第五話 中ボスによるラスボス相手の下剋上
「――ここからは私の物語」
啖呵を切ったのはいいけれど、どうしたもんでしょうね、これ。
ロア・アウルの銃撃を障壁で受け止めて離陸した邪竜とエメデン枢機卿の真後ろをついていく。
ゲームの時よりもはるかに強化されているっぽいんですけど?
三次創作世界にしてしまった弊害ですかね。
とりあえず、もう一発!
ロア・アウルによる銃撃を浴びせると、邪竜が左へ旋回した。
エメデン枢機卿の障壁が強固とはいえ、ロア・アウルの威力で何度も撃たれたくはないらしい。
つまり、攻撃自体は有効ってことですね。
ゼロを右に旋回させて邪竜から距離を取り、仕切りなおす。
「アウルさんは死んだと聞かされていたんですが?」
エメデン枢機卿から楽しげな念話が飛んでくる。
えぇ、死にました。
三途の川からUターンしてきたら、隠れ家のある無人島の岸辺でしたよ。
三次創作世界への上書きが行われたことで私の生存フラグが立ち、うまい事復活できたらしい。おかげさまで、蘇生アイテム聖陽翼は魔力を失って正真正銘のアクセサリーになってしまった。
復活を記念して隠れ家でぼっち祝勝会を始めようとしたらサッガン山脈方面でラスボス戦開始の赤い光の柱が見えて、隠れ家に安置してあったゼロの予備機に乗って飛んできたのだ。
強化されちゃっているエメデン枢機卿と邪竜を見れば、あわてて飛んできて正解だったと思う。
ナッグ・シャントたちも魔力切れ。サムハさんとテイラン君の姿もあるけれど、同じく魔力切れらしい。
「ところで、バステーガ・ドライガー氏に恨みを晴らしに行かなくていいのですか?」
『撃墜した』
ハンドサインで答えると、エメデン枢機卿がサッガン山脈の向こうを見た。
お誂え向きに真っ黒いブレスを邪竜さんが放ってくれたので、つい、グラビティ・ドローを使っちゃった。
王国竜騎兵隊とドライガー家が大乱闘しているのもあって、この空で放たれたすべての攻撃を一身に受けることになったバステーガ・ドライガーは多分、即死じゃないかなって。
私もサッガン山脈の向こうを見るけれど、大乱戦はまだ続いている。しかし、ドライガー家の竜騎兵は動きが鈍くなっている。強化魔法が切れたからだ。
数の優位で王国竜騎兵隊が盛り返しつつあるし、大将が撃墜された今、もうあの流れは変わらないでしょ。
エメデン枢機卿が困ったような苦笑いで私に視線を戻した。
「改めて、誘います。こちら側に来ませんか?」
『いいえ』
「では、致し方ないですね。――あなただけは生かしておけなくなりました」
ですよね。
幾ら邪竜とエメデン枢機卿のコンビが強くても、障壁魔法が堅固でも、私だけは無視できない。
バステーガ・ドライガー亡き今、エメデン枢機卿は完全に孤立しているし、王国側にはまだ戦力が残っている。
そして、私は瞬間的に火力を一点に束ねるグラビティ・ドローが使える。
エメデン枢機卿の障壁を破壊して死に至らしめる可能性がある魔法を使えるのだ。
だから、ドライガー家の竜騎兵が全滅するか、ナッグ・シャントたちの魔力が回復するか、私がグラビティ・ドローを再使用できるようになる前に私を撃墜しなくてはならない。
時間との勝負ですよ?
なので……逃げる!
ゼロを右に傾けて横倒しにし、旋回半径を狭くして邪竜に背を向ける。
風魔法を使用して全力加速。
時間稼ぎすれば私の勝ちが確定ですもん。
果敢にして勇猛な逃げの一手を打たせてもらう。
私は死にたくないんです!
