第12話 再会は唐突に

「何かあったら、いや、何もなくてもいつでも訪ねてくれ。力になるから」


 ナッグ・シャントとファーラが王都に出発するとの事で見送りに来た私に、ナッグ・シャントは開口一番そう言った。


「ナッグはすぐに出世するわ。あんたを軍に引き込んでも文句言われないくらいにね。だから死ぬんじゃないわよ?」

「……うん」

「うんじゃなくて、分かってんの? あんたは命を狙われてるんだからね? 使える物は何でも使いなさいよ!」


 腕組み高飛車ファーラが私をじろじろ睨んでくる。


「まぁまぁ、ファーラは少し落ち着きを覚えようか」


 ファーラの両肩を後ろから押さえたナッグ・シャントが私を見る。


「社交辞令でもなんでもなく、力になるから」

「ありがとう、ございます」


 なんだかんだで、原作主人公ナッグ・シャントとファーラが味方になってくれたのは素直に嬉しい。

 これで私の死亡イベントが回避されると良いなぁ。国軍ともなれば世界を救うために私を討伐する命令には逆らえないかもしれないけど。

 王都方面へ飛んでいくナッグ・シャントとファーラを見送って、私はゼロに飛び乗った。


 アスピドケロンの討伐からすでに半月、この港町で私の事を知らない者はいないくらいに人気者となった。

 白銀の竜姫士とか、銀髪の殺戮天使とか、なんか物騒な二つ名が付いているのは御愛嬌。

 なんでみんな変な二つ名を付けたがるのかな。アウルで良いじゃん!

 私と実家のドラク家との関係性も広まっていて、同情的な噂も大分流れている。

 そんな噂がきっと、バフズ商会からドラク家やドライガー家に流れているんだろうなぁ。


 ゼロを浮遊させ、サドーフ海沿岸へと向かう。

 ナッグ・シャントとファーラが王都に行き、王国竜騎士隊に入るのなら、原作ストーリーが開始されるまでもう時間はほとんどない。

 正確な開始時期は分からないけれど、原作ゲームのオープニングムービーでは邪竜の封印が解けかけている前兆である光の柱が天地を結んでいた。

 サドーフ海上を飛行すること一時間。海上に浮かぶ小さな島に私はゼロを着陸させた。

 原作ストーリーではアウルがドライガー家に討伐対象として追いかけられる。その頃にはアウルの脚はアーティファクト『竜血樹の呪玉』により呪われて動かせなくなっており、ゲームのイベントでもアウルはゼロから降りている場面がない。

 でも、ここは現実だ。ゼロに一日中乗っているわけにはいかず、寝泊まりする安全な場所も必要になる。そこで、隠れ家を作ったのだ。

 サドーフ海の無人島にある洞窟。その奥に木の土台に乗った大きなテントがある。私の隠れ家だ。

 侵入者の形跡はなし。


「明かり……」


 魔力で灯す明かりをつけて洞窟内を照らす。

 ここには私の足が動かなくなった時に備えて改造したゼロの予備機と、ゴーレム技術を利用した半自動操縦の車椅子がある。

 さらに、ドライガー家に討伐対象とされても大丈夫なよう、弾薬と魔力カートリッジ、食料もコツコツ備蓄している。

 いつ逃亡生活に入ってもいいよう、準備と覚悟はしておかないとです。


 椅子に座って、机に日記を広げる。

 その日の出来事、思い出した原作ゲームのストーリーや魔法、登場人物を記した日記。

 原作ゲームのオープニングムービーの位置はおそらくサッガン峠。私が初めてワイバーンを討伐した森の近くだ。

 ナッグ・シャントとファーラが王都に行ってしまった以上、動向は簡単には掴めなくなった。


 原作ゲームの黒幕、エメデン枢機卿は王都を拠点に各地で布教活動に従事しているとの噂を聞いている。誰も注意を払っていないけれど、エメデン枢機卿が出向いた先はその後に魔力溜まりが発生し、魔物の群れが確認される。

