第九話 秘密

 味わったぜ。恐怖ってやつをよ……。

 てなわけで、帰ってきましたトーラスクリフ第二本島!

 遺跡を出て帰ろうとしたら吹雪が強くなってるんだもん。まっすぐ飛ぶのも一苦労でしたわ。

 でも生きてる。私は健在なり!


 貝で出汁を取ったらしい琥珀色の澄んだスープを味わえるのも、私が生きているからですよ。

 生存の実感と共に飲み干すスープのおいしさと言ったらもうね。

 うまうま。

 パンに手を伸ばしたとき、テーブルの傍らでサムハさんに依頼の話をしていたギルド職員さんと目が合う。

 怯んだギルド職員さんが申し訳なさそうに頭を下げた。


「どうも、すみません。空気が読めず。食事中に食糧難のお話など、ご不快でしたでしょう。配慮が足りませんでした」


 いえいえ、この吹雪で物流が断絶していて生活物資も食料も足りないのは知ってますよ。

 あ、もしかして私が話を不快に思って無表情になっていると思われてる?

 私が口を開く前に、サムハさんが笑いながらフォローを入れてくれた。


「その子はいつも無表情なんだ。気にしなくていいよ」

「は、はぁ……」


 戸惑った様子のギルド職員がちらちらと私を見てくるので、Vサインで問題ないことを伝える。

 テイラン君が蒸せた。

 無表情Vサインごときで笑いのツボに入るとは、貴殿には売れない芸人を慰める才能があると見ましたぜ。


 サムハさんとギルド職員の話を聞く限り、トーラスクリフ全域で食糧難が発生しているらしい。

 もともと、海が長期間荒れた場合に備えた蓄えがあるため持ちこたえているけれど、これほど長く吹雪に見舞われるとは想定外だったらしい。

 そこで、中央まで行って無事に帰ってきた私たちに食糧の運搬役として白羽の矢が立った。

 とはいえ、私たちだけでトーラスクリフ全域に食糧を運ぶなんてどう考えても手が足りない。


「悪いけど、あたしたちだけじゃ力不足だ。明日、大陸のギルドに事情を話して支援を要請する。書類の作成を頼めるかな?」

「かしこまりました。いずれにせよ、物資をかき集めてもらうよう手紙を出す予定でしたので、書き添えておきましょう」


 ギルド職員が一礼してギルドへ戻っていくと、遠巻きに見ていた重大な話が終わったと察して島民たちがわっと群がってきた。


「――なんだぁ!?」


 テイラン君が慌てて島民たちを見る。

 サムハさんは苦笑しながらテイラン君の頭に手を乗せて落ち着かせた。


「吹雪続きで娯楽に飢えてんだよ。遺跡の話が聞きたいんじゃないの?」


 サムハさんが周りの島民に問いかけると大きく頷きを返された。


「トーラスクリフの島民は中央の遺跡を作った竜人の末裔と伝わっているからな。この吹雪で遺跡が大丈夫なのかも気になっていたんだ」


 漁師らしい肩幅の広い男の人が遺跡の方角を指さしながら言う。

 事情を察してテイラン君が落ち着きを取り戻し、胸を張って得意そうに話し始める。


「遺跡は無事だったぜ。遺跡のある島の上空だけ吹雪もなかった」

「おぉ! 流石はご先祖が作っただけはあるな」


 島民たちが嬉しそうにハイタッチしたり、抱き合ったりしている。

 あの遺跡は観光名所でもあるらしい。トーラスクリフに旅人がやってきてお金を落としてくれるのはあの遺跡があるからで、生活に深く根ざしているのだろう。

 この喜びようは、損得抜きにあの遺跡と先祖を奉っているからかもしれないけど。


「遺跡の中には入ったのかい?」

「入ったぜ」

「――どうだった!?」


 テイラン君の答えに悔い気味に尋ねた島民に、サムハさんが内部の様子を語る。

 島民たちは遺跡内部の様子を知らないらしい。

 島民たちに竜騎士はおらず、遺跡の内部調査を依頼した過去の竜騎士たちも奥へたどり着けずに引き返していた。