「逃がすわけがないでしょう!」
邪竜が急加速して追いかけてくる。
まぁ、私も逃げ切れるとは思ってないですけどね。少しでも時間を稼ぎたかっただけですよ。
追いかけてこないで欲しかったけど。
ゼロの上に仰向けになり、追いかけてくる邪竜の速度を確認。
速い。加速力でいえばミトリと同等クラス。テイラン君には劣るくらいかな。
ゼロに浮遊魔法を作用させて上昇する。
邪竜は平気でゼロに続いて上昇してきた。
通常の竜よりも一対多い四枚の翼を揃えて剛性を増し、浮遊魔法を併用した加速上昇もできるらしい。
あの様子なら、ゼロお得意の鋭角スプリットSも再現してのけそう。
……あれ、エメデン枢機卿と邪竜って、私とゼロの完全上位互換じゃないですかね?
うっわぁ、来るんじゃなかった。
でも三次創作世界に上書きしたのは私だし、責任取らないと……。
上昇させていたゼロの機首を下げて水平飛行に戻す。
左に横倒しにしつつ左旋回。
旋回性能もゼロと同等かぁ。
これ、全力で逃げても追いつかれるんじゃないですかね?
後方を追いかけてくる邪竜へと銃口を向け、引き金を引く。
射程はこちらの方が広いらしく、エメデン枢機卿側の応戦はない。ぴったり後ろにくっついて隙あらば攻撃し、邪竜の魔力が回復したらまた漆黒のブレスを吐いてくるんですかね。
時間稼ぎがしたいのは向こうも同じかな。
少しでも向こうの魔力回復を遅らせたいのでロア・アウルで二射目を放つ。
並の竜騎兵の障壁ならロア・アウルで二発も銃撃されれば砕けるのに、エメデン枢機卿の障壁はいまだにヒビも入っていない様子。
ゲームの時より障壁も強化されてるっぽいなぁ。
左旋回で二週目に入ろうとすると、エメデン枢機卿が後方に魔法陣を展開した。
魔法陣から靄が発生して小さな雲を作り出す。ゲームにもあった設置系の魔法、クラウド・トラップか。
二週目はしたくないらしい。
エメデン枢機卿に三射目を浴びせつつ、左旋回を取りやめて高度を落とす。
三射目でようやく障壁にひびが入ったけれど、すぐに修復された。
四、五発で障壁を破れそうだけど、修復される前に撃ち込むのは厳しい。
ロア・アウルの弾倉を入れ替えつつ、上半身を起こす。
邪竜とエメデン枢機卿のスペックは大体分かった。
様子見は終わりにして、本気で行こう。
サッガン山脈方面へと機首を向け直し、高度を落として速度を上げる。
ゼロの機動からこちらが勝負を始める気だと気付いたのか、邪竜が警戒しながらも追いかけてくる。
エメデン枢機卿が魔法陣を描き、強化魔法を発動するのが見えた。
魔法陣を纏った邪竜の速度が目に見えて早くなる。
結構な威力の強化魔法らしく、ゼロとの距離がグングン縮んできた。
私は正面に目を向ける。
サッガン山脈の山肌が見える。ナッグ・シャントたちが散々暴れたこともあって、雪に覆われているはずの峻嶮なサッガン山脈は地肌を露出していた。
あれは使える。
ゼロの機首をサッガン山脈の麓に広がる森へ向けてダイブする。重力に引き寄せられての加速はゼロの最高速度をやすやすと突破させてくれた。
後方からは邪竜が同等以上の速度で迫ってくる。軌道はゼロと同じ。ごり押しで距離を詰めてエメデン枢機卿の魔法を炸裂させれば、勝負が決まると思っているらしい。
森の直上三メートルで水平飛行に切り替える。ゼロが巻き起こす風で森の木々が大きく波打ち、あたかも緑の湖面を行くかのよう。
エメデン枢機卿が攻撃魔法陣を五つ展開した。私とゼロを間合いに捉えたらしい。
肩越しに振り返り、エメデン枢機卿の攻撃魔法陣を読む。追尾系の炎魔法、プロミネンス・ストーカー。結構な高威力で速度があり、追尾もできる優れものだけど、魔力消費がかなり多い魔法だ。それを五発同時展開とは、豪勢ですね。
何としてでも私を落としたいらしい。簡単に落ちる女じゃないんですよ、私は?
