第9話 サドーフ海の港町

 サドーフ海の冒険者ギルドにボレボレの巣やボレヴァンの素材を大量に持ち込んで換金し、受付に完了を報告する。

 受付さんは険しい顔をした。


「ボレヴァンがいたんですか?」

「……十四匹」

「依頼人が故意に情報を隠した疑いがありますね。……そうか、それでドラク家が依頼人なのか」


 受付さんが気付いて苦い顔をする。

 ドライガー家の領地であるサドーフ海周辺のボレボレ討伐依頼をドラク家が出したのは、ボレヴァンが現われても知らぬ存ぜぬで通すつもりだから。

 私が討伐失敗で命を落とせば最良、成功しても依頼料はボレボレ討伐の最低額で済む。

 私が死ぬまで便利に使ってやろうという魂胆が見え透いていて、受付さんは完了印を押しながらため息をついた。


「こちら、討伐報酬です。ボレヴァンについては依頼人に追究しますが、結果は期待しないでください」

「うん」


 討伐報酬を受け取り、ナッグ・シャントとファーラを振り返る。


「半分、どうぞ」

「いいのか? 半ば無理やり同行した感じだけど」

「協力、助かり、ました」


 それに、今のうちに媚を売っておけば死亡ルートを回避しそこなって戦うことになっても見逃してくれるかもしれませんし!

 本当、こっちは必死なんですよ。

 討伐報酬を分けていると、受付さんが声を掛けてきた。


「申し訳ありませんが、アウル・ドラクさんに指名依頼が入っております」

「はぁ? ついさっき討伐から帰って来たばっかりなのよ? もう次の指名依頼ってどういうことよ。この子の飛び方が常軌を逸してるのは確かだけどそこまで売れっ子になれるもんなの?」


 ファーラさん、私が常軌を逸しているとはどういう事?

 いや、ゼロでやるスプリットSは確かにドラゴンの目から見ると常軌を逸しているのかな。同じことをやろうとしたら最悪、翼が折れて二度と飛べなくなるだろうし。

 でも、常軌を逸していると言われるのはちょっとへこむ。私は常識人ですよ。やむを得ず空を飛んでいるだけで、本当はのんびり暮らしていきたいんですよ。

 運命が、私に平穏を与えてくれないのさ。内心決め顔、事実無表情。

 受付さんに噛み付くファーラを宥めつつも、ナッグ・シャントが鋭い目で受付さんを見る。


「俺も納得いかないな。なんでギルドの方で止めないんだ?」

「正式に依頼を出されてはギルドとしては断る事が出来ません。依頼内容に不備があれば断れますが、今回のように情報を出し渋られては判断も難しくなります。今後は気を付けますが、向こうも分かっていてやっているでしょうね」


