第11話 アスピドケロン討伐戦
サドーフ海とノートレーム海の間に黒い島影があった。
ごつごつした黒い岩肌に覆われているように見える、全長二千メートルのそれは島ではなく魔物アスピドケロン。
あの大きさになるのはオスだけだ。メスはせいぜい百メートルまでしか成長しない。それでも大きいんですけど。
メスはオスの甲羅の上に産卵する。オスの甲羅にはいくつかの洞穴のようなくぼみがあり、そこで卵は孵化を待つ。
卵が孵化すると、アスピドケロンの雄は魚の群れなどの下から海上へと浮上する。逃げ遅れた魚たちが甲羅の上に残った水溜りに隔離されて、孵化後のアスピドケロンの幼体はその水溜りで魚を捕り、狩りを覚えながら成長する。
私はゼロをホバリングさせながら、ロア・アウルのスコープでアスピドケロンの甲羅の上を観察していた。
やっぱり、幼体が何体か確認できる。
「あの幼体に成長されると二度手間だ。きちんと討伐しろよ、愚妹」
上空からタムイズ兄様の声が降ってくる。
討伐しろよって、簡単に言いますね。
アスピドケロンだって子供を育てるために浮上しているのだから、上空から接近してくる相手には容赦しない。子供の方だって魔法を使って抵抗してくるかも。
砦一つ落とすようなものですよ。まぁ、戦術を駆使する人間よりははるかに弱いけど。
アスピドケロンの周辺をファーラと一巡してきたナッグ・シャントが声を掛けてくる。
「民間船は確認できない。戦闘で高波が発生しても周辺海域に被害は出ない」
安全確認は大事ですよね。私の安全は誰も保証してくれないですけど。
私はハンドサインで引き続き安全確認を行ってもらえるよう要請して、ロア・アウルを構えた。
アスピドケロン討伐のために切り札を持ってきているけれど、幼体を討伐するのが先だ。切り札はかなり大ざっぱなやり方だから、幼体を一匹ずつ狙い撃ちなんてできない。
風魔法を発動し、上昇しながらアスピドケロンの上空へと接近する。
アスピドケロンの頭はどこに向いているのかも分からないけれど、おそらく海中から私の動きを窺っている。
甲羅の上空まで来ると、アスピドケロンが海中から頭を上げて私を見上げた。
ワニガメっぽい顔をしてる。
そう思った矢先、アスピドケロンが大口を開けた。口の先には光り輝く魔法陣が展開されている。
即座にゼロを操作し、右に急旋回。
直前まで私がいた空間を直径三メートルほどもありそうな水の柱が貫いた。
勢いはさほどでもない。高度三千メートルくらいあるから弱まっているらしい。
魔物の生態図鑑で読んだ通り、連発は出来ないっぽいですね。頭の位置が分かったのも大きい。
けれど、この高さから幼体を仕留めるのは厳しそう。甲羅のくぼみに逃げ込まれると狙撃も難しい。
幼体の数は四匹かな。もともと、一度の産卵数が多い魔物ではないし、順当な数だ。
一気に片を付けよう。
機首を上に向け、上昇に入る。
振り返ってアスピドケロンの頭の位置を確認し、ゼロを左に旋回。太陽を向いていたゼロが横を向き、水平線を眺めながらさらに機首を下に向ける。
太陽光を反射するきらびやかな海面に浮かぶアスピドケロンの巨体へ向けて急速降下。
ゼロの翼が風を切る音がうるさい。
ロア・アウルを構え、アスピドケロンの幼体の一匹に狙いを定める。
幼体といっても三メートル以上の甲羅を持っている。くぼみに避難するためにヒレを動かしているけれど、その歩みは遅い。
ロア・アウルに魔力を流し込み、銃口に魔法陣を展開する。
「……ばいばい」
引き金を引いた直後、銃口の魔法陣を貫いて銃弾が射出される。魔法を纏った銃弾はほぼ垂直に降下して幼体のそばに着弾、魔法を炸裂させて周囲一メートルを爆炎に包んだ。