 やっぱり、この世界でもエメデン枢機卿が黒幕として動いているのは確実とみていい。


 私の今後の行動目標はナッグ・シャントとファーラが主人公ムーブで各地の問題を解決しつつエメデン枢機卿を追い詰めて世界に平和をもたらすのを影ながらサポートしつつ、死亡イベントが発生しないよう立ち回る事。

 可能なら、ドライガー家がエメデン枢機卿と通じている事を暴露して、私の討伐命令が出されないようにしたい。

 ドライガー家の動向やエメデン枢機卿の動向を調べてはいるけれど、実家から途切れることなくやってくる指名依頼のせいで調査は進んでないんですよねぇ。

 やっぱり、傍証を集める必要があるかな。


 もう一つ、死亡イベントが発生してしまった場合の保険も欲しい。

 私はテントの奥にあるいくつかの素材を振り返った。

 蘇生アイテム聖陽翼の原材料は三種類。青変羽玉と陽桂樹の花、そして聖銀水。

 聖銀水以外は機会を見つけては集めていたけれど、問題は蘇生アイテムを作る事が出来る錬金術師が近くにいない事だ。

 材料があっても私には作り方が分からない。


 日記を閉じて、ちょっと掃除をしてからゼロに乗る。

 とにもかくにも、まずは私の脚に呪いをかけるアーティファクト『竜血樹の呪玉』を見つけ出して確保、破壊しないと。

 港町に戻り、ほとんど我が家といっても差し支えないほどなじみになった宿の裏手にゼロを停める。

 勝手知ったる何とやら、裏口からお邪魔すると、女将さんがひょっこりと顔を出した。


「帰って来たね。アウルお嬢ちゃんに来客だよ」

「……来客?」


 有名になったとはいえ、わざわざ訪ねてくる人はそう多くない。冒険者ギルドの職員を除くと、漁業ギルドの偉い人や魔物の素材などを加工する職人ギルドの一部くらい。

 ……改めて考えると、影響力の大きい人ばかりですね。

 まぁ、漁場の視察か、希少な魔物の素材の調達か、どちらかでしょう。

 宿の一階は夜に酒場になるため、テーブルや椅子がある。ちょうど掃除の途中だったのか、椅子のほとんどは隅に寄せられていた。

 重ねられて高さを増した椅子の上にコートを着た女の子の姿を見つけて、私は女将さんを振り返った。


「あの子だよ。――ちょっとお客さん、アウルちゃんが帰って来たよ」


 女将さんに声をかけられた女の子がフードの下から様子を窺うようにそっと視線を上げて――私を見るなり椅子を飛び下りて走ってきた。

 咄嗟に障壁魔法を展開しつつ女将さんの前に出る。

 半月前にナッグ・シャントに警告された。タムイズ兄様が直接的な手段に訴える可能性があると。

 暗殺者を送り込んでくるとは、ずいぶんと直接的な――


「――アウルちゃん!」


 いきなり暗殺者(仮)に名前を呼ばれる。

 その声に聞き覚えがあって思わず固まった時、ゴツンと音がして暗殺者(仮)が障壁魔法に正面衝突した。


「痛っああ!」


 額を押さえて後ろに倒れ込み、尻もちをついた暗殺者(仮)のフードが脱げる。


「……イオシース、ちゃん?」


 フードの下から現れた顔は一年以上も前、ドラク家の屋敷で別れて以来会う事のなかった友達だった。



 私が一年以上寝泊まりしている宿の一室にイオシースちゃんを招き入れる。


「師匠から免許皆伝を貰ってね。工房を作る許可も貰えたからこの町に来たの。もう工房も出来てるんだよ。この紙に住所を書いておいたから貰って。でも、驚いたよ。素材の調達依頼を出しに冒険者ギルドに行ったらアウルちゃんの噂で持ちきりなんだもん。それでね、師匠は王都で古文書を調べたいとかで残っていて、私は一人で――」


 話題が途切れない。

 イオシースちゃんが一切途切れさせずにマシンガントークしてくる。

 それにしても、一年で身長が伸びてる。脚長い。後その胸は何?

 前世で失った脂肪の塊が目の前に存在している。あると邪魔になったりもするけれどないとないで寂しいものだとここ最近は実感している母性の塊が揺れている。

 失って初めて気付くってこういう事を言うのかなぁ。なまじ年齢が近い娘の急成長っぷりを見ると、私に未来が無いんだと察してしまう。

 逃がした魚は大きい的な補正が入っているかもしれないけれど、前世の私はそれなりにあったんですのよ?

