。なにもすべてがわかったわけじゃない」

 周吾郎が歩き出したので、春瑚もそれについていく。足取りは昇降口には向かっていなかった。思わず問いかける。

「どこへ行くんですか?」

「職員室だよ。僕の考えが正しければ、そこにいる」

 誰が――とは聞かずに、春瑚は首を捻った。周吾郎は背を向けたまま言う。

「行こう。メッセージの真相は、そう遠くない」

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