即座にゼロの機首を持ち上げて急降下の姿勢から水平飛行に切り替え、アスピドケロンの側面へと離脱する。
アスピドケロンの頭部が振り向くのを横目に確認し、ゼロを操作する。
水平飛行から一転して急上昇、空中で縦に半円を描いてアスピドケロンへと再び機首を向ける。天地が逆さまになり、私の頭上には海面が広がっているけれど気にしない。
障壁魔法で体を支えつつ、幼体に狙いを定める。
一射目はごつごつしたアスピドケロンの甲羅に当たって火花を散らし、二射目で幼体の頭部を吹き飛ばす。
直後、海上からアスピドケロンの甲羅の上に到達した。
慌ててゼロを操作し、背面飛行状態を元に戻す。
いやぁ、やっぱり人間、重力は足下へ作用してないとね。慣性であんまり感じないけど。
機体右斜め上へと上昇して反転、いわゆるシャンデルと呼ばれる空中戦闘機動を描きながら、アスピドケロンに再接近する。
アスピドケロンの頭部が私の進行方向に向き、口を開けた。
ゼロの高度があがっているため、アスピドケロンの攻撃範囲に入ったのだ。
なお、攻撃範囲に入ったのはわざとですよっと。
下方宙返りでアスピドケロンが放った水の柱をひらりと避けつつ、ロア・アウルで魔法を付与した銃弾で幼体を撃ち抜く。
ラスト一匹。
ゼロを横倒しにする。左を見れば海面、右を見れば空、正面を見れば水平線。横倒しのまま、左に急旋回し、やや高度を落としてアスピドケロンの攻撃範囲を外れる。
頑張ってくぼみを目指している最後の幼体の健気さに胸が痛いけど、殺さないと殺される。
引き金に指を掛ける。
せめて怯えさせないように一発で――二発目で……。
外すこともあるよね、人間ですもの!
弾倉を入れ替えている時間が無いから、幼体の側を通り抜ける瞬間に自力で魔法を放つ。
「……カオス・ディスク」
黒い円盤が出現する。飛んで行った円盤は幼体を切断して消滅した。
切断力はあるけれど持続時間も射程も短く、弾速も遅い。空中戦では使えない魔法でも、動きが鈍い亀の魔物相手なら効果がある。
もうちょっとスマートに決めたかったんですけど。
幼体の始末を終えて、ゼロの高度を上げる。
残すは本丸、というか本当に島ですよ、これ。城とか砦なんて可愛い物じゃないですね。
幼体が全滅した事に気付いているのかいないのか、アスピドケロンは私を見上げて攻撃の機会をうかがっている。私が何度も攻撃を避けているから、まともにやっても撃ち落とせないと向こうも分かっているらしい。
問題は、私の方にもアスピドケロンにダメージを与えられる攻撃手段がほとんどない事ですな。
ゼロをホバリングさせ、ロア・アウルを構える。
アスピドケロンの頭部に向けて銃弾を撃ち込んでみたけれど、身体に比例して大きな瞳は硬質な膜に覆われているらしく銃弾を弾き返した。
あの大きさで海に潜るんですから、そりゃあ、急所を守る何かがありますよね。そもそも、まぶたもあったはず。
ロア・アウルが効かないとなると、弾丸狙撃銃でダメージを与えるのは無理かな。雷撃系の魔法銃でも効果があるかどうか。
原作ゲームのナッグ・シャントなら大規模魔法で飽和攻撃もできるでしょうけど、私には無理。
原作ゲームでのアウルの必殺技は私も習得済みだけど、攻撃魔法ではなく補助魔法ですし。
思案していると、私が攻めあぐねていると思ったのか頭上からタムイズ兄様の竜、ヒルミアが念話を飛ばしてきた。
「ドラク家の恥さらしよ、早く仕留めよ。その玩具が自慢なのだろう?」
うわぁ、嫌味ったらしい。
戦闘中なのでアスピドケロンから視線を外すわけにはいかず、無視を決め込む。
早く仕留めよ、か。私もそうしたいですよ。
決断を下し、ホバリングさせていたゼロの機首を持ち上げて上昇する。
さぁ、航空ショーのお時間です。
