第五話 ご同郷
赤毛の女性はサムハ、金髪美少年はテイランと名乗った。
この二人がグランドアロヒンを討伐してのけた女性竜騎士とその相竜らしい。
まぁ、そうだとは思ってたんですけどね。グランドアロヒン討伐という輝かしい戦歴の女性が美少年を女装させたがる人とは思わないじゃないですか。
でも、テイラン君を見ていると女装させてみるのが面白そうだと考えるのは分かる。いや、実行しませんけど。
「私は、アウル……」
一応名乗っておく。
サムハさんの持ち家のリビング。掃除が行き届いていて埃一つなく、椅子はサムハさんとテイラン君用の二つだけ。
私は車椅子を動かしてテーブルにつく。
サムハさんが口を開いた。
「それで、御用件は?」
テイラン君が開けた扉に吹っ飛ばされるくらい近くにいたわけで、私がサムハさんたちに用事がある事は分かっていたのだろう。
単刀直入に訊ねられて、私も端的に答える。口が上手く回らないのでこういったやり取りは好みですよ。
「アロヒン討伐、の話、聞きたい」
「ノートレームの巨大アロヒンの話ね」
サムハさんは腕を組んで、当時を思い出すように目を閉じる。
「大変だったよー。銃弾は全部弾かれる。かといって魔法攻撃をしようと近づけば巨大アロヒンの魔法の射程に入っちゃう。空と陸とで魔法合戦したんだ。しかも、死骸は海中に沈んで引き上げられず、素材売却金はなしときた」
まぁ、そうなるだろうとは思う。
ゲーム中最強威力の銃弾狙撃銃ロア・アウルでかすり傷一つ負わない防御力なのだから。もはや、物理無効の領域ですもん。
テイラン君が椅子の上に行儀悪く胡坐をかいた。
「大変って言うけどさ。全部、僕が躱したんだぜ。サムハは背中に乗って魔法ぶっぱする魔法砲台してただけだろ」
「障壁魔法で防いでもいたさ。覚えてないの? 顔面直撃コースを防いだ時のテイラン、すっげぇ間抜け面してたよ?」
「なっ、し、してねぇし!」
テイラン君がサムハさんに詰め寄ろうとして、椅子からずり落ちそうになる。胡坐をかいていたのにそんな無茶な動きをするからですよー。
幼い竜にはよくある、人型時にいつもより視点が高いと飛んでいる時の感覚で動こうとして失敗する奴。この年でこの症状が現れるのは珍しいけど、元が野生だった場合には人型になる経験が足りずに成竜でも症状が現れたりする。
テイラン君は元野生かな。
話がそれちゃいそうなので、軌道修正入りまーす。
「魔法の、種類、は?」
「種類? 爆破系の術式と雷撃系のエレキジャベリン。あのでかぶつアロヒン、形勢不利と見るなり海に逃げ込みやがってさ。エレキジャベリンを撃ち込まないといけなくなったんだ。雷撃系は魔力効率が悪いから使いたくなかったのにさ」
「客に愚痴んなし」
「うっさいぞー」
発言一つ一つに噛み付くテイラン君を、サムハさんは適当にいなす。
原作ゲームでも、グランドアロヒンは体力が二割を切ると海に逃げ込む。ノートレーム海岸は遠浅で、かなり沖まで逃げられない限りは魔法系の攻撃で海面下のグランドアロヒンを攻撃できる。
グランドアロヒンも息継ぎのために海面に顔を出すし、海中からこちらの様子を窺いつつ反撃するため比較的浅い部分を泳ぐから、姿を見失うこともない。
サムハさんの話を聞く限り、グランドアロヒン側がゲームとは別の行動をとった結果に討ち取られたわけではなさそう。
つまり、原作収束に巻き込まれなかった根本原因はサムハさんかテイラン君にあると見ていい。
けど、いったい何がサムハさんたちの何が理由なのかは分からない。
こうして顔を合わせてみても、サムハさんやテイラン君をゲーム上で見た覚えがない。ゲームキャラの偽名の線は消えている。
もう一つ可能性があるとすれば、ダウンロードコンテンツでの追加キャラクターの可能性。
それともやっぱり、原作に描かれていないキャラクターだから、なのかな。
悩んでいると、テイラン君がサムハさんを見た。
「車椅子ごと吹っ飛ばしたお詫びに、夕食を食べてってもらえよ。サムハは料理以外に取りえないんだしさ」
「料理以外にも得意な事あるわい。テイランの女装グッズを作ったのは誰だと思ってるんだよ」
「全然嬉しくないし、誇ることでもねぇからな、それ!」
軽口の応酬をした後、サムハさんが私を見る。
「そういうわけで、食べていくかい?」
「……お言葉に、甘え、ます」
「はいよー」
原因が特定できるまでここにいたいので、夕食をご一緒させてもらう。
しかし、どう切り出せばいいんですかねぇ。
テイラン君がサムハさんを見る。
「今日の料理は?」
「海魚の揚げ煮」
揚げ煮?
魚を揚げてから煮つけにするあれかな?
この世界にもあったんだ。ワイン煮みたいな西洋料理しかないんだと思ってた。
リビングとはカウンターで隔てられているキッチンを振り返り、テイラン君がサムハさんに声を掛ける。
「前に行ってたスシとか言うのは?」
スシ、ですと?
「米がないから握れないんだよ。米があれば、酒もあるだろうから粕漬けで一杯やるんだけどなぁ」
……粕漬けって、日本人じゃないと出てこない料理名なんですけども。
「……日本人?」
呟くと、サムハさんの手が止まった。
びっくりした様子で振り返るサムハさんを見て、確信する。
この人、私と同郷ですわ。
私とサムハさんが見つめ合っていると、テイラン君が私たちを見て蚊帳の外にいると気付いたか、不機嫌そうにそっぽを向いた。
可愛い。女装してみない?