 先祖が残したものだから中がどうなっているかは気になるものの、調べる方法がなく半ばあきらめていたとのことだった。

 サムハさんが内部構造と中心部に碑文があったことを話す。

 島民の中でもひときわ高齢のおばあさんが感心したようにつぶやいた。


「伝承と同じじゃ」


 答え合わせがなされて島民たちが盛り上がっている。

 しかし、私はパンをかじりつつ思うのだ。

 最初からこのおばあちゃんに聞けば、吹雪の中を飛んで意地悪な遺跡を攻略する必要、なかったんじゃねぇですか?

 過ぎたる徒労は忘れる他、報われる術がない。

 よし、わーすれたー。

 遺跡の話題でひとしきり盛り上がって満足したのか、島民たちがおのおのの家へと帰っていく。

 窓の外を見ればすっかり暗い。相変わらずの吹雪でガタガタと鳴る窓ガラスに雪がくっついて下の部分が白く埋まっていた。


「……これから、どうする、の?」


 サムハさんに尋ねる。

 大陸のほうのギルドで食糧支援をお願いするのは当然としても、邪竜ダートズアの討伐を行わないと二次小説『ドラゴンズソウル』へ世界が上書きされないかもしれない。

 可能な限り早くダートズアを討伐したいところだけど、封印の解除方法がわからない。

 先ほどのおばあさんもダートズアの封印解除の方法については知らなかったし、別の情報源があるのでは?

 私の期待に反して、サムハさんは首を横に振った。


「二次小説だからね。原作の動きがトリガーになったりもするんだよ」

「……邪竜復活、トリガー?」

「いや、別のイベント。アマッガ奇岩群の不可視鳥だよ」


 アマッガ奇岩群の不可視鳥――蘇生アイテム聖陽翼の原材料の一つ、青変羽玉をドロップするスカイ・ハイディングの討伐イベントだ。

 邪竜ダートズアとどんな関連があるのかと思ったけど、サムハさんは多くを語らず、隣で不機嫌顔のテイラン君を見た。

 相変わらず、自分の知らない話が続くと不機嫌になるらしい。

 不用意に話すと二次小説のルートから外れてしまうかもしれないから、サムハさんも説明する気はないのだろう。

 サムハさんはテイラン君を気にして話を打ち切ることにしたようだ。


「とにかく、明日は大陸のギルドに向かう。エノス港ならここから近いし、トーラスクリフへ発送する物資も集めやすいだろうから、まっすぐ向かおう」

「分かった。そのあとはアマッガ奇岩群かな?」


 前に青変羽玉を取りに行ったことがあるけど、あのときはまだ原作ストーリー開始前だった。今いくと、ナッグ・シャントたちに鉢合わせそうでちょっと怖い。

 原作ストーリーがどれくらい進んでいるのか未知数なんですよね。イオちゃんに情報を集めてもらっているけど。

 原作の進行度を心配していると、テイラン君が不機嫌そうにサムハさんを横目で睨む。


「なぁ、僕だけじゃなく、アウルにも隠し事してないか?」


 ……うん?

 私にも隠し事ですと?

 サムハさんを見ると、私顔負けの無表情になっていた。


「やっぱりな。いくらサムハがノリで生きている奴でも、初対面の無表情女に気を許すはずがないんだよ。つーか、微妙に笑い方が嘘くさかったし?」


 確信したように、テイラン君がにやにや笑う。散々自分が関われない話をされていストレスがたまっていたから、精神的に優位に立てたのが嬉しいらしい。


「勘だけど、隠してるのはトーラスクリフに出発する前の夜にギルドで出した手紙だろ?」


 テイラン君の指摘に図星を突かれたのか、サムハさんが諦めたようにため息をついた。


「確かに手紙を出したよ」


 本当に出してたんですかーい。


「……なぜ、隠した?」

「宛先がナッグ・シャントだからさ」


 なんで、ナッグ・シャント宛の手紙だと私に隠さないといけないのかと一瞬疑問に思ったけど、私はナッグ・シャントたちとすでに交流を持っていることをサムハさんに教えそびれていたのを思い出した。

