第8話 空中戦

 遊覧飛行でもするようにゆっくりと空の旅を楽しんで一時間ほどすると、サッガン山脈に当たった潮風が作る雲があちこちに見えるようになった。

 討伐対象の魔物ボレボレは空に営巣する蜘蛛であり、こうした雲の中に潜んでいる事も多々ある。巣の糸は見えにくく、囚われればドラゴンでも失速して墜落の危険性がある。

 狙撃銃のスコープや目視でボレボレの姿を探していると、先にファーラが見つけたらしく念話を飛ばしてきた。


「北東の雲の中、ボレボレがいるわ。生意気に大きいわね」


 北東を見ると白い雲の切れ間にボレボレの姿が見えた。

 大きさはおよそ一メートル。足の先から先まで数えれば二メートルに迫る巨大な蜘蛛。

 気持ち悪い。


「あぁ、鬱陶しい。さっさと落しちゃいましょう。空の上にあいつらがいると知って大人しくしてらんないわよ」


 ファーラが不機嫌にナッグ・シャントに狙撃を促す。

 ドラゴンたちはボレボレを嫌う。糸が見えにくく、絡め取られれば墜落する関係上、ある意味天敵。普段は鳥を獲物にする魔物だから、ドラゴンの全重量までは支えきれないらしい。

 もっとも、墜落すると巣にいたボレボレも死んでしまうので共倒れなんですけど。

 ファーラに見敵必殺をせかされたナッグ・シャントが私へハンドサインを送ってきた。


『撃つ?』

『そちらがどうぞ』


 大発見、私、ハンドサインならドモらずに受け答えできます!

 当たり前ですってね。


 私が譲るとナッグ・シャントが魔法狙撃銃を構えた。原作ゲームでは登場しない魔法狙撃銃だけど、ドラク家にいた頃に資料を読んだことがある。玄人感漂いまくりな旧式の魔法狙撃銃だ。整備が簡単なのが唯一の利点。

 ナッグ・シャントが引き金に指を掛けると魔法狙撃銃全体を球形の魔法陣が包み込む。引き金を引いた直後、魔法陣が銃身に収束して銃口から炎に包まれた石の弾丸が射出された。

 炎のおかげで弾丸の軌跡が追える。放たれた弾丸は一直線にボレボレへと向かい、直撃したようだ。

 動かないとはいえ一キロ以上先の的によく当てますよ。

 ボレボレの身体に火が付く。巣には雲の水滴が付くため燃えにくいけれど、ボレボレ自身は保温のためか身体が油っぽいのだ。


「あはは、ざまぁないわ。空の覇者の進路を塞ぐからよ。身の程をわきまえて地面を這いずりまわりなさい!」


 ファーラの高笑いが聞こえてくる。

 天敵相手だからって攻撃的になりすぎじゃありません?

 ……うん? 何か雲の様子が変な気がする。

 すぐに弾丸狙撃銃ロア・アウルのスコープを覗き込んで雲の中を確認する。

 白い雲を複数の黒い影が出たり入ったりしていた。

 ボレボレは交尾も産卵も地上で行うから、一つの巣に複数存在するはずがない。

 とすると、あの黒い影は――


『ボレヴァン、発見』


 ナッグ・シャントにハンドサインを飛ばし、私も銃を構える。

 ボレヴァンはボレボレの巣に寄生するコウモリのような魔物だ。翼を広げれば三メートルにもなり、時には人を襲って喰らう。機敏な動きと反響転移を利用するこの魔物は本来夜行性だけど、巣の主のボレボレが死んだのに気付いて慌てて動き出したらしい。