※
「本物の醤油とは風味が違うけど、かなり再現したつもりなんだ」
そう言ってサムハさんが差し出してきた皿からは、確かに醤油に近い香りが湯気と共に立ち上っていた。
「まさか、日本人が他にもいるとはね」
「同感」
「――ぜんっぜん何の話かわっかんないんだけど!」
超絶不機嫌モードテイラン君。
テイラン君に分かるように説明できる自信がない。
なんというか、根っこが繋がってる感じ?
サムハさんは肩をすくめた。
「そのうち話してやるよ。ちょっと黙ってな」
見る見るうちに不機嫌になるテイラン君を見て、サムハさんはニヨニヨと楽しそうな笑みを浮かべている。完全にからかって遊んでますね。
けれど、詳細を話すつもりは本当にないらしく、サムハさんはテイラン君へのフォローをせず私に向き直った。
「あんたが日本人なら、訪ねてきた理由はグランドアロヒンの討伐方法を聞くためじゃないだろう?」
頷くと、サムハさんはため息をついた。
「よりにもよって、アウルに転生するとはね。同情するよ」
「原作に、収束、している」
「オープニングはここからでも見えた。事情は想像がつく。死亡イベントを回避したいんだろう?」
話が早くて助かる。
サムハさんがテイラン君を横目に見た。
「原作収束ねぇ。身に覚えはあるよ。テイランと出会ったのも運命ってわけだ」
「い、いまさらそんな事を言われても機嫌を直したりしないからな!」
テイラン君、マジ、ツンデレですな。
良い反応しますよ、本当。虐めたくなる気持ちもわかる。
「改めて、聞きたい。グランド、アロヒン、どうやった?」
「どうやって原作収束を免れたのかって話なら、悪いけど力になれないね」
なんで!?
と内心動揺する私、銀髪無表情。
サムハさんも私が動揺しているようには見えなかったらしく、意外そうな顔をした。
「驚かないか。原作はプレイした?」
「クリア、した」
「それなら、あたしらが登場しないことも知ってるね。だからこそ、グランドアロヒンを討伐したのが原作を逸脱しているんじゃないかと考えた。違う?」
「違わない」
サムハさんはいったん口を閉ざして何事かを考えるそぶりを見せた。揚げ煮を食べて誤魔化してはいるけれど、どこから話すべきかを迷っている様子だった。
「原作ゲーム『ドラゴンズハウル』の二次創作小説『ドラゴンズソウル』って知ってるかい?」
二次創作?
流石にそこまでのめり込んでいなかったから、ノータッチです。
「知らない」
「そっか。まぁ、マイナーだからね。でも結構評価は高かったんだよ。この手の二次にしては珍しくきちんと完結したのもいい。あたしも完結まで読んだクチだし」
懐かしそうに言って、サムハさんは自らを指差した。
「で、あたしらが『ドラゴンズソウル』の主人公」
「ついに自分を主人公とか言い出したよ、こいつ」
テイラン君、後ろから撃ったつもりだろうけど君も被弾してますよ。
サムハさんはテイラン君が売った喧嘩を無視して、話を続けた。
「アウルさんが原作に収束しているように、あたしらは二次創作小説『ドラゴンズソウル』に収束している」
……そういう事か。
原作に描かれていなくても、その二次創作小説に描かれていれば、登場人物であるサムハさんは収束によってグランドアロヒンを倒せる。
納得すると同時に、脳裏に占いおばあさんに見せられた死の瞬間がよぎった。
『――上書き、完了』
あれはつまり、二次創作への上書きで死亡イベントを書き換えた、という意味ではないですかね?
よし、これで勝つる!
と、私の中に芽生えた希望を、サムハさんが次の瞬間に粉微塵に砕いてくれた。
「アウルが生存する二次創作ってないんだよ。少なくとも、あたしは知らない」
……ぬか喜びに釘を刺されました!
「……マジ?」
「アウルの無表情顔でマジとか言うなよ。シュールすぎる」
サムハさんはまずそうに揚げ煮を食べながら言葉を選んでいる。
私も冷める前に頂こう。
この揚げ煮、凄く美味しい。丁寧で上品なお味ですよ。料亭で食べているみたい。
「二次創作界隈でのアウルの扱いってさ。ロア・アウルを落とすボーナスキャラみたいな扱いなんだよね」
私は金属系の粘液生物じゃないんですよ?
死にそうになったら全力で逃げる点は共通してますけども!
「魔法狙撃銃と違って、弾丸狙撃銃は描写が簡単で、悪く言えば単調でしょ。その中でロア・アウルは魔法を乗せることができる性質もあって、描写の幅を任意に増やせるし、人気があったんだ。でも、アウル本人はイベントでの口数も少なくて、ファン層の共通したイメージが無口無表情以外にないから、描写しにくいんだ」
あ、それは分かる。
無口無表情はそれだけでキャラ個性の一つなんだけど、思考が描写されていないとファンの共通認識が作れない。
何を考えているか分からないのが魅力だからこそ、その考えを描写してしまうとファン同士の認識の違いが浮き彫りになってしまう。
だから二次創作でアウルがチョイ役でしかなくなるのか。主人公に据えたり、ガッツリ深入りするストーリーを作るとファン同士で喧嘩になってしまうから。
「やめて、私のために争わ、ないで」
「言いたいだけでしょ?」
「うん……」
一度言ってみたい台詞じゃないですか?
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