第3話 お別れ

 イオシースちゃんが毎日遊びに来てくれる。

 そして、悪い知らせを持ってくる……。


「師匠が言ってたんだけど、執筆者がアウルちゃんのお兄さんだとは思えないって。質問には全然答えられなかったり、間違っていたり」

「へ、へぇ……」

「最近は復習しているみたいだけど、全然理解してないから少し突っ込むとボロを出すってさ。ねぇ、アウルちゃんはあの本を書いたのが本当は誰か、知ってるんじゃないの?」

「しらない、です」


 復習するのに精いっぱいで私のところに逆切れしに来ないんですね、分かります。

 怒りを溜めこんでますよ、きっと。

 でも、師匠さんが来てくれるからイオシースちゃんで癒される。


「ねぇ、アウルちゃんさ、前から気になってたんだけど」

「……なに?」

「私が最初にこの部屋に来たときに、机の上に模型みたいなのがあったよね。後、分厚い紙束」

「……さぁ?」

「私の質問にも答えてくれたよね。あれね、アウルちゃんのお兄さんは答えられなかったんだって」


 じーっと観察するようにイオシースちゃんが私を見つめてくる。

 兄様、あんな質問には即答してくださいよ!

 私と違って相棒の竜もいるんですから。


「あの論文を書いたのって本当はアウルちゃんじゃない?」

「……しらない、です」


 本当のことを言うわけにはいかない。

 国のお偉方に届けば、なんて下心があったのは確かだけど、イオシースちゃんに本当のことを言ってそれがお師匠さんに伝わったら、原作ストーリーのどこがどう捻じれるか想像がつかない。


 なにしろ、イオシースちゃんは原作ゲームの登場キャラだと思い出したから。

 錬金術師イオシースは『ドラゴンズハウル』のサドーフ海にある港町に工房を構え、原作主人公ナッグ・シャントを支援するキャラクターの一人。

 仲間として戦闘に加わる事こそないけれど、錬金術師としての腕は一流で、素材を持ち込めば様々なアイテムに加工してくれる。

 さらに、私ことアウルにかけられた呪いについて知っており、戦闘イベントの前に原作主人公ナッグ・シャントに情報を提供するのだ。


 そんなイオシースちゃんが原作の中ボスになる私と深く交流を持っているなんて知れたら、どうなるか想像もつかない。少なくとも、主人公はイオシースちゃんの工房を利用しなくなるだろう。

 ゲームと違ってコンテニューなんか存在しないこの世界で蘇生薬を作れるイオシースちゃんの支援抜きなんて、主人公が死んじゃう。世界が破滅したら私が生き残っても意味ないです。

 イオシースちゃんはしらばっくれる私をじっと見つめた後、諦めたようにため息をついた。


「分かったよ。でも、何かあったらすぐに言ってね。友達なんだから」

「……友達」


 あぁ、なんて心洗われる響き。


「アウルちゃんは頭がいいし」


 あ、それは買い被りです。

 私の頭はせいぜい並みだとこの二年で自覚しましたので。


「きっと何か理由があるんだって分かってるから――」

「おい、アウル!」


 いきなり割って入ってきた怒鳴り声にイオシースちゃんともどもびっくりして、反射的に扉を見た瞬間、バンッ大きな音を立てて扉が開かれてズカズカとタムイズ兄様が入ってきた。