魔法陣が発動し、五つの紅色の炎が飛んでくる。
私はサッガン山脈の山肌までの距離から到着時間を予測し、上半身を捻ってロア・アウルを後方に向けた。
狙いは私へと徐々に追いつきつつあるプロミネンス・ストーカー、ではなく、その後ろのエメデン枢機卿だ。
私がプロミネンス・ストーカーに対策を打つと予想していたらしいエメデン枢機卿は追加の追尾系攻撃魔法の準備をしていた。
ロア・アウルに魔力を込めて引き金を引く。
エメデン枢機卿の障壁魔法に銃弾が直撃し、小爆発を引き起こした。この程度ではヒビも入らないらしく、エメデン枢機卿はプロミネンス・ストーカーに対処しない私を訝しそうに見ている。
プロミネンス・ストーカーがゼロの背後に迫り、徐々に集合し、合体する。計五つ分だけあって二回り以上大きくなり、紅色が鮮やかになった。
私はゼロの非常装置を起動させながら、ロア・アウルで二射目を放つ。
エメデン枢機卿の障壁に火花が散った。
直後、ゼロの後尾からパラシュートが広がった。
「――なっ!?」
エメデン枢機卿が驚きを口にする邪竜の方も目を見開いていた。
まぁ、こんな仕掛けは竜に必要ないからね。
ゼロの後尾から展開したパラシュートの正体は、ドラッグシュート。着陸時に滑走距離を短くするために空気抵抗を利用してブレーキをかけるのに使用したり、機体が操作できなくなった際に姿勢を正すために使用するものだ。
ゼロにもあまり必要ないものだけど、以前、このサッガン山脈で撃墜された経験から備え付けておいた。
まぁ、デコイ代わりに使うことになるとは思ってませんでしたけど。
ドラッグシュートの影響でゼロが減速したのは一瞬、すぐさまパラシュートを切り離し、後方から迫ってたプロミネンス・ストーカーに衝突させて相殺する。
一塊になっていたプロミネンス・ストーカーは放り込まれたドラッグシュートを焼き尽くして消滅した。
エメデン枢機卿がすぐさま追加の追尾魔法を放ってくる。
先ほどと同じプロミネンス・ストーカーが今度六つ。
この距離なら問題にならない。
私は正面をにらんだ。
サッガン山脈の山肌が見えてくる。
角度を見極め、ゼロの機首を上げ、サッガン山脈を登り始める。
ゼロのすぐ下に広がっていた森がすぐにまばらになり、高山植物がちらほらと見え始める。山頂へと近づき、傾斜が急になってくるのに合わせて、ゼロの機首を上げつつ後方を確認。
プロミネンス・ストーカーの一つが上昇角度についてこれずに山肌へ着弾し、土砂をばらまく。降り注ぐ土砂を障壁魔法で難なく弾きながら邪竜とエメデン枢機卿がついてきていた。
プロミネンス・ストーカーとは別の攻撃魔法陣を準備しているらしい。
ゼロがこの角度のまま山脈の頭を超えれば、どこかで失速するか水平飛行に移るためにお腹をさらす羽目になる。そこを狙い撃つつもりだろう。
ゼロに浮遊魔法を発動して山肌から少しだけ機体を離しつつ、私はゼロにうつぶせになる。ゼロの速度を犠牲にして、くるりと背面飛行に移行。
切り立った山頂が見えてくる。
到着までのタイミングを感覚で掴む。瞬きしている暇もない。
山肌に対して光魔法を放つ。プロミネンス・ストーカーを逸らすためのデコイであり、後方からくる邪竜とエメデン枢機卿の視界を土砂でふさぐためのもの。
プロミネンス・ストーカーが山肌をえぐる爆発音を聞きながら、山頂に到着すると同時に風魔法を逆方向へ作用させて急減速。完全に失速させる。
ゼロが重力に引かれながらも慣性に従って少しだけ前進する。
この場合の前進とはすなわち、山越えだ。
山肌に対して背面飛行していたゼロが姿勢を変えずに山の向こう側へと移動し、正常な姿勢になる。
素早く浮遊魔法を作用させて山肌からわずかに距離を取りながらさらに落下したところで、風魔法を正常に作用させる。
ロア・アウルを正面に構える。広がる青空。尖ったサッガン山脈の頂。
――飛び出してきた邪竜の腹部。
ロア・アウルの引き金を引く。エメデン枢機卿の障壁魔法が砕けた。
さらに一射。
邪竜の足に命中。
邪竜が驚いたように身を捩り、失速しながら私を見下ろした。
轟く銃声の出所が真下だとようやく気付いた?