 お役所仕事ですねぇ。

 広範囲で活動する組織だからどうしても規則通りに業務を進めないといけないのは仕方がない。下手な前例を作ると後々に悪い輩に利用されかねない。

 今まさに悪い輩に悪用されているわけですけども。ままならないのが人生ですよね。

 被害者としては、規則の変更を強く求めたいです。


「依頼内容、聞きたい、です」


 押し問答してても始まらないし、結局はこちらが折れるしかないのが目に見えているから話を進める。

 納得していない様子のナッグ・シャントたちを無視して、私は受付さんに渡された依頼書を読んだ。

 アシペンサーの討伐かぁ。


 アシペンサーはサドーフ海にも生息する巨大魚の魔物。特徴的なのは鱗で、通常の魚とは逆向き、つまり尻尾から頭に向かって鱗が生えている。

 さぞ泳ぎにくいだろうと侮るなかれ。アシペンサーは海棲の竜種を除けば最速クラスの遊泳速度を誇る。

 逆向きに生えた鱗は海水の抵抗を受けて微細な泡を生じることで逆に水の抵抗を大幅に減らし、高速で泳ぐことを可能としているのだ。

 あまりに速いので既存の船では追い付けず、逆に追い付かれて沈められる始末。

 空から一方的に狙い撃てる竜騎士の出番というわけだけど、広大な海を探し回るその大変さときたら……。


「期間が、短い、です」

「すみませんが、依頼を受注可能な最短の日数なんです。これよりも一日でも短ければ不備ありとして断る事が出来たんですが」


 申し訳なさそうに受付さんに頭を下げられて、私は再度期間に目を通す。

 期間は半月。指名依頼であるため失敗時の違約金などは設けられていない。


「ねぇ、アウル、逃げちゃえばいいんじゃないの?」


 ファーラが依頼書を覗き込みながら勧めてくるけれど、私は首を横に振った。

 確かに、逃亡も選択肢にはあった。

 けれど、サドーフ海で活動できるのは私にとってもメリットがある。

 ドライガー家と原作の黒幕エメデン枢機卿との関係を調査したり、私に足が動かなくなる呪いをかける『竜血樹の呪玉』の行方を確認したり、この港町に工房を構えるイオシースちゃんの無事を確かめたり。

 せめて最後二つは済ませておかないと安心できない。


 それに、私は庶子といってもドラク家の血を継いでいる。跡取り息子のタムイズ・ドラクの性格を知っている私としては、逃げても安心できない。

 ドラク家の乗っ取りを企んでいる、なんて疑って私を直接的に殺しに来る可能性がある。原作ゲームでも私は討伐対象になっていたくらいだ。

 ギルドの庇護を受けられる状態はまだ私に利がある。

 私は絶対に死にたくないの。


「目撃情報、ほしい、です」

「逃げちゃえばいいのに。貴族の義務ってやつかしら?」

「ただの、保身、です」


 義務って言うならタムイズ兄様がやればいいと思うよ。

 ファーラが腕を組んだ。


「まぁいいわ。わたしたちも手伝ってあげるわよ。ね、ナッグ?」

「そうだな。依頼を選ぶ手間が省けるからありがたいくらいだ」


 ついてくるつもりらしい。


「これ以上は、ドラク家に、目を付けられ、ます」

「それが何よ」

「ドラク家は、竜騎士家系。軍に顔が、利く。仕官できなく、なります」


 受付さんからナッグ・シャントたちが国への仕官を目指しているのは聞いている。

 原作ゲームでもナッグ・シャントとファーラは国軍所属で始まった。

 ドラク家やドライガー家に目を付けられると仕官が難しくなる。

 ファーラが口を閉ざした。

 けれど、ナッグ・シャントは肩を竦めた。


「それを聞いて手伝わないなんて、竜騎士の名折れだろ」


 そう言ってウインクしてくる。

 とても主人公ムーブしてる!

 あぁいや、そうじゃない。ちょっとドキッとしてる場合じゃない。

 でも主人公ムーブは破壊力抜群ですわぁ。


 ナッグ・シャントならそう言うよね、とは思っていた。

 けれど、ドラク家に目を付けられてナッグ・シャントが国に仕官できなくなると原作ストーリーが壊れて先を予想できなくなる。

 ナッグ・シャントやファーラと行動を共にすることが、原作ストーリー展開を知っているからこその未来予知というアドバンテージの喪失に釣り合うかと言われると、微妙なところ。


 私は考えつつ、ギルドの依頼掲示板を見る。

 魔力だまりの異常発生や魔物の活発化は既に報告されている。反映するように掲示板の依頼も討伐依頼一色に染め上げられていた。

 おそらく、原作ゲームの黒幕エメデン枢機卿はすでに邪竜の封印魔力を流用している。つまり、邪竜復活は既定路線。

 原作ストーリーから乖離して、ナッグ・シャントとファーラが独力で、もしくは私の助力程度で、ラスボスである邪竜を倒せるか?

 まず無理だ。

 それに何より、原作ゲームを攻略した私はナッグ・シャントが国軍所属を目指す意気込みを知っている。


「――必要、ないです」


 私はきっぱりと断った。

 打算的な考えで主人公の善意に付けこむなんて、それこそ敵役みたいですし?