 ボレヴァンが厄介なのは、複数で連携してくるところだ。こちらに接近される前に数を減らした方がいい。

 それにしても数が多い。十匹はいるかな。


「――散開ブレイク!」


 ファーラの呼びかけにはっとして、ゼロを右へと傾けて離脱する。

 ボレヴァンの群れがこちらに気付いて急接近してくる。

 ここから先は格闘戦になりそう。

 というか速い。しかも弾丸の性質を理解しているのか左右に動いて射線を切りながら距離を詰めてくる。

 いーやーだー死にたくないー。

 しかも顔怖い。スコープ越しにみえたボレヴァンの顔は鼻の潰れた馬に牙を生やしたような、凶悪な顔をしていた。

 魔物ですもんねー。そりゃあ、凶悪ですよねー。


 ボレボレの巣に近付くのは危険なので、浮遊魔法を併用して一気に高度を上げつつ、ナッグ・シャントたちから距離を取る。

 速度を上げながらの急上昇はゼロ特有の軌道だ。ドラゴンのファーラには真似できないし、個別に戦う方が無難だろう。

 で、なんでボレヴァンはこっちを優先的に狙ってくるかな!?

 割合にすると七体三くらいの数でこちらの方にボレヴァンが群れてくる。

 しかも編隊飛行で先頭を風除けにしながら迫ってくるからかなり速い。

 だぁ、もう!


 私を目指して高度を上げてくるボレヴァンの群れに向けてロア・アウルを構える。

 七匹も群れているんですし、距離はあっても一発くらい当たるでしょう。

 障壁魔法を展開して反動に備え、引き金を引く。

 空気を震わせる轟音と共に弾丸がボレヴァンの群れへと飛び込み、中央付近にいた一匹の羽を文字通り吹き飛ばした。

 ワイバーンを即死させる威力なんだから、ワイバーンより小さいボレヴァンが耐えきれるはずがない。

 でも怯まないかぁ。勇敢ですね。嫌になるな、もう。


 これ以上距離を詰められるのは危険と判断して、ゼロを加速させる。

 ゼロの居る高度まで上がってきたボレヴァンが後ろにストーカーのように付いてくる。なおも距離を詰めようとしているようだ。

 私は前方の安全を確認し、ゼロの上で身体を倒して仰向けになり、後方に銃口を向ける。障壁魔法で身体や重心を固定しているとはいえ、曲芸と言っていい射撃体勢だ。

 でも、ストーキングしてくるボレヴァンの群れは軌道が読みやすくて助かる。


「……二匹、目」


 ロア・アウルの銃口が火を噴き、群れの先頭の頭部がはじけ飛ぶ。凶悪な顔が一つ消えて清々したのもつかの間、生き残りのボレヴァンの顔面の前に魔法陣が浮かんだ。

 魔物ですもんね。魔法攻撃できるよね。

 死んでたまるかぁ!

 即座に体を起こしてゼロを操縦し、機体を右に傾けてバレルロールを敢行する。

 水平に螺旋を描く私とゼロの周囲をボレヴァンの魔法ロックバレットが掠めていく。

 ――いま障壁に当たった!?

 ヤバいって、早く全部撃ち殺さないと私がやられる。


 再びゼロの上に仰向けになってロア・アウルを後方のボレヴァンに向けると、狙撃を恐れたボレヴァンが仲間との間隔を開けた。

 でも、この距離なら外さない。

 ……あ、外した。

 何がこの距離なら外さない(キリッ)ですよ、外したじゃん、ばかー!

 直後、またもボレヴァンが魔法陣を展開する。

 ほら反撃きた!?


 ゼロの機体を傾ける。さらに傾けて左翼を地上に向けて機体を地面と垂直に。さらに傾けて背面飛行に切り替えて――急降下!