十分な高度を確保する。必要なのは高度そのものではなく位置エネルギーだ。
即座に急降下し、位置エネルギーを速度に変換。
急速に距離を詰める私にアスピドケロンが水を放出してくるのを見極めて、ひらりと躱す。
この一年、何度修羅場を潜ってきたか、自分でも覚えてない。だから、予想していた魔法攻撃にビビりつつも操縦を誤ったりはしない。
ゼロを操作して後部ハッチに仕込んだ発煙筒を作動させる。
落下に近い角度から一機に機体を持ち上げて水平飛行に移りつつ、大きく円を描くように緩い右旋回。
轟々と唸りを上げる向かい風を斬り裂きながら、アスピドケロンの上空に煙で円を描く。
円を描き切ると同時に、機体を横倒しにして浮遊魔法を利用しつつ急旋回。バレルロールで水平螺旋を描きながら円を二分する。
速度を維持したまま浮遊魔法を併用した急旋回を再度敢行。
速度よし、高度よし、角度よし。
円に突入し、上空から見た際の図形が先ほどのバレルロールと点対象になるようにまたもバレルロール。
でーきた!
急上昇しつつ、ロア・ハウル用の魔力カートリッジを大量に空中へ描いた簡単な魔法陣の中心に投下する。
初歩中の初歩の攻撃魔法、ロックバレットの魔法陣だ。
もっとも、ゼロで描いた空中の魔法陣は半径数百メートル。そんな巨大な魔法陣へ十分に魔力を供給すればどうなるか。
魔法陣が光を放ち、発動する。
大気が揺れた。
魔法陣から顔を出すのは、半径数十メートルの岩塊。巨大すぎてその動きはゆっくりとして見えるけれど、それが錯覚だと私は知っている。
アスピドケロンが水魔法で迎撃しようとするけれど、高度二千メートルから降る巨大な岩塊を押し返せるはずもない。
瞬く間にアスピドケロンに到達した岩塊は内包するエネルギーを余すことなく威力に変換し、甲羅に致命的な亀裂を生み出す。
アスピドケロンが悲鳴を上げて海中に沈みこみ、海面に巨大な波が発生した。
……もしかして、やりすぎたかな?
いや、大丈夫、周辺の港町には警告を出してあるし、きっと大丈夫。
大丈夫だよね?
私、港町に壊滅的な被害をもたらした、とかで指名手配されないよね?
ちょっと胃が痛くなってきた。こんな時でも無表情な私、表面クールビューティー。
半ば現実逃避しかけている間に、アスピドケロンが血を吐きだした。巨体だけに血液量も凄まじく、海面が真っ赤に染まっている。
巨大なロックバレットが消え去る頃には、ぐったりとしたアスピドケロンが浮いていた。絶命しているのは誰の目にも明らかだけど、ヒビの入った甲羅に大量の海水が流れ込んでおり、海底に沈むのは時間の問題に見える。
「とんでもないことするわね」
不意に飛んできた念話に振り返れば、ナッグ・シャントを乗せたファーラがアスピドケロンの死骸を見下ろして呆れたような顔をしていた。竜の姿なのに、結構表情が変わるんですね。私の表情筋はドラゴンのより働かない。
上空の安全圏で戦闘を見ていたタムイズ兄様を見上げる。
「……終わり」
「声届いてないわよ。念話で通訳してあげるわ。吠え面が不細工ねって添えておく?」
余計な添え物いらない!
ファーラが念話を送ったのか、タムイズ兄様とヒルミアが高度を落としてきた。
青ざめた顔で沈みゆくアスピドケロンを見下ろしていたタムイズ兄様が私を見る。はっきりとした恐怖が浮かんでいる。
「……討伐は見届けた。港に戻るぞ」
上ずった声でそう言って、タムイズ兄様がヒルミアの首筋を叩く。
ヒルミアが私から距離を取るように反転して高度を上げた。
「怯えられてるわよ?」
ファーラが面白そうに笑っている。
アスピドケロンの単独討伐を命じたのはドライガー家だし、それにタムイズ兄様も絡んでいるでしょうに、いざ討伐して見せたら怖がられるって理不尽じゃないですかね?