「まさか、テイルスライド!?」
あ、邪竜さん結構かわいい声してるね。
確かに、私がゼロにやらせた機動はテイルスライドと呼ばれる曲技飛行ではあるけれど、山肌に沿って行うなんて馬鹿な真似はこの世界の竜でもやらない。そもそも、可能な竜がほぼいない。
そもそも、戦闘中にやるような機動でもない。
この場面でテイルスライドを行うのは邪竜とエメデン枢機卿も予想外だったらしく、完全に対応が後手に回っている。
ゼロが風魔法の効果で速度を上げながら上昇を開始する。その合間に、私は立て続けにロア・アウルの引き金を引いた。
一発が邪竜の捻じれた角に直撃して粉砕するけれど、残りは障壁魔法で弾かれた。
「ははは、素晴らしい!」
邪竜がテンション高く叫んだ。
さっきまで静かだったのに、いきなり元気になりましたね。
ゼロで再度山を越えて加速しつつ、緩やかに旋回して上昇する。
邪竜が銃撃を受けた足に回復魔法を使用し、傷を癒した。
即死させないときりがないね。
障壁魔法も張りなおされたし、また砕くのは大変そうだなぁ。
悩んでいると、邪竜がそのままのテンションで念話を飛ばしてきた。
「素晴らしいな、小娘。先の一撃、目が覚めた。あぁ、覚めたとも。これまでの眠い狩りではない。封印を解かれて早々、これほどの戦いができようとは。感謝するぞ、小娘!」
……楽しそうですね。
こっちは命がけなんですけど。
邪竜さんバトルジャンキーでしたか。
「相棒よ、これほどの娘を何故、味方に引き入れようとした?」
「邪魔をされない場所で戦いたいでしょう?」
エメデン枢機卿もご同類ですか!?
なんなの、この人たち。
げんなりしていると、邪竜が旋回して追いかけてきた。
「我らには心残りがあった。数多の竜騎兵を屠り、最強の名を欲しいままにした。だが、我らも竜騎兵、戦いに身を置き、空で果てるが本望。だというのに――」
「私たちは封印されました。当時の竜騎兵たちは揃って降伏したに等しい。何とも情けない話です」
「我らは貴様との戦いを望む。この命を懸けて、我ら死にぞこないを殺して見せよ」
……そんな設定、あなた方にありましたっけ?
いや、邪竜やエメデン枢機卿の設定はほとんど開示されていなかった。かろうじて、エメデン枢機卿が前世で邪竜の相棒だったと匂わせるくらい。
まぁ、設定とかどうでもいいですね。
ここはもはや三次世界。原作から逸脱し、二次創作からも離れ、新たな道を造りながら進む世界。
なら、邪竜とエメデン枢機卿の今の気持ちは――戦いで果てたいという気持ちは誰かに設定されたわけでもない彼らの望みのはず。
生き残るために試行錯誤してきた私には全然、これっぽちも、わからない考えですが――死にたいというなら落としてあげよう。
邪竜が強化魔法の恩恵ですぐに追いついてくる。エメデン枢機卿が攻撃魔法を放ってくる前に、私は上半身を捻って狙撃する。
うっわ、避けられた。まぁ、爆発魔法を付与しているから、エメデン枢機卿の視界を塞ぐ目的は達成したけど。
ゼロを左に傾けながら上昇する。左斜め上へと上昇し、高度をいくらか稼いだところで機体の傾きを直す。
ほとんど遅れずについてきている邪竜を見てから、再度左へ旋回しつつ降下する。
向かう先は、先ほどと同様にサッガン山脈の麓。
多分、同じ手は通じない。だからこそ、私は慎重に進入角度を変えて目標地点を悟られないように注意する。
邪竜は私ほどには高度を下げずに上空を飛んでいる。ゼロが山肌に沿って上昇したところに魔法を叩きこめばすぐ真下の山肌にゼロを接触させることができ、撃墜できると踏んでいるのだろう。
同時に、私が何かを仕掛けると気付いて、期待しているようにも見える。
ご期待には沿えないと思いますよ?