 サムハさん視点で見れば、原作で私を殺すナッグ・シャントに手紙を出したことを知られればあらぬ誤解を招きかねないと心配するのも当然か。


「手紙の内容はエメデン枢機卿の動きについて。後、魔力異常の関連もいろいろね。トーラスクリフにやってこられると困るからさ」


 まぁ、筋は通っているかな。

 蒼銀の渓谷で戦った時点で、ナッグ・シャントたちは魔力異常が人災であると考えている節があった。だからこそ、私に関係者ないしは容疑者として同行を求めたのだろう。

 サムハさんからの手紙を読めば、エメデン枢機卿と魔力異常の関係を調べ始めるはず。原作ストーリーが加速する危険性はあるものの、トーラスクリフで私と鉢合わせる危険性は減る。

 ナッグ・シャントと私が出会って死亡イベントが開始しようものならもう取り返しがつかないし、サムハさんの行動に不審な点はない、はずだ。

 けれど……何か引っかかる。

 考え込んでいる間にサムハさんが席を立った。


「それじゃあ、明日の朝に出発ね」

「おい、まだ話が終わってないだろ。なんで隠し事してたんだよ?」


 テイラン君が食い下がるけれど、私とサムハさんの間では理由の説明がついているのだ。

 話に置いてけぼりなのは変わらなかったと気付いてむくれるテイラン君にサムハさんが笑いかける。


「あたしが隠し事をするのはいつだってテイランとの幸せな未来のためだよ」


 その言葉に嘘偽りはなさそうだった。

 付き合いの浅い私だけではなくテイラン君もサムハさんの本気を感じ取ったのだろう。表面上は不機嫌なまま、サムハさんの後について部屋へと戻っていった。


 私は食後のお茶を飲みつつ、考える。

 何が引っ掛かるんだろう。

 サムハさんの発言には筋が通っている。

 ……いや待て、サムハさんはナッグ・シャントの正確な位置をなんで知ってるんですかね?


 エメデン枢機卿を告発するような内容の手紙を関係者以外に見られれば、サムハさん自身にも危険が及ぶ。つまり、ナッグ・シャントやファーラ、もしくはその仲間に直接的に手紙が届く必要があるはず。

 国軍所属とはいえ、魔力異常の調査で飛び回るナッグ・シャントたちに直接手紙を送るのは難しいはず。

 親展で手紙を出したのなら国軍を経由して送ることもできるけれど、ナッグ・シャントたちに届くのは数日後になるはず。トーラスクリフに近づけないようにという配慮としては出遅れ感が否めない。


 手紙を出したのが嘘?

 ――違う。テイラン君の証言が保証している。手紙は確実に出されている。


 なら、ナッグ・シャントたちが宛先だという話が嘘?

 否定材料がないけど、嘘をついてまで隠したい宛先って?

 分からないけど――


「……悪意を、感じない」


 もしかして、私もテイラン君と同じく知ってはいけない情報、知ってしまうと二次小説のストーリー展開に影響のある情報が存在する?

 原作知識もちの転生者ってことで、私もサムハさんと立場が同じだと思っていたけれど、二次小説『ドラゴンズソウル』についてはサムハさんからの伝聞でしか知らない。

 伝えられた話が取捨選択されている可能性だって十分にある。


 私は空になったカップをテーブルに置いて立ち上がった。

 私が生き残ろうとしているように、サムハさんにだって何か事情があるのだろう。

 それなら、私に害がない限り二次小説の知識もちであるサムハさんの意思を尊重しよう。

 けれど、私に害が及ぶ可能性を否定しきれなくなった以上、ある程度は警戒しておかなくては。

 ロア・アウルの整備でもしよーと。



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