 機首が地面に向く。重力に抗いながら機首を持ち上げていけば、地平線を拝める。背面飛行から通常の飛行へと切り替わる。

 スプリットSと呼ばれる縦方向のUターンを行う空中戦闘機動だ。

 素早く頭上を仰げば、私を追いかけていたボレヴァンのお腹が見える。


 当然、私は銃口を上に向けていた。

 ゼロの動きに反応できていないボレヴァンを下方から撃ち抜く。

 後四匹。

 撃ち抜いたボレヴァンから血と肉の雨が地面に降り注ぐ。


 生き残りのボレヴァンが私の真似をしてスプリットSの軌道を取った。

 でも、残念でした。あなたたちが同じ動きをしても減速しない限りゼロと同じ高度は取れない。確実に速度超過でUターンの終点が私よりも下の高度になる。

 ゼロのスプリットSは浮遊魔法を併用するためVに近い軌道を描き、減速もほぼない。同じことをドラゴンや空棲魔物が行った場合、翼を傷める。

 ボレヴァンたちが速度を落としながら下降し始めたのを見計らい、ゼロの上に仰向けに寝転がってロア・アウルを構える。

 ボレヴァンは下降を始めたばかりで無防備に背中を晒していた――けど、銃弾は外れた。

 なんで!?


 めげずに体を起こし、ゼロを右旋回させて機首をボレヴァンに向ける。

 ボレヴァンたちはゼロよりも下方でようやく水平飛行に切り替わっていたけれど、編隊は乱れていた。

 今度こそ、と引き金を引く。

 翼を銃弾が掠めたボレヴァン一匹が錐もみ回転しながら墜落していくのを横目にボレヴァンたちの頭上を通過。

 急旋回して追いかけてくるボレヴァンは残り三匹まで減っている。

 急旋回からの上昇で速度が落ちているボレヴァンがゼロに追いつけるはずもなく、距離は再び開いていた。


 私はゆっくりと左へ大きく円を描くようにゼロを操作しながら、緩やかに上昇を開始する。

 ゼロが描く緩やかな上昇螺旋の中にいるボレヴァンたちに銃口を向けて、射撃を開始。時々外しながらも着実に撃ち落としていく。


 ボレヴァンはどうにかしてゼロの進行方向に先回りしようとしているけれど、上昇しているせいで速度が乗らずに後手に回り続けている。ゼロは浮遊魔法と風魔法を併用できる分、上昇時にも僅かに加速できるのだ。

 これが性能差ですよ。

 わーい、安全圏からの一方的な銃撃って、今の私はマジ中ボスの風格!

 生き残るためだから仕方がないですよね!

 自分に言い訳しながら最後の一匹を撃ち落として、ナッグ・シャントとファーラを見る。

 向こうも丁度終わったようだ。


「追加があるなんて聞いてないわよ」


 ファーラからの念話が飛んでくる。

 私は自分の事で手一杯だったから見ていなかったけれど、別れた後にナッグ・シャントたちの方へ追加のボレヴァンが二匹現れて前後を挟み撃ちされたらしい。すぐに急降下でやり過ごした後に魔法狙撃銃で応戦して事なきを得たようだ。

 私はボレボレの巣を見る。いまだに雲に隠れているけれど、ボレヴァンが出てくる気配はない。


『地上で回収』


 ハンドサインを送り、ボレヴァンの死骸を回収しに向かう。

 ボレヴァンは尾の付け根と飛膜が討伐証明になり、翼膜が素材として取引される。この翼膜は特殊な処理をすると伸縮性の高い透明素材となり、温室を作る際に利用されるらしい。


 死骸の回収ついでに大量の石をゼロに積み込み、浮上する。

 ボレボレの巣のさらに上に陣取って、積み込んだ石を投擲した。

 石を落とされたボレボレの巣は最初の内こそ平然としていたものの、すぐに重量に耐えきれなくなって地上へと落下した。

 これで事後処理も完了。後は落下した巣を回収してサドーフ海の港町に帰還すれば終わりですね。

 今回は怪我一つしないで済んだけれど、もしもナッグ・シャントやファーラがいない状態でボレヴァンの群れと戦闘に入っていたらどうなっていたか分からない。

 ……ドラク家はもしかすると、ボレヴァンの存在を知っていたのかも。

 証拠はない。けれど、今後は警戒した方がよさげですなぁ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る