第10話 本家の御威光だぞ!

 冒険者になって一年が経とうとしていた。

 つまり、一年生き延びました。

 何度死ぬと思ったか知らないけど、人間ってしぶといですね。

 ギルドに入ると畏怖の混ざった視線が向けられた。


「銀の殺戮者だ」

「白翼の虐殺者」

「どんな死地でも無表情で引き金を引くって噂だぜ」


 ……好きで死地に飛んでいってないからね!?

 実家から無理難題な依頼が入るから頑張って片付けてるだけなんだからね!?

 勘違いしないでよね!

 前振りじゃないから、本当に勘違いしないでよね!?


 受付で討伐証明を並べる。ワイバーンの毒針を計七本。加えて、ボレヴァンの尾の飛膜が十三枚。

 街道に存在する破棄された旧砦に営巣中のワイバーン討伐依頼の産物だ。銃声を聞きつけて森の中から上がってきたボレヴァンも含めての大乱戦でした。

 並べられた虐殺の証明を見て、受付さんが眉を顰めた。


「お怪我は?」

「ない、です」


 一度離脱して、ワイバーンとボレヴァンを戦わせた後に残党狩りしました。

 普通のドラゴンなら振り切れなかったと思うけど、ゼロの機動力と可変翼を利用して何とか逃げおおせた。

 冒険者たちがざわついている。

 受付さんがボレヴァンの飛膜を手に取った。


「ボレヴァンが森の中に?」

「ワイバーンに、住処を、取られた、みたいです」

「旧砦に巣食っていたボレヴァンがワイバーンに追い出されて森に潜んでいたんですか?」

「旧砦に、森の果物、ありました」


 ワイバーンは腐肉食で果物を食べない。ボレヴァンは雑食寄りで果物を取って食べることがある。

 旧砦に果物が転がっていたのはボレヴァンの巣になっていたからと考えられる。齧った跡もボレヴァンの歯型に合致していた。

 受付さんが声のトーンを落とす。


「この依頼、ドラク家の屋敷がある町で受注されています。事前調査を徹底するよう要請を出していたはずなのですが……」

「向こうにも、事情が、あります」


 ドラク家の圧力に膝を折っているのを見たことがあるし、私が未成年にもかかわらず冒険者になっているのもドラク家の圧力の賜物だ。


「こちらでも追加の事前調査をしたいのですが、人数や手続きの問題がありまして、申し訳ありません」

「いい。気にしない、です」


 それに、ドラク家もそろそろ本気を出してくるはず。

 私に何度も無理難題を吹っ掛けているのに、魔物に殺されるどころか逆に殺し返している。世間ではドラク家最強の竜騎士とか、ドライガー本家にも勝るなんて言われよう。

 一方、本来の跡取りであるタムイズ兄様は王都で行われた竜騎士の曲技披露でスプリットSを敢行して大失敗、ブーイングの嵐だったとか。

 多分、スプリットSは私とゼロの得意技だからお株を奪おうとしたんでしょう。ドラゴンとゼロは比較できないんだから張り合っても仕方がないのに。


 討伐報酬を受け取って、私は受付さんを見る。

 一年間、私の指名依頼は滞ったことが無い。人気者は困っちゃうね。

 まぁ、依頼者は全部実家ですけど。実家からの過干渉が酷い!

 さて、次の依頼は何じゃろな。


「今回の依頼はドラク家名義ではありません」

「……ん?」

「ドライガー家からの指名依頼なんです」


 ――うん?

 本家から?

 え、なんで?

 あぁ、そうか。そろそろ原作ストーリーが始まるのかな。

 だとすると、今頃はドライガー家の竜騎士が異変の調査の名目で各地に発生している魔力溜まりを警備、魔法陣を描いてエメデン枢機卿に魔力を横流し中か。

 それで、手が空いてないから分家のドラク家で冒険者をやっている私に依頼の形で押し付けてくれやがりましたね?

 納得していると、受付さんが神妙な顔でそっと依頼書を出してくる。

 ざっと読んで目を疑った。

 視力は良いはずなんですけどねぇ。

 依頼内容は『サドーフ海―ノートレーム海に出没する謎の島を発見、討伐せよ』とある。


「……これ?」

「申し訳ありません」


 深々と受付さんが頭を下げる。

 謎の島を発見、これは分かる。

 討伐せよって、魔物だってほぼ確信してますよね?