だって、期待しているのは私の方ですから――
ガクンと、邪竜が突然バランスを崩した。
『そこ、エアポケット』
ハンドサインを送って煽りつつ、ロア・アウルの銃口を向ける。
サッガン山脈周辺はもともと気流が乱れやすい。
特に、いくつかの谷を抜けた風が合流する地点にジェット気流が流れ込むその場所は、掴まったら確実にバランスを崩すためドライガー家やドラク家の竜騎兵は地理を頭に叩き込まれる。
邪竜の出現場所における過去の気象データくらい、読み込むに決まってますよ。
前にここでエアポケットに捕まったことがあるけれど、私は転んでも場所を覚えて避ける学習能力があるので!
ロア・アウルの銃口が火を噴く。
エメデン枢機卿の障壁に命中したかを確認するより早く、ゼロを急旋回させ、上空でバランスを崩したままの邪竜へと機首を向け、突貫する。
ほら、二射目!
魔力を通したロア・アウルが魔法陣を展開して銃弾をくぐらせる。いまだに態勢を立て直せないでいる邪竜を包む障壁に銃弾がぶち当たり、爆発を巻き起こしてさらに気流を掻き乱し、爆炎で視界を塞ぐ。
立て直す隙なんて与えない。
三射目を放ち、エメデン枢機卿が張り巡らせた障壁にヒビを入れる。
「……ここで、落ちて、もらう」
右手と障壁魔法でロア・アウルの銃身を支えつつ四射目の引き金を引き、左手で魔法陣を描く。
「カオス・ディスク」
幾ら速度が遅いこの魔法も、錐もみ回転しながら落ちてくる邪竜には避けられない。
エメデン枢機卿の障壁が砕け散り、カオス・ディスクが邪竜の顔面へ迫る。
よし、勝っ――
「見事だ。だが」
邪竜が念話と共に口を開く。
口の中に魔法陣――っ!?
「――我は、白雲の穢れを、堕とす!」
「覇竜の咆哮」
「汝は、不倶戴天の敵なり!」
邪竜の口から放たれた漆黒の咆哮がカオス・ディスクを消滅させる。
ゼロを急減速させて左へ思いきり傾ける。
間に合え……!
「――グラビティ・ドロー!」
ゼロの機体をかすめた漆黒の咆哮がサッガン山脈の頂上を吹き飛ばす。
反応が遅れていたら、機体を傾けていなかったら、グラビティ・ドローの対象を山頂にしなかったら……ゼロに直撃していた。
「――テイルスウィング」
錐もみ回転していた邪竜が巨大化させた尾を一振りした遠心力で強引に姿勢を正した。
急な回避機動のせいで失速しているゼロを見下ろして、邪竜とエメデン枢機卿が攻撃魔法を準備してくる。
障壁魔法を張りなおさずに、とどめを刺す考えらしい。
エメデン枢機卿の描いた攻撃魔法陣は速さと貫通力を優先させたライトニングジャベリン。初歩的な攻撃魔法ではあるけれど、この状況では最良の選択。エメデン枢機卿の魔力なら、私の障壁を一撃で破って痛打を与えるくらいの威力が出てもおかしくはない。
「……死んで、たまるか」
アウルに転生して、討伐イベントで死んで復活してるんですよ、こっちは。常人の三倍、あなた方の二倍も死を経験してるんですよ。
これ以上はご免です!