 いまはストーンですけど。石のように硬い胸というダブルミーニングですのよ?

 ゼロに乗るときに邪魔だから悔しくないよ。全然悔しくないよ。


「ねぇ、さっきから胸にずっと視線が集中している気がするんだけど。女の人でそこまで食い入るように見る人ってそうはいないよ?」


 思い出が私を苛んでいるんですわ。

 ともあれ、再会は喜ばしい。

 私は秘蔵のクッキーを取り出す。ナッツ入りの美味しいクッキー。

 ストレスの堪えない生活をしているので、こういった甘味が私の心のオアシスなのです。


「……どうぞ」

「ありがとう! あ、私も再開の記念にお土産を持ってきたんだ。はい、これ。私が作ったんだよ」


 両手で差し出されたのはセイクリッドチェーンという錬金術で作る装飾品だった。

 原作ゲームでは中盤以降に手に入るアクセサリだ。効果は装着者の魔力回復量を五パーセント増加させる。

 決して安くはないアイテム。少なくともクッキーの見返りや引っ越し蕎麦代わりに渡すような物じゃないです。

 受け取っていいのか悩んでいると、イオシースちゃんが私の手を取って半ば無理やりセイクリッドチェーンを渡してきた。


「一年前、アウルちゃんにもらった障壁魔法の板のおかげで逃げ切れたんだよ」


 検問を張っていたドラク家の私兵に偶然見つかり、銃で狙い打たれたらしい。

 私が渡した障壁魔法陣を発動して銃弾を防ぎ、ギリギリで逃げ切れたのだとか。


「ずっと後悔してた。友達だって言ったのに助けに行けなくて、ただ逃げるだけで……でも、いまは違う。免許皆伝も貰ったし、もう蘇生薬だって作れるんだから。アウルちゃんを匿うことだってできるよ」


 この一年、よほど悩んで、私のことを心配していたらしい。真剣な目で私の目を覗き込むイオシースちゃんに言葉を失う。

 ただ、匿う云々は流石に行きすぎですよ。いくら凄腕の錬金術師になれたと言ってもドラク家やドライガー家に睨まれたらどうなるか分からない。


「だから、アウルちゃん、一緒に逃げ――むぐっ」


 落ち着かせるためにクッキーをイオシースちゃんの口にねじ込む。


「……落ち、着いて」


 言い聞かせて、私はイオシースちゃんからもらったセイクリッドチェーンを首から下げた。

 金属のひんやり感とは別に、体を暖かい何かに包まれた気がした。魔力の回復量が増加するって説明はいまいち分からなかったけれど、実際に身に付けてみると感覚が全く違う。

 私の魔力量がもともと多いのも原因の一つかもしれないけれど。


「大事に、する」


 今世で初めて人から物を貰った気がするよ。

 買ったり、作るのを手伝ってもらったりしたことはあるけれど、純粋なプレゼントはこれが初めてだ。


「ありがとう」


 お礼を言うと、イオシースちゃんはちょっと涙目になりながら笑った。

 世間話を交えつつ、一年間何をしていたのか話をする。

 イオシースちゃんは師匠と一緒に物が豊富な王都で修行の日々を送っていたらしい。師匠さんの指導の下、錬金術で作れるアイテムを全て習得し、最後に蘇生アイテム聖陽翼を作って免許皆伝となったそうだ。


「聖陽翼は、どこに?」

「王家に接収されちゃったよ。もう青変羽玉も見つからないのにさぁ」


 青変羽玉は希少鉱石として知られている素材アイテムで、蘇生薬の希少性を飛躍的に高めている原因でもある。

 まぁ、私は隠れ家に保管していたりするわけですけど。

 実は、青変羽玉は鉱石ではない。とある魔物から採取できる素材アイテムだ。

 魔物の名前はスカイ・ハイディング。空棲魔物の一種で、空の色に合わせて自らの体色を変えることのできる魔物であり、発見が非常に難しい。その羽冠が青変羽玉なのだ。

 原作ゲームの知識があるから確保できただけで、何も知らずに手に入れようとすれば一生かかっても見つからないかもしれない。


「そうそう、希少品といえば、この港町に来たもう一つの理由があるんだよ」

「なに?」

「師匠がさ、一人前の錬金術師になったんだからアーティファクトの一つでも研究して論文を発表しろってうるさくてね。それで、研究対象を探してたんだけど、バフズ商会のオークションにアーティファクト『竜血樹の呪玉』が出品されるんだって。それを買おうと思ってるの」

「――っ!?」


 嘘でしょ?