 島と見間違うほど巨大な海棲魔物なんて一種類しか思いつかない。

 アスピドケロン、原作ゲームでも序盤のイベントでボスとして出現する。ちなみに、どうやっても勝てない負けイベントですよ。

 そんなモノを討伐して来いと?

 なんでこんな依頼を受注したの?

 ここがドライガー家の所領だからですか、そうですか?


「ドライガー家だけでなく漁業ギルドからも圧力がありまして、差し止めることができませんでした」


 アスピドケロンは小島ほどもある亀の魔物。その食欲は体の大きさに比例して旺盛で、漁場に壊滅的な被害を与えかねないと言われている。

 島ほどに成長した個体の出没例なんてほとんどないから実際は分からないけれど、漁師の皆さんが焦る気持ちは理解できる。

 でもね、いくらなんでもこれは無茶振りが過ぎるってもんですよ。


「ドライガー家は、何か、言ってましたか?」

「何もありません。代理人として執事がいらっしゃってましたから、ドライガー家の御意向なのは確かです」


 断れないなぁ。

 謎の島がアスピドケロンか否かだけを確認して報告。ワイバーンを使う傭兵団を雇って改めて急行し、飽和攻撃を仕掛けるのが討伐方法としては適切だけど、報酬額がこれじゃあ、傭兵団を雇っても赤字になりますぜ。

 分家の庶子が相手だからって無茶振りしよって、こやつめ、ははは。

 死にたくなーい!


「少し、考える」

「はい」


 ギルドを出て、私は思案する。

 もう、いよいよ逃げちゃう?

 今回はドライガー家の依頼だから失敗しても私の評価が下がるだけ。虐殺者だのなんだの言われているし、下がっても別にいいけど。

 もしかして、王都の曲技飛行でやらかしたタムイズ兄様の評価に近付けるために私に無理難題を吹っ掛けたとか?

 うーん。


 ――あ、そうか。そういう事か。

 アスピドケロンは巨大な亀の魔物。当然、海上で討伐すれば沈んでしまう。

 つまり、討伐証明には目撃者が必要になる。

 目撃者の有無は通常、問題にならない。アスピドケロンは普通、国か貴族が所有する竜騎士隊が討伐に出る。目撃者も何も竜騎士が虚偽の報告をするはずがないと考えられる。


 けれど、私は違う。

 ドラク家の圧力がある以上、目撃者が事実を証言してくれるとは限らないのだ。

 おそらく、ドライガー家からドラク家に出された依頼を、冒険者ギルドを通して私に流す様にドラク家当主が進言した。あとは、ドラク家の息のかかった目撃者を送り込めば、アスピドケロンの討伐成否に関わらず、私の報告を嘘だと証言すればいい。

 ドライガー家を相手に虚偽報告を行えば罪に問われかねない。ドラク家が擁護してくれるはずもない。


 ――罪?

 あぁ!

 原作ゲームで私が討伐対象になってるのってこれが原因ですか!?

 やばい、まずい、死ぬ。

 ……よし、逃げよう。

 色々とやり残したことはあるけれど、命あっての物種ですよ。死んで花実が咲くものか。

 そうと決まれば宿に戻って荷物をまとめて、とんずらほっほいしましょうかね。

 なんて覚悟を決めて宿に帰ってみれば、見覚えのある顔が待っていた。


「ようやく来たか、愚妹」

「……タムイズ兄様?」


 底意地の悪そうなキツネ目で私を睨むのは、タムイズ兄様だった。


「島の調査に出るんだろう? 僕が確認係を仰せつかったんだ」


 本心を隠す気もないなぁ。

 いっそ呆れてしまう。

 まぁ、逃げるからどうでもいいけど。


「そうそう、誇り高き竜騎士のドラク家が敵前逃亡なんてするなよ? これはドライガー家の御意向なんだ。もう我が家だけの問題ではないんだよ。一族全体に恥をかかせたらどうなるか、想像つくよなぁ?」


 ……詰んだ!?

 ――死んだ!!

 心底楽しそうなタムイズ兄様に一礼して、私は部屋に引き上げる。


「ちっ、無表情かよ」


 いや、内心は恐慌状態ですよ?