 ファーラが私の事をじっと見つめた後、ふんと鼻を鳴らした。


「分かったわ」


 納得したファーラが私から受付さんへと標的を変える。


「危ない依頼の時には知らせなさいよ。偶然、空域に入ってしまうかもしれないわ。偶然、ナッグの撃った弾が、偶然、アウルの獲物に直撃するかもしれないけど、全部偶然よ。詮索しないでよね!」

「あぁ、はい」


 苦笑した受付さんがナッグ・シャントを見た。


「よろしいですか?」

「ぜひお願いします。偶然って怖いですから」

「そうですね」


 ファーラが私に得意気な顔を向けてくる。

 原作ゲームの主人公の性格そのままなら、これ以上拒んでも結果は変わりそうにない。

 できるだけ一人で討伐ができるように心がけるくらいしかないかな。

 私は受付さんを見る。


「宿、教えて、ください」


 野宿はムリぃ。

 今世は箱入り娘なんですよ、私。

 屋敷から一歩も出ていないし、人との接触だって最低限を下回るくらいなんですもん。

 嘘は言っていない。断じて嘘ではない。

 まぁ、箱に入るのはもうちょっと後なんですけどね。

 みんな知っている箱ですよ。棺桶って言うんですけどね?

 やーだー死にたくなーい。


「この流れでずいぶんとマイペースですね。無感動、無表情というか」


 感心しているのか不気味に思っているのか、私の内心を知らない受付さんは困ったような顔をすると市内地図を出して女性一人で泊まれる宿をいくつか教えてくれた。

 ドラゴンは人化するので竜舎なんてものはないけれど、馬車で来る客用にスペースを取っている宿があるとの事なのでそこにゼロを泊めるとしよう。

 依頼にあるアシペンサーの目撃情報をまとめた紙を持って、私はギルドを出た。

 ナッグ・シャントたちはすでに宿を取っているとの事なので教えてもらい、被らないように心に書きとめる。


「寂しくなったら来てもいいわよ。話すことなんかないけど、実家の愚痴くらい聞いてあげるわ」


 ツンデレだなぁ。

 二人と別れてゼロに乗り、港町を見て回る。


 空地教の教会がちらっと見えたけど、用が無いので無視する。

 空地教は空のドラゴンと地の人間の橋渡しを行ったという竜と人の神を崇める宗教だ。

 ドライガー家を始め、竜騎士の名家は嘘か真かこの竜と人の神の間に生まれた竜人を祖として、自らを末裔であると名乗っている。


 原作ゲームでは黒幕エメデン枢機卿がこの教会のトップ層にいるわけですけどね。現在はあまり熱心に信仰されていない宗教でもある。冠婚葬祭にちょろっと足を運ぶ場所という認識らしい。

 私は入った事ないです。竜騎士の家系としてそれでいいのかと思わないでもない。

 エメデン枢機卿は王都で不老と魔力の関係を調べている頃だろうか。今から赴いて暗殺したら世界レベルで指名手配されちゃうだろうね。

 人知れず世界を救う英雄とか「かっちょえー」ですが、その後の人生を思うと目指そうとは思えない。

 私はまだまだ生きたいのです。


 ――あ、見つけた。

 港にほど近い場所に四階建ての大きな建物がある。

 バフズ商会、ドライガー家御用商人バフズが長を務める商会であり、おそらくは『竜血樹の呪玉』をドラク家に卸して私の脚の自由を奪うきっかけを作る。

 現状は可能性が高いだけで、憶測でしかないけど。

 扱っている商品は銃器や銃弾、魔力カートリッジ。外国からの珍しい商品もあるようだけど、化石や骨とう品、美術品などの高価な品でオークションを開催してさばいているらしい。

 オークションってお金持ちがいないと始まらないのに、なんでこんな港町で開催するんだろう。

 不思議に思って調べてみると、竜騎士の名家ドライガー家の領地だけあって街道が安全で人の動きが活発なため、オークションの開催時期に人が集まるようだ。

 どうやら、港町に人を呼び込むのがドライガー家の狙いらしく、港の拡張工事なども行われているらしい。

 私に呪いをかける『竜血樹の呪玉』はアーティファクトで、現代技術では再現できない事から高値が付く希少アイテムだ。オークションに出品される可能性もある。

 情報を引き続き集めることにしましょうかね。

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