※
港町のギルドに戻り、討伐完了を報告する。
ナッグ・シャントが一歩前に出た。
「俺もこの目で見た。アスピドケロンは海底に沈んだよ」
「お疲れ様でした。見届け人の方も、討伐完了ということでよろしいですね? ……タムイズ・ドラク様?」
受付さんに訊ねられても反応を示さなかったタムイズ兄様が、人化して隣に立っているヒルミアに肩を叩かれて顔を上げる。
「あ、あぁ、構わない」
おや、素直。
てっきり嘘をついて、虚偽報告を行ったと私に濡れ衣を着せるつもりだと思っていたけど。
ギルドから依頼されて戦闘を見届けたナッグ・シャントとファーラがいるから、不用意に嘘を吐くのは下策と判断しました?
受付さんが依頼書の完了処理をしつつ、私を手招く。
「冒険者が単独で巨大なアスピドケロンを討伐するのは非常に珍しいものですから、今後の参考のために調書の作成にご協力いただけませんか?」
「……わかり、ました」
他の人が真似できるとは思えないけど。ゼロは私の専用機だし。
ただ、調書を作るのは意味がある。タムイズ兄様が発言を翻しても、調書が作成されていれば抗弁できるのだ。
書類大事!
足音が聞こえて振り返ると、タムイズ兄様がヒルミアを伴って出ていく後姿が見えた。
嫌味の一つも言わずに去っていくなんて珍しい。
「――アウルさん、気を付けた方がいい」
タムイズ兄様たちの背中を眺めていたら、ナッグ・シャントに声を掛けられた。
「……何?」
「あまり人の事を悪く言いたくないけど、さっきのタムイズって奴、アウルさんを殺しそうな目をしていた。今までみたいに依頼の形じゃなく、もっと直接的に命を狙ってきてもおかしくない」
「同感ね。あれは何をしてきてもおかしくないわ。陰湿そうだもの」
警戒と嫌悪がないまぜになった視線でタムイズ兄様たちを見ていたファーラがナッグ・シャントに同意する。
直接的ですか。
ゼロのようなゴーレム竜は普及すれば、竜騎兵を輩出してきたドライガー家やドラク家の根幹を揺るがしかねない。私が活躍すれば活躍するほど、気が気じゃなくなるんでしょうけど。
放っておいてくれればいいのになぁ。
私は死にたくない一心でゼロを作っただけなのに。
「なぁ、俺達はもうすぐ王都に行くんだ」
「……王都?」
ナッグ・シャントが頷いて、私に手を差し出した。
「お金も溜まったし、王国竜騎士団に入団するつもりだ。だから、アウルさんも一緒に来ないか?」
反射的にファーラを見てしまった。
事前にナッグ・シャントに相談されていたらしく、ファーラはちょっと面白くなさそうな顔をしつつ腕を組んだ。
「あんたの実力は認めてるもの。私と飛ぶことを許すわ」
「ファーラもこう言ってる。どうだ?」
眩しいくらいの主人公ムーブ!
でも、お断りするしかないね。
私は首を横に振り、タムイズ兄様が出ていった入り口を指差した。
「……ドラク家、ドライガー家、敵に回す。入団できなく、なる」
王国竜騎士団はドライガー家の息がかかった上層部で運営されている。王家直轄部隊ともなれば話が変わるけれど、王家もドライガー家と敵対するのは極力避ける。
それほどまでに、ドライガーの一族は竜騎士を輩出し、権勢を誇っている。
加えて、ゼロはゴーレム竜であり、竜騎士の権益を確実に侵害する。王家直轄部隊の竜騎士からの反発も想像に難くない。
そんな私と一緒に王都で入団試験を受ける?
書類審査で落とされますよ。
「……断るだろうな、とは思っていたよ」
「……王都で、頑張って」
私は差し出されたままのナッグ・シャントの手を取り、握手を交わした。
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