 もう頭がこんがらがっちゃんですもん。

 どうしよう、本当。

 部屋に入って鍵をかけ、ベッドに突っ伏す。

 まてまて、冷静に――なれるか!?

 死ぬ。今回はマジで死ぬ。

 死にたくないってば。どうする。

 とにかく、タムイズ兄様だけが証言できる状況は絶対に駄目だ。別の証言者を立てないと。

 枕を抱いて必死に考える。


 アスピドケロンとの戦闘が予想される以上、海上で目撃してもらうのは危険すぎる。漁師のみなさんに討伐の証言をしてもらうのはダメだ。

 空を飛べる人または竜でないと。

 ドラク家が手を回せない航空戦力。

 もう一人しかいないじゃん!

 極力関わりにならないよう、迷惑かけないようにってこの一年頑張って来たのに。


「……仕方、ない」


 呟いて自分を納得させる。

 正直、今回の件に関われば確実にドラク家を敵に回す。それでも、あの人たちなら――ナッグ・シャントとファーラなら断らない。

 完全に善意に付けこむやり方だ。自己嫌悪で悶えそう。

 私は枕を置いて、部屋を出る。

 タムイズ兄様は私と同じ宿に泊まりたくなかったのか、どこかへ消えていた。

 宿の女将さんが心配そうに私を見るけれど、正直、安心させるような材料もないので頭を下げるにとどまる。

 せめて、出発前に部屋は綺麗にしておくよ。

 冒険者ギルドへと戻り、意外そうな顔をしている受付さんに声を掛ける。


「討伐証明、証言者に、ナッグ・シャントを」

「……依頼を受けるんですか?」

「受けるしか、ない」


 金貨を数枚、カウンターに置く。


「依頼、戦闘海域における、民間人の保護と、誘導」


 この形にしないと、私が立てた証言者だから虚偽報告をしていると難癖を付けられかねない。

 そうでなくても、私からの依頼を受ける時点で危険だから、保険を重ねる。


「ギルドから、指名依頼の形。できますか?」

「この期に及んで人の心配している場合ですか?」

「戦闘中、心配したくない」


 言い返すと、受付さんはため息をついて、手続きをすると確約してくれた。



 翌々日、私はゼロに乗って港に来ていた。

 すでに待っていたナッグ・シャントとファーラが手を振ってくる。


「珍しいわね。あんたから――」

「ファーラ、それは秘密だよ」

「そうだったわね。で、噂のドラク家のぼんくらはどこにいるのよ?」

「本人の前でそれを言わないでくれよ?」


 きょろきょろとあたりを見回すファーラにナッグ・シャントが苦笑する。

 不意に頭上から影が差した。

 上を見上げれば茶褐色の竜が上空を旋回していた。


「……ヒルミア」


 タムイズ兄様の相棒だ。屋敷にいた頃、小鳥を追いかけまわして疲れたところを尻尾で叩き落としている姿を見た事がある。弱い者いじめ大好きで陰湿な性格の竜だ。

 ちょっと太ってるね。魔法で飛べるからって不摂生していると、飛ぶのが遅くなりますよー。

 ヒルミアの背に乗るタムイズ兄様がナッグ・シャントとファーラを見下ろして、あからさまに不機嫌そうな顔になる。


「おい! なんだ、そこの連中は!?」


 上空から怒鳴ってくるタムイズ兄様に、ナッグ・シャントが笑顔で手を振った。こんな時でも主人公然とした好青年っぷり。役者が違いますね。


「ギルドから依頼されて、戦闘海域での民間人保護、誘導を務めます」


 タムイズ兄様が嫌そうに顔をそむける。

 空を旋回するタムイズ兄様とヒルミアを見上げて、ファーラがイライラしていた。


「何よ、あれ。感じ悪いわね。アウル、あんなのとは縁切っちゃいなさいよ」


 切りたいんですけどねぇ。

 私は言い返さずにゼロの翼を広げた。

 ファーラが数歩引いて竜の姿になり、ナッグ・シャントを乗せる。


「久しぶりにアウルと飛べるのに、とんだ邪魔が入ったわ」

「あぁ、興ざめだ」


 珍しくナッグ・シャントがファーラに同意して毒を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る