 それはもう、怒り心頭といったご様子。


 竜騎士として鍛えているタムイズ兄様はかなり威圧感がある。そんな兄様が怒りも露わに詰め寄ってくるんだから、イオシースちゃんは怯えていた。

 私はすぐに立ち上がり、兄様の方へ数歩歩いた。それだけで距離はほとんどゼロとなり、タムイズ兄様の拳が飛んでくる。

 身を強張らせた直後にお腹に衝撃を感じてベッドに殴り飛ばされた。


「お前のせいでさんざん恥をかいたぞ。ふざけんな、よ……」


 ようやくイオシースちゃんに気付いたタムイズ兄様がしまった、という顔で口を閉ざし、くるりと反転すると部屋を出ていった。

 取り残されたイオシースちゃんと、お腹を押さえてベッドに転がる私。

 ここまでの本気パンチは想定してなかった。咄嗟に障壁魔法を張ってもこの激痛。私が死んでもかまわないってレベルのパンチだった。

 流石は竜騎士、殺すのに一切の躊躇がないなぁ。


「だ、大丈夫!? 誰か! 誰か来てください!」


 立ち直ったイオシースちゃんが駆け寄ってきてくれた。

 開けっ放しの扉から外に呼びかけるけれど、誰も来るはずがない。

 この部屋はそういう部屋なんですよ。だから、泣かなくていいから。


「ごめん、守れなかった……」

「げほっ、大丈、夫。それより、師匠さん、のところ」

「そっか、師匠なら回復薬――」

「逃げて、早く」

「……え?」

「師匠のところに、逃げて」


 イオシースちゃんは分かってないと思うけど、状況はかなり不味い。

 イオシースちゃんの師匠に質問攻めにされていたはずのタムイズ兄様がこの部屋に飛び込んできたって事は、本の執筆者が私だとバレたはず。

 ここはドラク家。腐っても竜騎士の家。次期当主が妹の論文を盗作したなんて醜聞を許容するとは思えない。

 最悪、イオシースちゃんたちも口封じに殺される。

 イオシースちゃんが泣きそうな顔で私と扉を交互に見る。


「で、でも――」

「早く、これ持って」


 師匠さんと合流する前に襲撃されたら子供のイオシースちゃんが逃げ切れるはずがないから、障壁魔法の魔法陣を刻印した木切れを渡す。


「魔力を込めれば、一回だけ、障壁を張る。早く、逃げて」


 痛む体を起こしてイオシースちゃんの背中を押す。


「そうだ、アウルちゃんも一緒に」

「むり、足手まとい――」


 屋敷から一歩も出た事ない引き籠りの体力で何ができるものですか。

 廊下を走ってくる足音が聞こえてくる。

 もう間に合わないか、とあきらめかけた時、部屋に飛び込んできて扉を閉めたのは予想もしない人物だった。


「師匠!」

「ここにいたか、愛弟子。さっさと逃げるよ。――そっちの銀髪は?」


 扉に何か札のようなものを張り付けた師匠さんは私を見て警戒するように目を細めた。その視線を遮るように、イオシースちゃんが立ち塞がり、涙ながらに訴える。


「アウルちゃんだよ。一緒に連れて逃げて!」

「……ドラク家の娘か」


 苦い顔をした師匠さんは状況を正しく認識しているらしい。

 イオシースちゃんに師匠さんが何か言う前に、私から口を開く。


「二人で、逃げて。私がいると余計に追手、かかる。娘を誘拐された、大義も与える」

「アウルちゃん!?」

「――本当に聡いな。もっと早く会いたかったよ。すまない」


 ガンガンと扉が叩かれる音に気を取られたイオシースちゃんを師匠さんが抱え上げた。


「え、師匠!?」

「二人も連れて逃げられん」


 愕然とするイオシースちゃんが泣きそうな目で私を見た。

 私は安心させるように手を振る。


「またね」

「アウルちゃん――」


 イオシースちゃんが何か言う前に、師匠さんが窓から飛び出した。

 ここ二階なんですけど。

 すぐに窓の下から煙幕のようなものが上がったので無事みたいだ。

 すぐに扉が破られた。


「逃げられたか。追手は出すな。竜騎士が上がれば何かあったと勘繰られる。無駄だろうが、街道の検問だけ張れ」


 指示を飛ばすのはドラク家当主、私の父上だった。

 扉にイオシースちゃんの師匠が貼り付けた札を、父上が忌々しそうに剥がして破り、床に散らして踏みにじる。

 多分、あの札は扉が開かないように固定するような効果があったのだろう。

 父上が私を睨む。


「あのバカ息子の論文を代筆したな?」

「……えっと」


 パクられました。


「お前は論文の共同執筆者だった。だが、息子に遠慮して当初は本に名前を乗せるのを断った。しかし、妹の名前が残らない事を気に病んだタムイズが我が家に訊ねてきた錬金術師に遠回しなヒントを与え、遠慮しがちな妹を表舞台に引っ張り出した。そうだな?」

「え?」


 いえ、初耳です。


「そうだと言え。これは確定事項だ」


 あぁ、そう。


「はい。兄様は、やさしい、です」

「それでいい」


 父上が舌打ちをすると、部屋を出ていく間際に私を振り返った。


「お前が来てからというもの、厄介ごとばかりだ。この疫病神め」


 連れてきたのは父上ですよー。

 立てつけがものすごく悪くなった扉をぎいぎい言わせて無理やり閉めた父上が去っていく。

 私はベッドに横になった。


「まだ、お腹、痛っ」


 不屈の腹痛、なんちゃ痛っ。

 くぅー。


 イオシースちゃんと師匠さんは多分逃げ切ったと思う。まだ屋敷の中が騒がしい。

 二人が逃げ切ればタムイズ兄様の盗作話が持ち上がるはずだから、父上は先にあんなでっち上げ話を作った。

 つまり、父上も無理にイオシースちゃんたちを追う気はないはず。

 過程はどうあれ、私の事も少しは世間に知られたわけだし、これで死亡ルートの回避ができると良いんですけどね。

 あぁ、なんか聞きなれた足音が近づいてくる。


「おい、アウル――って、なんだこの扉、建てつけ悪っ!?」


 タムイズ兄様ですね。

 流石に二発目のパンチを受けると死にかねないので全力で障壁を張らせてもらう。

 兄様が悪戦苦闘しながら部屋に入ってきた。けれど、先ほどとは異なり上機嫌だ。

 嫌な予感しかしない。

 ニヤニヤと嫌みな笑みでタムイズ兄様が一枚の紙を掲げた。


「喜べ、冒険者登録してきてやったぞ」

「冒険、者?」


 それって、このお腹の痛みより重要な事?

 いや、重要かも。

 何故なら、タムイズ兄様が掲げている登録証はなぜか私の名前が記載されているんだから。


「父上から聞いたぞ。共同著者って事になったんだってな。研究には実物を見るのも必要だろう? だから、お前を冒険者登録してやったよ!」

「どう、やって……」

「ドラク家は誇り高き竜騎士の家柄だぞ。薄汚れた冒険者の親玉風情が逆らえるわけないだろ」


 権力ゴリ押しですかぁ。

 いくら次期当主でもタムイズ兄様の権限だけでギルドが納得するかは微妙な所。父上か継母様が一枚噛んでますね、これは。

 あぁ、遠ざかったはずの死の瞬間が近付いてくる。


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