 ずっとバフズ商会の動向には注意していたし、オークションの品目だって毎回調べていたのに、出品されるなんてどこにも……。


「確かな情報だよ。他国から流れて来たって言うから、もしかしたら使用済みかもしれないけど」


 使用済みでも資料としての価値はあるし、とイオシースちゃんは笑うけれど、私はそれどころじゃない。

 イオシースちゃんに『竜血樹の呪玉』を調べてもらえるのはありがたい。

 私が購入すればドラク家が呪いを恐れて強硬手段に打って出かねないというのが懸念の一つで、それを解消するためにギルドなどの衆人環視の場で破壊しようと考えていた。

 けれど、この考えには一つ穴がある。

 アーティファクトといえども『竜血樹の呪玉』がこの世界に一つしかないとは限らないのだ。

 だから、イオシースちゃんに調査してもらい、『竜血樹の呪玉』の効果や解呪方法を解明してもらえれば私としても非常に助かる。


 ……でも、問題がある。

 原作ゲームにおいて、アウルが『竜血樹の呪玉』で呪われるまでの経緯が分からないことだ。

 状況証拠からドラク家が呪ってくるのだろうとは思っているし、ほぼ確実視しているけれど、それならそれでイオシースちゃんが『竜血樹の呪玉』を手に入れると強奪されかねない。

 私はナッグ・シャントやファーラと知り合い、仲良くなっている。原作からの乖離が起きているのだとすれば、イオシースちゃんがどんな目に遭うかもわからない。


「……ねぇ、アウルちゃん、何か考え事してない?」


 イオシースちゃんが目を細めて顔を寄せてくる。

 反射的に身を引くと、イオシースちゃんが何か確信を得た様に口を開いた。


「一年前と同じ目の逸らし方をしたね。言ったでしょう。もうあの時とは違うんだって。これ以上心配させないで、話して」


 あぁ、これは完全に見抜かれてる。

 ごまかしは……許してくれそうにないですね。

 この世界がゲームだなんて言っても理解してもらえないだろうし、さらなる混乱を生むだけだ。

 どう説明しようかと考えて、私は端的に事実だけを伝えることにした。


「タムイズ兄様が、狙ってる」

「あの人が? 『竜血樹の呪玉』でアウルちゃんを呪うつもり?」

「確証は、ない」

「でも、やりかねないと思ってるんだね。アウルちゃんの人気を知っているし、あの人の性格ならあり得ない話じゃないかな。だとすると、『竜血樹の呪玉』は絶対に落札しないと。お金足りるかな」


 流石に貴族であるドラク家が競り相手になると資金が心許ないらしく、イオシースちゃんはぶつぶつ呟き始める。


「お店の運転資金を切り崩して、それから――」


 ちょっと待てー!

 すぐにイオシースちゃんの腕を掴んで暴走を止める。


「私の、蓄えが、ある」


 私だってこの一年、『竜血樹の呪玉』を手に入れるためにお金を貯めていた。幸いというかは微妙だけど、依頼には事欠かないからお金はたまる一方だったのだ。

 いくらタムイズ兄様でも、私を呪うためだけに支払える金銭は限られるはず。資金は十分足りると思う。

 イオシースちゃんと資金を合わせて総額を確認する。


「アウルちゃん、お金持ちだね……」

「頑張った」


 文字通り命がけで頑張りましたよ。

 これで足りなかったらオークション主催者側の出来レースでしょう。

 オークションの開催日は数日後。イオシースちゃんが私の資金も引き受けてオークションに参加し、私は護衛としてつく事に決まった。

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