ゼロの両翼に作用させている風魔法の威力に左右で強弱をつける。同時に、ゼロの上に仰向けに寝転がる。
まるで首を傾けるような滑らかな動きで、ゼロの機首が地面に向く。仰向けに寝転がっている私の視界は眼下の森からサッガン山脈の山肌を撫でるようにして持ち上がり、晴天の下を飛ぶ邪竜とエメデン枢機卿を捉えた。
空中戦闘機動ストールターン、まさか、タムイズ兄様たちとの戦闘で使ったこの機動をやる羽目になるとは思わなかった。
重力に引かれてゼロが急降下する。森へ墜落するまでの猶予はほとんどない。
邪竜とエメデン枢機卿が私とゼロを追いかけて急降下してくる。
邪竜の頭を狙い、人差し指を動かす。
エメデン枢機卿がライトニングジャベリンを発動する。
互いの攻撃が視認できるはずもないのに、互いにヒットを確信した。
私の障壁が破裂するように吹き飛び、ゼロが大きく揺れる。機体が傾き始めた感覚でわかる。右翼をやられた。
同時に、邪竜の頭から血が噴き出た。
互いに乗り手は無事。すぐに対処しなければ森に墜落して即死する。
それでも、私はロア・アウルの銃口をエメデン枢機卿へ向けた。
エメデン枢機卿がいつの間にか拳銃を抜いていた。竜騎士が持つ自決用の拳銃が私に向けられている。
「墜落死は――嫌ですよ!」
お互いに口にする言葉が同じ。けれど、含意は正反対。
空で死にたいエメデン枢機卿の頭に銃弾が飛んでいく。
空で生きたい私の胸に銃弾が飛んでくる。
「――っ!」
胸に激痛。けど、死んでない。
何故かを考えるより先にやるべきことがある。
歯を食いしばってゼロを操作し、機首上げて水平飛行に引き戻す。ちらりと左を見れば、右翼がぽっきり折れていた。
あ、ダメですね、これ。
上半身を起こして障壁魔法を発動し、対ショック姿勢を取りながらロア・アウルで進路上の木に銃撃する。魔力付与された弾丸が木を爆風で叩き折る。
倒れ込む木の向こうに水面のきらめき。
やってやる。二度目の着水!
ゼロの進入角度を計算に入れつつ、風魔法を作用させて減速する。右翼がないせいで左翼に風が多く当たり、結果的にスピンしそうになる。
風魔法の威力弱めて姿勢維持にとどめつつ、空気抵抗による減速と浮遊魔法による軟着陸を試みる。
すぐ目の前に川。
ここがいわゆる一つの分水嶺。一歩跨いだら三途の川!
むしろこの川が三途の川の可能性もあるね!
下から突き上げるような衝撃がゼロの機体を軋ませた。
がりがりと川底を削りながらいつか見た景色が流れては消えていく。
バキッと音を立てて左翼が根元から折れた。中途半端な折れ方で皮一枚でくっ付いているその左翼をロア・アウルの銃床で殴りつけて叩き折る。事ここに至っては、左翼だけついていてもバランスを崩すだけですので、グッバイ!
翼を無くしたゼロが川縁に乗り上げる。川の丸っこい石を蹴散らしながらさらに突き進んだゼロは森に突っ込んだ。
障壁魔法が枝にしこたまに殴られてヒビが入る。
死にたくない、死にたくない、死にたくないです!
もうぅやだぁあ、なんでこんな目にばっかり遭ってるんですか、私!
……って、止まった?
恐る恐る顔を上げる。
巨木に激突して機首がもげたゼロは完全に止まっていた。
安堵で脱力しかけた時、森の奥に光る眼を見つけた。
魔力異常の現場ですもんね。最終イベントの地点ですもんね。
そりゃあ、いますよね。
強力な魔物……。
目があった瞬間に猛スピードで近付いてきたその魔物は唐突に聞こえた雷鳴の後、その場に突っ伏して息絶えた。
私は頭上を見上げる。
「アウル! 生きてるんでしょうね!?」
ファーラが念話を飛ばしてくる。その背にはナッグ・シャントがいて、周囲には彼の仲間たちとサムハさん、テイラン君もいた。
みんながここにいるのなら、エメデン枢機卿も死んだかな。
私は頭上に向けてVサインした。
「無表情でVサインされても安心できないわよ!」
そんなこと言われましても……。
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